学園裁判⑤
8月25日にコミックシーモア様から先行発売となります。
「………っな…し、知らないわよ!」
「アンタが言ったんでしょうっ、イリス・カメーリエは気を引きたいから病弱のふりをした、性悪だって!」
「そ、それは…」
絶句するヒロインさんに、コルネリ様が証人席から傍聴席の前の柵を掴み、ヒロインさんに詰め寄り恨むように言葉を重ねます。
思い出しましたが、たしか原作のイリスもこうやって証人席の証人の生徒に詰っていました。たしか、成績不正をして、自分のレポートを書かせていた気弱な女生徒だったはず。そのモブキャラが…よく見ればコルネリ様に似ていますわ。
「…ねぇ、エーデル・ラヴェンデル王子。貴方はそこのふたりとは違って覚悟していましたよね?不正の証拠もなく、はっきりとした証言もない。完全に言いがかりだと理解していたはず…」
至極不思議だといわんばかりのルッツお兄様の言葉に、コルネリ様はハッとして自分の発言に気がついたのかエーデル様を振り向きました。
わたくしもエーデル様を見て、絶句しました。まるで深く傷つき、諦めたような表情をされていたからです。
「ええ、そうです。俺はこの裁判は勝ち目がないことはわかっていました」
「エーデル様っ!」
リーリエさんが傍聴席から立ち上がり、エーデル様の言葉を制止しようとされましたが、エーデル様は首を振り、リーリエさんからルッツ兄様に視線を向けます。…これは、ヴィント先輩ともヴァールハイト先輩とも違うリーリエさんへの気遣いを感じます。
何というか、エーデル様はリーリエさんを恋愛対象として見ていない感じがするのです。
「腐っても法学科ですからね…いくら証拠を探しても、いくら証人を探してもカメーリエ嬢の成績の不正の証拠も、証言も得られませんでした。調べば調べるほど…」
そう言うと、エーデル様はコルネリ様に向き直りました。
「………ネリィ、俺は君が努力してきたことを知っていた。毎日、夜遅くまで勉強していたこと、手がインク染みができるほどペンを握っていたこと、厳しい両親に抑圧されていたことも…君が誰よりも気が弱いことも」
「………っ」
「………だから、俺は君の言葉を信じた。だって君は俺の乳姉弟だったから…ずっと、実の姉のように大切に思っていたから」
がっくりと項垂れるコルネリ様は、ようやくご自分の状況や、冷静さを思い出したのか感情的だった先程とは違い、理性的な瞳をしていました。
「リーリエ嬢には感謝しているんです。勉強の楽しさや面白さ、ともに分かち合うことを彼女は教えてくれた。常に真摯に真っ直ぐに…そんな彼女が、あの日、白金の間のサロンに落選したことが信じられなかった」
「…っその女のせいよ!私、学年一位をずっとずっと取ってたのにおかしいわ、だって、私は、あんなに…頑張ったのに…」
涙目でわたくしを指差すヒロインさんにエーデル様は「それは、そう」と頷かれました。
「学園長先生、なぜ…リーリエ嬢は白金の間のサロンに選ばれなかったのですか…」
その問いに学園長先生が副審席から立ち上がり、わたくしを見て、傍聴席を見渡しエーデル様へ視線を向けられました。
「諸君、あらかじめ言っておくが、学園のサロンとは情報交換の場であり、外交力、社交力、自己啓発を促し、共に成長する場所でもある。ようは視野を広くする場所だね。エーデル君、並びに原告の2人、良く考えてみなさい。君たちは自分達の世界ばかり見ていて、誰も彼もがボーデン嬢にベッタリで完結していた。それに、君たちの距離はあまりにも近すぎる。教師陣からしても、風紀的に問題視されていた」
「それは、なら、僕らを…離せば良かったのでは?彼女は成績トップだったのですから、医学科だってカメーリエ嬢より成績が高い生徒がいたはずです」
