後編④
「学園…裁判…と言ったか?」
ユリウスは手元の書類を強く握り、沸き起こる怒りをうちに秘め…きれずに目の前の告訴人キリシュヴァウムを睨め付ける。
「はい。ですが、ユリウス生徒会長には今回、裁判から外れていただきたく」
「ふざけるなよ。学園裁判は生徒会長が裁判長として登壇することが規則だ。私が裁判から外れることはない。」
「ですが、ユリウス会長はイリス嬢と親しい仲と…」
「だが、婚約者ではない。裁判長になるにあたりなんら差し障りはない。むしろ、其方があのリーリエ嬢がらみでイリス嬢への含みがあるのでは?」
「…それは、」
「決まりは決まりだ。告訴人が法廷人事に口出しは無用。それは現国法、学園規則でも決められている。私の権限の侵害するならば、この裁判を会長権限で差しどめしても良いのだぞ。」
「なっ!それは横暴と言うものではっ」
「………言葉が理解できてないようだな。第四公子」
この国の次期最高権力者たるその声音に、キルシュヴァウムは沈黙した。
「私の主権を脅かすならば、受けてたとう。」
「…そんな、つもりはなく、ただっ」
「ただ?」
カラカラする喉に唾を飲みこませ、ようやくキルシュヴァウムは自分の立場を冷静に自覚した。どうしようもなく悪手な行動だった。
帝室の皇子がなぜ、学園に通うのか。この学園は実は次期皇帝の領地モデルのひとつだからだ。生徒会の自治を学びながら、他国や他の階級の生徒との触れ合う。ユリウスにとって生徒会運営など国政の流れそれを学ぶ教材でもある。この学園は現在このユリウスの領地に等しい。異国人の留学生如きが領地を引っ掻き回して、その上裁判権を放棄しろなど言われたらそれは怒るに決まっている。
友人のためと正義感に気を大きくしていきり立っていたキルシュヴァウムの顔色はまるで極寒の雪山で遭難した旅人のように酷かった。
「…差し当たり、そなたは頭を冷やすべきだな。何故、それほどまでにイリス嬢を目の敵にする?彼女もまた重き病気に抗い、努力している生徒だ。リーリエ嬢だけが努力しているわけではない。もちろんイリス嬢以外でも努力している生徒はたくさんいる。学業はもちろん、剣術を研鑽する者、魔術を研鑽する者、人様々だ。私からみればそなたの方が依怙贔屓がすぎる。」
ユリウスの脳裏に、ベッドで吐血するイリスの様子がよぎり眉間に皺を寄せ唇を噛む。血反吐を吐いても彼女は成績を出し続けている。何故、コイツはリーリエばかりが努力していると思うのだろうか。
「ですが、イリス嬢は…成績に納得がいきません。彼女は休みがちと聞きます。小論文や、レポートなど彼女が書いたものか…それに、彼女はリーリエ嬢の悪評を広めており…」
「悪評?」
「その、リーリエ嬢は他国の王子達に近づくアバズレのようだとか、リーリエが成績が良いのを鼻にかけると…」
「それをイリス嬢が言っていたのを見たのか?」
「…っそれは…見ていませんが、」
「見ていないのだな?」
「……それは、……見てはいませんが…しかしっ」
その瞬間、スダアアンっと何かが叩きつける音にキリシュヴァウムは肩を振るわせた。ゆっくりとユリウスはディスクから手を退け、椅子から立ち上がると、炯々とキリシュヴァウムを睥睨する。
「ふざけるなよ?見ていないのにイリス嬢だと決めつけ、そのくせ逆恨みでこのような馬鹿げた裁判を発起したのか?成績不正?女子生徒への悪評の流布?全て証拠もない。そなた、いったい幾つ私を怒らせるつもりだ?」
「………っ」
「…良かろう、この裁判見届けてやる。ただし、彼女に正当性があった場合には…そなたは冤罪を課したとし、学園での罰則に則り処罰する。」
キリシュヴァウムは一瞬言葉に何を言われたのか分からず、口をはくはくと動かしたがじわじわと事の重大さに気づき唇を振るわせた。
「…さて、問題だ?学園裁判で冤罪を産んだ原告はどうなる?」
「………懲戒、罰則が科されます…」
「具体的には?」
「………一ヵ月以上の謹慎および停学処分です…」
