学園裁判③
………裁判2日前
「シャムロック教授を召喚した?正気か?」
イリスの主治医グラナードは困惑していた。双子の兄達が医学科の主任教諭を召喚したと聞いて驚きのあまり聞き返す。
「シャムロック教授は医学科の成績の全体把握をされている方ですから、喚ばないわけにはいかないだろ?」
「あちらさんにも、イリスのレポートのコピーは行っているはずなのに、まだ成績不正だとほざいていますからね、はっきりと引導を渡す相手が必要じゃないですか」
爽やかに黒い笑みのシュバルツに、グラナードは右手で頭を掻き、「そうじゃない」と首を振る。
「お前らは学科が違うから、あの変人オヤジの事をしらないから言っているんだ。良いか?シャムロック教授は間違いなくヤバい奴だ。人間、怒らせちゃいけない奴が必ずいる。それがアイツだ。俺はマジでよく進級できたなと思うくらいめちゃくちゃこき下ろされ、何度レポートを破いたことか」
「え、そんなにヤバい先生なの?」
「ヤバい。激毒も良いところだ。昔、俺はシャムロック教授にレポートの再々提出をいわれて、キレて教授の奥さんの写真をぐしゃぐしゃにした奴と相部屋だったんだが、次の日にはソイツの毛根が死滅して、枕元に大量の毛が落ちているのを見たことがある」
「グラナード先生の相部屋の奴もヤベェ奴だな」
「そいつ、今、皇太后様の主治医をしてるぞ」
「………マジかよ」
「本当だ。変な薬を飲まされたのかとその相方に尋ねたら、懇切丁寧にひとつひとつレポートのダメな所をダニを潰すようにネチネチと教えられたらしい。その言葉がかなりエグくて、アイツは精神的ストレスで円形脱毛症になっていた。だが、シャムロック先生にやり込められたのが頭にきたらしく奮起して猛勉強してな、今じゃ宮廷医だ」
「………その方の髪は?」
「見事にツルツルになっている。今、後輩の薬剤師と組んで発毛剤の開発に勤しんでいるな」
「医者って頭おかしい奴多くないか?」
ヴァイスの正直な言葉にシュバルツも頷く。そう、シュタム帝国国立ブレーメ学園の医学科は天才と変人の巣窟と言われており、グラナードのような常識人は少数派とも言われている。イリスは常識枠だけどある意味変人枠でもある。普通、重病人が医者になることはまずないから、珍しいと言えば珍しい。
その変人製造機たる教師がクレイ・シャムロックその人なのだ。
***
「さて、僕の証言だけど…いる?ほぼほぼカメーリエ君が無罪確定じゃないか」
「教授、形式がありますので…」
「…久しぶりグラナード君。そうだね、こんな茶番さっさと終わらせて授業の準備に戻りたいかな。えっと、カメーリエ君の成績ね。あー、うん。文句なしにS評価だったよ。1学年の基礎課程で実技と小論文共にS取ったの彼女だけじゃないかな?」
「先生、何故カメーリエ嬢が文句なしにS評価とは?」
「それ聞き返す必要がある?」
先生の面倒くさがる悪い癖が出ていますわね。彼の方、話した内容を察しない、理解しない人間はゴミだと思う傾向がありますからエーデル様の質問に眼を細めて腕を組んで、仕方ないと言わんばかりにため息をこぼされました。
「えー、まあザッと説明すると今回の小論文は「感染病、感染症」がテーマだったわけだ。それぞれ、調査してそれを纏めて提出するんだけど、彼女の調べてきた症例が、【水橙熱】だったわけ。」
水橙熱とは分かりやすく言いますと水疱瘡の事です。こちらの世界でもあり、橙色の水泡ができるので、水橙熱と言われています。大変ポピュラーな風邪で、治癒魔法で免疫を高める事ですぐに治る風邪と言う認識でございます。
「水橙熱って子供が罹る軽い風邪の一種だろ?治癒魔法ですぐ治るアレ」
「そんな珍しくない風邪熱をなんでわざわざ」
「そう、研究されつくした病気だけど実はこの病気、後々厄介になるのは皆知らないだろうね。君達のお祖父様達の年代が罹る、「水橙皮膚炎」の原因なのだからね」
水橙皮膚炎とはテレビCMで昔みた方も多いかと思いますが、ぶっちゃけますと帯状疱疹の事でございます。こちらの世界でも帯状疱疹がありまして、症状も全く一緒です。
水橙皮膚炎は治癒魔法では治らない薬療法が唯一効果がある皮膚病です。資料集めが膨大で大変でしたが、前世と同じ病気があり思わず頑張って調べました。
水橙熱は水疱瘡と全く同じで違うのは発熱時期が3日間ほどの微熱がでるぐらいで、あとは全く一緒。最初ダニに刺されたような発疹がでますが、治癒魔法で簡単に戻ります。ですが、治癒魔法だけで治療した場合、水橙熱の菌の保菌状態になり、50歳ぐらいに免疫力が降下しだすと、菌が急激に増殖し、 水疱を生成し神経に感染、激しい痛みと痒みをもたらします。
腹部から背中、頭、首と帯状に水疱が広がり、顔にできたら失明する場合もあり、非常に気をつけなければなりません。
ちなみに、その患部を掻くと汁がでますが、それが第三者が触ると感染するのは帯状疱疹と全く同じと言っても良いです。