「そうだね。確かにカメーリエ嬢より成績が高い生徒はいるよ。でもね、成績だけでサロンに選ばれるわけではない。サロンによっては国家機密にふれる内容も議論の対象となる。白金の間のサロンは国の小さな外交の場所でもあるんだ。ある程度、しっかりした出自と人間性が必要となる。カメーリエ家は我が国の魔法の最高顧問の名門、彼女自身もしっかりした見識があり機密保持ができる人間性を持っていると我々は判断している。国の財源でもある鉱山や薬草地にほいほいとデート感覚で他国の人間を連れて行くどこかの誰かさんと違ってね」
「…っ!…」
学園長先生のバッサリとした言葉にエーデル様は項垂れました。ご本人も内容に思うことがあるのか、唇を噛み締めています。ヴァールハイト先輩とヴィント先輩も、思いつく事があるのか顔色が悪くなっておられます。
確か、ヴァールハイト先輩のデートイベントは貴重な花の採取、ヴィント先輩のデートイベントは鉱山で宝石の採取だったはずです。その採取場所は二箇所とも国が所有する国有地で、入れるのはシュタム帝国貴族の申請があった人間だけです。
つまり、お二人には資格がないのですが、リーリエさんが申請すれば同行できたのです。ゲームのイベントで必ず行く場所ですが、よくよく考えてみたら確かに、国家機密の国有地に他国の人間を入れるわけありませんわ。自国の貴族がまさか他国の人間を連れてくるとは思わないでしょう。申請も護衛が何名とか言うレベルで、名前の記入はないですし…これは申請方法の見直しが必要になりますわ。
「………そんな、の、ゲームのシナリオと違うじゃない。成績と作法が高ければ、サロンに入れたのにっ」
…呆然とされるリーリエさんからわたくしは目を逸らしたくなりました。
わたくしもそう思っていました。でも、原因は思うに二つ。
一つ目はリーリエさん攻略法が間違っていた可能性が高いです。本来なら、三人の王子のデートイベントはサロン加入後の時期でした。それを早期に実施したことで時期がズレてしまったこと。
二つ目は本来のゲームシナリオならデートのことは内密事項だったのに、学園長先生に知られていたことです。 恐らくですが、誰かが学園側に密告した可能性が高いでしょう。特進クラスの生徒達、特に女生徒達と仲が悪いと聞いたことがあります。声高に王子達とのデートの自慢をしていたとも…。
本来のヒロインさんはきっとデートのことを口外することは無かったでしょう…それがシナリオヒロインと、目の前のリーリエさんの違いと言うことでしょうね。
あんなに好きだったゲームヒロインのバッドエンドルートに自ら飛び込んでいる様を生で見せられているようで居た堪れません…。
「………リセット、リセットしなきゃ…」
「リーリエ嬢…?」
ぶつぶつとつぶやいて、口元を押さえて後退するリーリエ様にわたくしは顔を上げます。
リセット?リセットですって?
冗談じゃありません。彼女にとって、ここはゲームの世界でしょうが、わたくしたちにとって現実の世界ですのよ?
走馬灯の様に病気と闘ってきたことを思い出します。痛い注射を毎回我慢して、吐血した時に感じる死への恐怖、寝たきりになるまいと、立ち上がる動作と、歩く動作を反復した日々、普通に歩けないことで心折れそうになりながら、毎日リハビリ運動をかかしませんでした。
自分の魔力をコントロールすることだって大変でした。失敗の連続でした。何度も魔力を暴走しかけました。その度に寝込みましたわ、高熱もだしました。そんな状態であってもわたくしは諦めませんでした。何故なら、目標があったのです。
自分の有り余る魔力を役立てる方法として、立派な治癒魔法医になることで迷惑をかけてきた家族や周りの人達に「ありがとう」って胸を張って言いたかったから…ただそれだけ、ちっぽけですが大切に抱いてきた夢を、その努力を、無駄にされるの?
自分の都合で、他人の時間を巻き戻すと?
