学園裁判①
「私、コルネリ・エーアトベーレは良心に従い嘘偽りを述べず真実のみ述べることを誓います」
証言台に立ったコルネリ嬢は、しっかりした声で宣誓すると証言台に置かれた椅子に着席した。
「裁判長。我々、原告がこちらのコルネリ嬢を召喚したのは被告であるイリス嬢の成績を比較するためです。彼女は医学部の成績九位で、八位のイリス嬢とは成績順が非常に近いため、比較のため本日、ご協力いただく事になりました」
エーデル様の説明にコルネリ様は静かに頷きました。何故かわたくしを睨んでくるのですが…。
「まず、コルネリ嬢は無遅刻無欠席で、小テストも全て90点以上、前回のテストでは基礎八教科 数学、国語、古代語、医学基礎課程、物理、外国語、歴史学、薬学の総合762点、医学基礎課程の小論文ではAランク。それ以外のレポートもA+。魔法実習などは評価はBですが、几帳面で丁寧だと高評価を受けています。これが彼女の成績です。」
「………凄いわ」
「確かになんでコルネリ様の方が下なのかしら…」
「テストも平均95点とっているしな」
「我が学園ではテストの点数に加えて、レポート、論文の点数、実技試験の結果も反映されています。たしか、遅刻の場合は五点、欠席の場合は10点の減点となります。彼女の欠席日数はいくつでしたか?」
エーデル様の問いはあからさまにこちらを馬鹿にした様子ですわね。なんで、こんな事になったのかしら…
「38日だ」
シュバルツ兄様が答えると、原告の御三方は自身満面の顔で頷きました。
「なら、380点の減点でだ…うぐっ!」
ヴィント先輩が鼻歌を歌うような軽さでそう言ったのを見て、エーデル様がヴィント先輩の口を慌てて押さえました。
「異議あり。残念ながらそれは違うな」
すかさずシュバルツ兄様がなっていないなと首を横にふり、獲物を見定めたように否定しました。ヴィント先輩は芸術科のチャラ男枠の方ですから、学園規則も流し読みされてたんでしょうね。そんなヴィント先輩の詰めが甘い言葉を、お兄様は見逃しはしませんでした。
「冠婚葬祭、病気や体調不良で欠席した場合、冠婚葬祭は公欠となり減点にはならないが、病欠の場合医師の診断書や病院の領収書があれば学園では遅刻と同じ、五点減点となる。イリスは病欠時に必ず提出している。したがってイリスの減点数は190点だ。君は学園規則第四条三項を確認したの?」
嘲るようにシュバルツ兄様が煽りますと、その言葉にエーデル様がグッと黙りこむ。法律解釈と法律の条文を覚えるのは基礎ですから…それを間違えるのは裁判官への心象が悪くなります。実際に「先輩達、大丈夫なの?」「え、知らずに学園裁判起こしたの?」と法廷内でざわついています。ただでさえ、威圧してはいけないと言われていますのに、やりづらいでしょうね。
「イリスのテストの総合点数は770点、実技がS判定、医学基礎課程の小論文はS、他のレポートも全てA+以上だ」
「S!?」
「Sの評価なんて、そうそうないのに8位なの?」
「うぇえ、そうなるとイリス様の上にあと七人もいるのかよ」
そうなんですのよ、わたくしの上の七位から上の方は皆様、人外魔鏡な方々でして…家柄とか、性格も素朴で普通な方々ですよ?喋るととても面白い方々ですけど、時々宇宙人と喋っている気分になる方々です。各国の神童が集まった感じでしょうか。
ざわめきがさらに大きくなりました。ヴァイスお兄様が続け様に私の成績を好評したので私は若干恥ずかしくなり目線をそらします。視線の逸らした先にリーリエさんがいて、眼を見開いて凄く驚いた顔をしていました。
そりゃあまあ、そうなりますわよね。原作のイリスはそこまで成績良くないお馬鹿キャラですものね。
わたくしもそこまで頭が良いわけではないのですよ?でも、幼い頃からベッド生活だったでしょう?やることは刺繍か、編み物か、読書か勉強なんですもの。淑女の作法も習いましたけど…実践する場所にいけなくて、結局はそのルーティンでしたの。おかげで、授業にどうにかついていけています。