帯状疱疹は発症してから3日以内抗ウィルス薬を飲めば酷くならないので、早期発見とケアが大事ですが、こちらの水橙皮膚炎はいきなり発症し、一日で背中に広がります。その場合三週間、浄化能力が高いクレスミントの葉と魔力水で作った痒みを抑える軟膏を患部に塗布し、アールスロルトと言う病原菌を死滅させる内服薬を服用します。うーん、つまり帯状疱疹と違うのは菌の増殖スピードと治療法でしょうか。
「彼女は、50代から80代の市民の水橙皮膚炎の発症率を過去5年間の三箇所の市町村別に調べている。ここ帝都、アールスロルトの原材料のベルゼル口の花の群生地であるカーレル街、その中間地点のリヒテンだ。」
「発症率を?」
「それがね、面白いんだ。帝都での水橙皮膚炎の発症率はなんと7割、約2人に1人は発症経験があり、リヒテンでは4割、カーレルに至っては1割以下なんだよ」
「ちょ、ちょっと待って下さい!それ本当ですか?」
「本当だとも。僕も確認したよ。まあ、彼女も市民病院の患者数を年齢別に統計していたし。君はどうしてこうも数字が違うと思う?」
「え、と感染対策が違うとか」
「近いけど違うな!正解は水橙熱の治療法の違いだよ!」
「治療法の違い?」
「そう、カーレル街は街になる前は辺境の村でね、治癒魔法を使える人間が居なかった。だから、彼らは薬での治療法が根強く浸透しているのだよ!彼らには水橙熱の治療としてベルゼルロの花蜜を水泡に塗り、子供に飲ませる風習があった。ベルゼルロの花蜜は強い菌の殺菌作用があるため、喉の粘膜に付着した水橙熱の菌を滅菌することで、保菌数を大幅に減らしたんだよ。さらに、カーレル街ではベルゼルロの花茶を飲む習慣があり、知らず知らずのうちに感染予防をしているわけさ!つまりだ、幼少期に掛かる水橙熱の菌を減らすことにより、水橙皮膚炎の発症率を低下させたという事実がこの数字なんだよ!」
戸惑うエーデル様に対してのマシンガントークに、食い気味に答えるシャムロック教授に、思わず苦笑いになります。すごい方なんですが、こう言うところが、子供っぽいと言うか…すごく面白い方です。
「民間療法の可能性、感染症に有効な薬効の証明を統計学観点から弾き出すなんて、既に彼女の小論文は学術論文に匹敵する。Sをつけない理由の方が見つからないかと思うが?」
「確かに素晴らしい論文ですが、はたしてそれは本当に彼女が調べたものですか?」
「ふむ、君は彼女が小論文を誰かのを盗用したと?根拠は?」
「例えばですが、そこのコルネリ嬢のように優秀な生徒に書かせたとか…」
「異議あり!これは根も葉もない言いがかりじゃないか、裁判長、これは意図的に被告人の印象を操作する発言です」
「異議を認める。原告は憶測ではない証拠を見せるように」
ユリウス様の言葉にヴァールハイト先輩が待っていたと言わんばかりに顔を上げました。
「根拠ならあります」
「証拠?」
「これは、転移魔法陣の使用履歴と、映像です。原則、資料集めは自分で集めるのが医学科のルールですよね?」
「いかにも」
「ですが、彼女は転移魔法陣を一度も利用せずに、資料を集めました。それはそこにいるネルケ・モーナットが現地に行っています。つまり、彼女は医学科のルールを破っている…違いますか?」
「異議あり。イリスは体調の関係で頻繁に転移魔法陣を利用できません、なので資料集めは事前に当該医療機関へ貸出を依頼してネルケが代わりに取りに行っているだけです。シャムロック教授にも事前に了解を得ています」
「うん、確かに僕もそれは聞いているし、許可しているよ」
シュバルツお兄様の冷ややかな言葉に、シャムロック教授も頷きますが、ヴァールハイト先輩はなおも引き下がりません。
「例え、彼女が依頼したとしても他人の力を借りている時点でS評価にするのは減点すべき要因ではないですか?他の生徒は自分足できちんと資料集めしているのですから…これはイリス嬢への特別待遇ともとれます」
「つまり、君はこう言いたいの?僕がカメーリエ君に便宜を払い、特別扱いをして不当な成績評価をだしたと」
「はい。さらに、教授は現カメーリエ侯爵とは親友だとお聞きしました。ご親友の娘を目をかけるのはわかりますが…」
「何を言っているのかな?このおぼっちゃまは」
ヴァールハイト先輩が言いかけた言葉を遮り、先程まで飄々とした雰囲気だったシャムロック教授の声のトーンがガラリと変わりました。
あ、まずいです。あればシャムロック教授を完全にプッチンしていますわ。もう、ああなったシャムロック教授は止められません。その場の医学科全員は多分顔色が悪くなってます。弁護人のグラナード先生も、あちゃーと言う顔をしています。
「ですから、我々は教授が親友の娘に便宜を計ったと言っているのです」
シャムロック教授にとって最大の地雷を踏み抜いた瞬間でした。
やばいオッサンを書くのは正直楽しいです。