学園裁判④
電子書籍化が決定しましたー!
と言うか入稿いたしましたので、8月ぐらいにコミックシーモア様から先行発売されるかと思いますのでよろしくお願い致します。
「ふ、ふふふ、うふふふっ」
「教授?」
糸が切れたように笑うシャムロック教授にエーデル様が話しかけて、やめました。あの顔をみたら言葉を失いますよね…実際、原告側や傍聴席も言葉を失っていますもの
そりゃあ、血走った目で瞳孔が開いてるのみたら怖いですわ…わたくしも怖いですもの
「…ここまで、馬鹿にされたのは初めてだなあ。医学科を舐めてんじゃない?実に心外しすぎて………その脳の中身がどうなっているのか………切って見てみたいな」
「ひっ」
「冗談だよ、何?本気にしちゃったの?大丈夫だよ、見なくてもわかるって、うん。えっと、僕がカメーリエ君に便宜を図っているだっけ?そうだね、ブルーノとは30年以上前からの付き合いだし、この学園でも同室だったよ。だけどね、僕は医学に関しては例え皇帝陛下であろうとも妥協することはないよ」
そういうと、猫背気味な背がゆっくりあがり、背筋を伸ばしながらシャムロック教授はかけていた眼鏡を直します。
「キルシュヴァウム君、治癒魔法において、何が1番大事だと思う?」
「………知識と、光属性の魔力の量、だろうか」
「残念、不正解。全然なっていないな。君、本当に騎士科の中でもつまらない回答でがっかりだよ。さすが、残念な脳筋君だね」
「っな!?」
教授、言葉が…言葉が既に無礼です!慌ててユリウス様を見やれば、止める気がないのか脚を組んでいるのは気のせいでしょうか。副審の学園長とフリードリヒ先生も静観するつもりらしいです。
「治療魔法は繊細な魔力のコントロールが一等大事なんだよ。何故か?他人の身体に魔力を当てるからだよ。焚き火をして暖をとるため直に火に触る馬鹿はいないだろう?それは治癒魔法にも言える。僕達医者は患者の身体に負担をかけないよう、魔力のコントロールを細心の注意をこめてしている。失敗したら死に直結するからね。故に医者を志す者は常日頃から血の滲むような努力をしてコントロールを身につける。医学科ではこの1年でそれをより訓練する。何故か?経験値がないからだよ。人体を知り、病理を見極め、技術を手にしても身につかないなければ意味がないからね。では、その経験値が最も飛躍的に伸びるのはいつだと思う?ラヴェンデル君?」
「え?あ、その…すいません」
「え?知らないの?法学科でしょ君。ブレーメ学園でも一二を争う難関の学科なのに、なんで知らないの?中等部の保健授業で何を学んできたの?あ、飛び級で高等部に来たんだっけ?ダメでしょ、学ぶ前に高等部に来ちゃ」
「………っ」
キッツっ!キツいですわ!生真面目でツンデレ枠の優等生のエーデル様が涙目になってますわ。法廷内の空気もピリピリして肌が刺すように痛いです。
「飛躍的に伸びるのは十代後半から二十歳にかけてだよ。人間の脳が最も飛躍的に活動する時期、思春期の時期こそ経験値を蓄える時期なんだ。故に僕は高等部の教師として、医学科の生徒をビシバシと鍛えているわけだ。しかしね、困ったことにこんなに頑張って指導していても僕の教室で医者になる子はとても少ない。何故だかわかるかな?ナルツィッセ君?」
「ひっ、」
怯えた顔のヴィント先輩に、思わず同情してしまう。わかる、すごく分かります。怖いですよね。
「ほら、先輩なんだからちゃんと答えてくれないかな?僕は貴重な時間を割いてここに来ているんだ。僕の授業の準備時間を妨害しているんだから、後輩にわかりやすいようにちゃんと答えてくれなくちゃ」
「あ、いや、その…先生の指導が厳しい…から?」
ヴィント先輩の恐る恐る絞り出した言葉に裁判所全体が静まりかえりました。
「おや、良くわかったね」
パチパチと手を叩き穏やかな笑顔で微笑むシャムロック教授に、ヴィント先輩は思わずホッとした表情になりました…ですが…
