後編①
まさかの展開にハラハラした皆様、御機嫌よう。イリス・カメーリエでございます。
あの後、サロンは一時的閉鎖されました。他の3人の王子様達がボイコットしやがったせいです。げふん、言葉が過ぎましたわ。私とリーリエさんが原因だと言うのはわかりますが、なぜこんな事になったのか…ヴァールハイト先輩、ヴィント先輩、エーデル様は無断で部外者を招いたと言う理由でリーリエさんのサロンに降格、そのかわり、お三方の国の貴族令息が心底恐縮したようすで白金のサロンに昇格されました。いずれの三方も優秀な方で、人格的にも穏やかそうな方々でホッといたしました。
魔力吸収の結界に引っかかったリーリエさんは一日で回復し、3日間の謹慎後元気に学園にいらしてます。
すごいタフな方ですわ…普通魔力を気絶するまで抜かれたら1週間は寝込みますのに
というか、あの結界、わたくしにも併用できるのかしら、そしたら投薬とかも楽ですのに。そう考えてたらネルケに釘を刺されました。
『お嬢様、あれば別名血抜き結界と呼ばれるものです。契約した精霊や召喚獣以外、普通魔力を血液中から引き抜くことはできません。なので、体内から血を貧血程度に引き抜くのがあの結界の最悪な特徴です。ただでさえ貧血気味のお嬢様があれにかかれば死に至ります。だから絶対にアレにかかろうとなさらないでくださいね。』
なんて恐ろしい。
放課後、病室に戻るためネルケと渡り廊下を渡っていると、リーリエさんが私服で立っていました。
「…ちょっと話があるんだけど。」
「…失礼ですが、当家のお嬢様に何用ですか?」
壁のようにわたくしの前に立つネルケに、ヒロインさんは驚いた表情を浮かべ、苦い表情をうかべています。
それを見て、わたくしはヒロインさんがあの世界の転生者だと何となく察しがつき、ため息をこぼしました。
「…病室で聴いてもよろしくて?わたくし、少し疲れてしまいまして…横になりたいの」
「お嬢様、ならば聴く必要などありません。」
「でも、大事なお話しみたい。リーリエさん、横になりながらお話しをするのは…はしたないかもしれないけど、許してくださる?」
「…う、うん。」
微妙な顔のリーリエさんに苦笑すると、病室へと3人で行く事になった。
わたくしの病室は貴族が利用する個室で、病院内では上から3番目ぐらいのランクの部屋なんです。料金がいくらか怖くて聞けませんけど…侍女の待機部屋、来客用の応接室まであるので、かなり広いです。
呼び鈴を鳴らすと、アンネが出てきてくれたので、内心ホッとしました。アンネの朗らかな顔をみると安心してしまうのはきっと学院で、気を張っているからでしょう。
「おかえりなさいませ、お嬢様。」
「…ふふ、アンネただいま。少し疲れてしまったの。直ぐに横になりたいのだけど。」
「かしこまりました。お客様は、申し訳ございませんが応接室で少々お待ちください。ネルケ、お茶をお出しして。私はお嬢様の支度をするから。」
「……はい。」
ネルケは嫌そうな表情を浮かべましたが母親の言いつけには異論はないらしく、リーリエさんを応接室へ案内します。それを見送ると、わたくしはアンネと寝室に向かい、院内着に着替え、肩から薄手のストールをかけると、ベットに置かれた大きめのクッションに背を預けました。
ふう、らくちん。らくちん。
授業が終わると、今日みたいに疲れきって横になる日があます。そう言う日は大抵、ベットで予習復習をするのですけど、今日は無理そうです。座位が保てないぐらい体が辛くて…
「お嬢様、点滴の準備が終わりました。その、もう少し後にしますか?」
リーリエさんが来ているから、点滴中の姿を見せるのは確かに気が引けます。けど、いつ話が終わるか分からないですし、点滴も時間指定されていますから、仕方ありません。
「大丈夫、点滴をお願い。」
「かしこまりました。」
何のお話しかしら。ハッ、悪役令嬢、ちゃんとしろ!とかかしら。困りました。今更、悪役令嬢やれとか言われても勉強でいっぱいいっぱいなんですが。
————
出された紅茶を飲みながら、ちらりとネルケを見上げる。
やっぱり、隠しキャラのネルケで間違いない。
「あの、ネルケさん」
「何か。」
「あのイリス様って何の病気なんですか?」
「申し訳ございませんが、お答えできかねます。」
軽く聴いたつもりで顔を上げたら、絶対零度の目で見られた。
って何でヒロインの私がそんな目で、見られなきゃいけないのよ!本当ならイリスが捕まるときにイリスに向ける表情じゃない!