そう、ブレーメ学園の冤罪裁判の場合、原告側は強制停学処分となる。王族として停学処分とは恥も良いところだ。シュタム帝国では不良生徒のレッテルをしかれ、今まで信頼されていた評判は全てなくなるのだ。停学処分者はこの学園において犯罪者に等しく、大抵の貴族達は社交界で肩身が狭くなる。
それは他国の王子達も同じだ。落ちこぼれ扱い不良扱いはもちろん、一生馬鹿にされつづけるのだ。ブレーメ学園の停学とはそれほどに重い。退学ならなお悪く一生の恥となる。
「…私はこれより中立者となる。故にお前との会談はこれより無い。あい見えるのは裁判当日となるだろう。さて、要件は済んだか?さっさと生徒会室から出て行け。」
もはや、敬称もないユリウスの侮蔑にキリシュヴァウムは身体を振るわせ、かろうじて一礼するとその場を後にする。
完敗だった。
寛容たる帝国の皇太子の姿はなく、冷酷な裁定者の姿だった。最初、学園に入学した際に朗らかに出迎えてくれたユリウスの姿はなかった。
キリシュヴァウムは自分が勘違いをしていたのだと漸く気がつく。
小国の第四公子が大国の皇太子と対等なわけがない。あくまでもそれはユリウスの気遣いのもと許されていた気やすさだったのだ。
「………っ」
「先輩、あの大丈夫ですか?」
「………リー、リエ?」
生徒会室から出てきたキルシュヴァウムに駆け寄ってきたリーリエの姿に、キリシュヴァウムは拳を握る。
「大丈夫ですか?先輩、あの」
「…すまない、少し…ひとりにしてくれないか?」
「え?」
冷静にならねばならない。
ここまで大事にしたのだ。進むしか無いことはわかっている。証拠集めをしなければいけない。裁判の順序も考えなければいけない。
だが、その前に…この揺らいだ精神を落ち着かせたかった。不安に駆られる自分の姿を、誰かに、リーリエには特に見せたくなかった。
すでに、戦いは始まっているのだと。
心理戦はすでに負けている。だが、持ち直す時間が欲しかった。
***
一方その頃、ある一室でブリザードが起きていた。
「ねぇ、これどういうこと?僕に説明してくれる?」
「お、お兄様」
「大丈夫か?イリス、兄ちゃん達がついてるからな?」
冷笑をたたえた長兄と爽やかな笑顔が逆に怖い二兄にイリスは肩をすくめた。
学園裁判の通知が実家にもきたのだ。そしてやってきたのは双子の兄達だった。
学園裁判は弁護人を3人まで招聘できる。
ただし、弁護人は学園外の人間とされる。普通に家族もありだ。今回、弁護人としてやってきたのはこの双子の兄弟だった。そして最後のひとりが
「すいません、…先生。」
「気にすんじゃねぇよ。患者のフォローも主治医の仕事ってね。裁判中もどんと気構えてりゃいい。」
グラナード・アプフェルだった。白衣にストイックな大人の色気に既に病院内の看護士達から熱い視線をサラッと受け流すあたりカッコいい。実にイケメンの大渋滞とかした病室はいつもより輝いて明るい気がする。
裁判通知を受けた朝、イリスは倒れた。びっくりも何もいきなり裁判通知は病人には辛すぎる。あまりの事態に半狂乱になり泣きながら兄や両親達の名を呼んだのだ。これにはアンネ達も至急に知らせるしかなく、泣き止まないイリスをスーパーヘルパー侍女達により宥めつづけた。
イリスからしたら寝耳に水で、しかも全校生徒の前であれこれ糾弾されるのだ。嫌に決まっている。
やっと落ちつかせてたところに、シュバルツとヴァイスの登場に、イリスは再び涙が瞳ににじみでる。
それを傍目からみていたネルケは、あの三馬鹿王子共、終わったなと盛大にため息をこぼした。
学園裁判の弁護人は原告に合わせて3人。
条件は学園外の人間で被告人の信頼できる人間が前提なので、家族も可。
刑事裁判とか、本格的な裁判は家族はNGだが学園裁判はあくまで学園内の裁判だから弁護士資格もなくても大丈夫。
因みにゲーム内のイリスの弁護人はカメーリエ家の執事長がやっていた。
と言う設定。