「そうだね、僕は厳しいよ。すっごく厳しい。でもね、それだけじゃないよ。医学科に進んでも医者になれないのはね、知識が足りないから、経験がたりないから、心が弱いから、めんどくさいから、学費がたりないから、自分に甘いから、患者を助けたいと気持ちがないから、病気や怪我をみて逃げ出したくなるから、血が気持ち悪いから、努力がたりないから、人間の死に耐えられないから!」
すごいハイテンションで、喋るシャムロック教授に、原告側は青ざめます。
「っ……ひぃ」
「………覚悟がたりてないから、そうやって理由をつけて挫折をするんだよ」
ハイテンションで喋っていたシャムロック教授が、最後にトーンが低くくドスがきいた声で言えば、ヴィント先輩は呆けたように、その場に尻餅をついて座り込ました。小刻みに震える気持ちがわかります。
怖いですよね、あのおじさん。ああ見えて、脳外科医として最高峰の技術を持つ方で、他の部位の手術ができると言う天才医師なのですが、見るからにマッドサイエンティストで、マフィアの闇医者していそうですものね。
「僕はね、この高等部三年間が医者になる覚悟を決める時期だと思うんだ。だから、親友の娘だろうができが悪かったらサッサと落第にするよ。だってそんな馬鹿が医者になったら患者が可哀想だろう?それに、レポートに関しては、僕の担任業務への干渉も甚だしいな。無許可でやっているわけでもなし、去年だって足首骨折した他の生徒にも許可を出しているからね。君たちにとやかく言われる謂れはないかな」
顔を真っ赤にして震えているヴァールハイト先輩は原告席の机を叩き、立ち上がりシャムロック教授を睨みつけてます、何というか教授の毒に当てられているエーデル様やヴィント先輩とは違い、ムカっ腹で内容を飲み込めていないのでしょうか?
これはまずい展開です。
「っ先程から聞いていれば、教師とはいえ、初対面で失礼では…」
「はっ失礼?君たちこそ失礼だよ。僕が親友の娘を特別待遇をしただの、不正な成績評価をしたなど、忖度しただの、証拠もないのに、脳筋馬鹿な妄想を繰り広げて、これってぼくにぃ、かなり失礼だよねぇ、名誉毀損で訴えても良いかな?」
「そこまで。原告と証人はこれ以上の口論を控えるように」
ユリウス様の制止にヴァールハイト先輩はハッとして、苦虫を噛んだように顔を歪めました。ここが法廷であることを思い出したのか、シャムロック教授の言葉を漸く飲み込めたのかわかりませんが、どうやら今にも飛び出しそうだった怒りは霧散したようです。
良かった、シャムロック教授が殴られるのではないかとヒヤヒヤしました。
「え〜…まだ言い足りないんだけど」
「審理の後にしていただきたい」
「はぁーい」
そう言うと、シャムロック教授はいつもの猫背に戻ると証言台から降りて、証人席へと戻られようと歩き始めました。あの、シャムロック教授が素直に言う事を聴くなんて珍しいですわ。
同じ事を思ったのか医学科の生徒たちはユリウス様に思わず拍手を贈っています。
でも、考えるとゾッとしますね。ユリウス様はシャムロック教授を諌めたと言うより、提示したといった感じですわ。まるで、「後で好きにしていい」と言わんばかりです。シャムロック教授もそれに妥協されたのでしょうね。凄く良い笑顔ですわ。
「納得が、納得がいきません!」
ですが、証人席に戻ろうとされたシャムロック教授の足を止める声があがりました。
「………コルネリ様」
「気安く名前を呼ばないでいただける?」
嫌悪するような眼差しで睨まれ、息を呑みます。
前からそりが合わないのはわかっていました。しかし、なぜこうも嫌われるのかがわかりません。
「納得ねぇ。エーアトベーレ君、この裁判は君を納得させるものではないし、君の出番は終了しているはずだけど」