「確か実技、レポートと小論文だとSが120点、A+が100点Aが80点、Bが70点、Cが60点 Dが50点以下、Eが20点以下、Fが10点以下だな。フリードリヒ先生、詳細はお間違いないですか?」
「それで、間違いはない」
フリードリヒ先生の言葉に会場が騒めきます。普通、成績の詳細は普通生徒には晒さないのですが、あっさり晒したのは驚きました。
「イリス嬢が書いた小論文は医学基礎課程、レポートでは福祉政経学、栄養学、魔法力学、衛生管理学、治癒魔法学、心理学かな。治癒魔法学と衛生管理学もSだったよね…清々しいほど貴族令嬢が受けない授業だよね。」
「随分書いたな!凄いぞ流石俺たちの妹だ!」
「いや、イス。お前在学中、イリスの半分も書いてなかったからな」
学園の授業は選択式の授業で、主要教科の他に7つの授業が選べます。女生徒は芸術科目やマナー講習を選ぶ方が一般的ですが、わたくしは淑女教育課程をすっ飛ばして、理系や魔法系の授業を優先的に選んでいます。
「コルネリ嬢、貴方の選択授業は?」
不意に尋ねられ、コルネリ様はびくりと肩を跳ね上げます。なにやら言いづらい様子で顔を顰めました。
「………作法学、魔法力学、衛生管理学、ダンスレッスン、治癒魔法学、音楽、福祉政経学です…」
「音楽とダンスレッスンはレポートがないから、実技扱いだけど、評価は?」
「………Bです」
「なるほど、では簡単な計算をしてみましょうか。まず、医学基礎課程の小論文がA評価80点、作法学、魔法力学、治癒魔法学、福祉政経学、衛生管理学、の5教科A+で合わせて500点、音楽、ダンスレッスンと医療実技の3教科がBの210点と、テストの総合点の762点を足してみる」
500+80+210+762=1552ですわね。
なるほど、こう言う点数で総合順位を決めていたんですのね。
「ではイリスでも換算してみようか」
テストの総合点数が770点、医学基礎課程が120点、医療実技が120点、衛生管理学が120点、治癒魔法学が120点、他の5教科レポートが500点になりますから、欠席分を引きますと、
770+480+500ー190=1560ですわね。
「………イリス様が8点高いですわ…」
「いや、190点引かれていなかったら圧倒的じゃないか」
「これ、裁判する意味あるのか?ちゃんと欠席分は引かれているし、S評価とっているのに…」
「…もしかしてコルネリ様って…それほど大したことないのでなくて?」
「では、裁判に出ているのはイリス嬢への嫉妬か?成績で負けたからってみっともない」
「っ!」
かあっと顔を真っ赤にしてコルネリ様は唇を噛みました。あまりにも悔しかったのか、怒りで涙目になっています。
「裁判長、証人は善意をもって本件で成績を開示していただいているだけです!証人への嘲笑は不当なことであり、これは法廷を侮辱する行為です!」
「静粛に、異議を認める。そこの三列目の傍聴人の赤毛の男子と、隣の令嬢は言動を慎むように、次、裁判中に誹謗中傷をする行為があれば退廷を命じる。後で反省文を提出するように」
冷ややかにユリウス様が言うと、傍聴席は水を打ったように静まりかえりました。
「さて、原告はさらに主張があるようだが?」
「はい、我々原告はイリス・カメーリエ嬢の成績は信憑性が乏しく不正行為があったと主張いたします。」
「不正?」
「はい、医学基礎課程は学内におけるもっとも厳しい評価を問われる教科でもあり、その小論文をS評価をとるのは非常は至難の業と言われています。そして医療実技は繊細な魔力操作が必要な実技試験でもあり、健康体の生徒でもミスが毎年出ると言うのに被告人はS評価をとりました。これはノーミスで実技を終了した事になります。被告人は病弱なうえ、実際には病欠した日にちもあり、授業内容を充分に聴講出来なかったはずです。我々原告側はさらなる内容の証明を求めます」
「………弁護人、原告の主張にたいして何かあるか?」
「はい、裁判長。我々は反証のための証拠品と証人を召喚しています。入廷の許可をいただいても?」
「許可する。次の証人は入廷するように」