ふざけないで欲しいですわ。
「そうよ、私は悪くない、だって何十、何百と攻略してきたのよ?もしかしたら、スキップしてきたイベントがあったのかしら、今度こそ、全員攻略して、えっとどこから戻ろう、セーブポイントってどこから…」
「リーリエ様、いいかげんになさいませ!」
気がついたらそう叫んでおりました。
「これは、遊戯ではありませんのよ!これほどまでの人々を巻き込み、わたくしの名誉を汚し、この裁判で不利と見るや否や、現実逃避とは甚だしい!いいかげん、現実を見なさい!」
「っ現実!?何を言っているの悪役令嬢のくせに、ああ、あんたも転生者なんだっけ?悪いけど、この世界は私がヒロインなんだから、リセット…」
「そのリセットとやらをしても、わたくしはわたくしのままでしょう、わたくしはイリス・カメーリエ。5歳から病と闘ってきた女ですの…それは果たして、貴女の知るイリス・カメーリエなのかしら?」
リーリエさんはわたくしの言葉が呑み込めないのか、口をはくはくさせます。周りは状況が呑み込めていないのか硬直してるようです。
わたくしは立ち上がると、体内にいる精霊のブリッツに呼びかけます。
これが、多分、わたくしの最初で最後の渾身の悪役令嬢の見せ場となりますでしょう。
「何、言って…」
「………わたくしが嘘を言っているとでも?」
「そ、そうよ!大嘘つき!病気なんてただのデモンストレーションでしょ!大袈裟に病弱ぶって、ユリウス様の関心をひいてっ、でもリセットしたらそんな設定…」
「リセットとは時間の巻き戻すこと、と推測いたしますが、はっきり申し上げます。リーリエ様、わたくしの敵は何度、時を巻き戻しても貴女ではなくてよ?」
「は?何言って…」
「ブリッツ、憑依解除」
『クェェエエエ〜!』
その瞬間、わたくしの頭にブリッツの鳴き声が響きます。結ばれていたリボンが解け、わたくしの髪が金から白へと色が変化していくのが見えます。
ブリッツの気配が背中に移るとブワリと、背中から巨大な翼が飛び出し、光の羽根を散らし、やがてその姿を顕しました。
金色に輝く美しい鷲、あれこそがわたくしの契約精霊であるブリッツなのです。どうも彼は、大鷲の精霊の雛だったようで、わたくしの魔力を大量に食べていたせいで成長するのに数百年かかる工程を数ヶ月でこの姿になりました。現在では上位精霊の手前まで大きくなっています。
大鷲の精霊は心が強く忍耐がある人間を好み、闘う人と寄り添う精霊と言われています。
猛々しく、法廷内を光の魔力残滓の羽根を散らし、ひとしきり飛び回るとブリッツは、わたくしの車椅子の肘掛けに降りて、ジッとわたくしを見つめました。
まるで、わたくしの背を押してくれるような、見守ってくれる相棒に、わたくしは頷きますとリーリエさんへと再び向き合います。
「…天使…?」
「まって、イリス様の髪が…」
「真っ白に…」
震えそうな脚を叱咤して、わたくしは眼前のヒロインさんを見つめました。
「…へっ、何よそれ、」
「…何とは、失礼ですわ。これが、これこそがイリス・カメーリエの現実ですわ」
ブリッツが離れたせいで、自分の体に夥しい魔素が吸収されていくのが分かります。正直、吐きそうですし、魔力内包量の重圧で、脚が挫けそうです。
それでも、彼女に告げなくてはいけない言葉があるのです。
届けたい言葉があるのです。
「…わたくしの敵は、天使病なのですから」
そう、ヒロインなんて敵でもなんでもありません。
わたくしにとっての敵は病なのですから。
いやー、長かった。このシーンを描きたくて何年かかったのやら。私の小説の書き方は描きたいシーンが頭に降ってきてから始まります。キャラクター、世界観を足して行くかんじで、ここまで組み立てるのが大変なんです。途中で止まってしまうのはそれが原因だと思います。反省。
電子書籍版も楽しんでいただけたら幸いです。