「教授、何故カメーリエ様が実技と小論文がSなのですか!冒険者ギルドで行われた実習ではわたくしはカメーリエ様より人数を治療しましたし、治療も完璧でした!なのにBだなんて納得がいきません!」
「………ふむ、君。何を勘違いをしているんだい?」
「勘違い…?」
「君の評価を下したのは僕じゃない、君が治療した患者とギルドの医務官だよ」
『!』
その場が騒然となります。実技試験を部外者が採点しただなんて前代未聞でしょう。
「すいません、シャムロック教授。証言に加えたいので、今一度、証言台に立って頂いても?」
「いいとも〜…えっと、実技試験の話をすれば良いんだね。医学科は毎年、実技試験を外部でするんだ。今年は冒険者ギルドの医務室で、軽傷者を対象とした治療が実技試験でね。試験官はギルドの医務官と患者の冒険者が行う。午前9時から正午までの時間内に、ギルドの医務官が診察した軽傷者を治療をするという流れだったよ」
「あの、免許がないのに治療していいの?」
「医学科に入った時点で仮免許が交付されているんだよ。じゃなきゃ、実習ができないからね」
戸惑う傍聴席の生徒に医学科の生徒が補足しているのが聞こえ、シャムロック教授は嬉しそうに頷いてます。
ブレーメ学園の医学科の生徒は大学院での国家資格試験前までは仮免許が全員交付されます。なので、授業であれば医療行為をすることを許されています。
「実技成果が50点、ギルドの医務官の採点が50点、患者の冒険者が20点。合計120点で採点しているんだ。カメーリエ君の患者は皆全員満点をだしていた。説明が的確だし、話し方も優しく、治療の手順や治療後のケアの説明が丁寧だったと。試験官を務めていたギルドの医務官も、ギルドに就職してほしいと熱望していたほどだ。だから僕個人で採点したわけじゃないんだよね」
「………患者が、」
「君がB採点だったのは、患者が全員、君に0点を出したからだよ」
「!?」
「“獣人だから治療するのも嫌そうだった”、“薬の事を訊いたら嫌そうで、とにかく感じが悪い”、“ありがとうとお礼を言っても上から目線で、もう嫌だった2度と治療してほしくない”これが君の患者さんたちからの採点理由の声だよ。ギルドの医務官も、君の患者への対応にマイナスをつけたんだ」
「そ、そんな…」
「なんなら冒険者ギルドから君の患者を連れてこようか?証言してもらうと良いさ。独りよがりな治療をしていたと皆が皆言うだろうさ、まあ、良い勉強になったんじゃない?これから挽回もできるから頑張りなさい」
「………っう…」
茫然と座り込んだコルネリ様に、その誰も声をかけられないまま、場内はざわめきました。
「やっぱり、カメーリエ様は無実じゃないか」
「全く、とんだ茶番だな」
「てか、エーアトベーレ嬢だっけ?彼女医者に向いてないんじゃないか?患者に診てもらいたくないって言われている時点で…なあ?」
コルネリ様をせせら笑う声が聞こえてきて、わたくしは弁護席を見上げましたが、グラナード先生が首を横に振ります。わたくしが何か声をかけないほうが良いと…こう言う時に嫌いな人間が何か言えば逆上されかねないと仰りたいのでしょう。
「………っあんたの、あんたのせいよ、リーリエ、リーリエ・ボーデン」
コルネリ様から不意に漏れた名前にハッとし、傍聴席を振り向けば、顔色が悪いヒロインさんの姿がありました。
「アンタ、わたくしに嘘ついたわね、イリス・カメーリエは不正しているって、本来ならそんな成績を出すわけがないって…こんな、もう、…どうしてくれるのよ、恥掻いちゃったじゃない、お父様に、お父様になんてなんて言えば良いの?ねえ!!」
髪を振り乱し、血走った目でリーリエさんを睨みつけるコルネリ様は酷く、追い詰められていました。
シャムロック教授が思いの外出張りました。いやー、ユリウス様を出張らせたいのに、勝手にしゃしゃり出てくるんでどうしようか悩み中。