てか、ネルケは母親殺されてんのに、なんでそんなイリスに忠誠誓ってんのよ!っく、やっぱりサロンに入れなかったから?スピラルの好感度も一気に落ちちゃったし、ユリウスも好感度上がんないし、どれもこれも、あの女がシナリオを変えたからだ。
私は今日、イリス・カメーリエに問いただしに来たのだ。
転生者なのかどうか。
私みたいな転生者なら、私の邪魔をしててもおかしくない。だって、アホのイリスが医学部なんて可笑しい話だもの。
そこにカタリと扉が開く音がして、視線をやれば、20代後半ぐらいの侍女が出てきた。ネルケと同じピンクブロンドの髪だ。珍しい!それに随分、綺麗な侍女だなあとしげしげと見ていると、その侍女が私に頭を下げた。
「お客様、大変お待たせいたしました、どうぞ中へ。ネルケ、お嬢様の薬湯の準備は?」
「完了しています。」
「では、持って来て。私はお客様をご案内するから。先生も呼んできてくれる?」
「はい、…母さん。」
「はあ!?」
何気ないその会話に、私はハッとする。
母さん?母さん!?
ちょ、ちょっと待ってよ!ネルケの母親ってイリスに唆された暴漢に酷いことされて寒空の下で、死んだはずでしょ!?確かに顔とか出てなかったけど、なんでこんなに若いのよ!てか、なんで生きてんのよ!
「…何か?」
「いや、待って、あの、親子…なの?そ、その姉弟じゃなく?」
「……ええ。」
「うふふ。私、童顔なのでよく言われますわ。これでも45ですの。」
花が綻ぶような笑顔のネルケ母をみて、合点がいった。
(ネルケルート、丸々潰されてるじゃん!!)
母親が生きてるってことはネルケの復讐目標が完全消失している。てか、復讐じたいが無くなってしまった。母親の死がキッカケでネルケの復讐劇に巻き込まれてルートに入るのに、これじゃあルートにすら入れない!
やっぱり、アイツ、転生者なんじゃん!
スピラルルートも、ネルケルートも、ユリウスルートも絶望的になったのも、全部、全部アイツのせいなわけ!?
やられた!
言葉にならない怒りで、顔を真っ赤にして病室に入る。
こんな顔、ネルケに見せられないけど、幸い、ネルケは医者を呼びに外に出たらしい。
とっちめてやる!そう、心を奮い立たせ顔を上げた瞬間、私は言葉を失った。
青ざめた顔、ひどく痩せた身体、それをつなぐような点滴
、力なくクッションに埋もれるイリスの姿は、異様だった。
なんで、
前世の病院でみた祖母の姿と重なるの?
『…ちゃん、ばあちゃん、は心配だな…ずっとゲームばかりで、』
ベタつくような梅雨の日のあの寂しそうな祖母の姿を、なんで今更思い出すの?
違う、コイツは
『…っと、昔みたいにおばあちゃんとお話してくれないの?ね、…』
「リーリエさん?」
「違う!!」
思わず出た言葉に、はっと顔を上げると、綺麗な碧眼と目が合う。なんで、なんで、そんな
心配するような眼で、あんたも見るのよ!
「悪役令嬢のくせに!ヒロインのためのお邪魔虫のくせに!」
ムカムカと迫り上がる怒りにまかせて、つかつかとイリスに近づくと、点滴を打ってるほうの手を掴む。
「っい」
「お嬢様!!」
「うるさいっ!あっち行け!」
間に入ろうとした、ネルケ母を勢いのまま思わず付きとばす。
「あんたなんか、イリス・カメーリエじゃない!本物はどこよ!こんな、こんな弱っちい女がイリスなわけ、ないじゃない!!それとも、何、この点滴は!弱いの強調したいわけ?あんただって転生者なんでしょ!?病弱のフリして、フラグを折ってたわけ!?性悪のくせに、病気だってのも嘘なんでしょ、ふざけんなっ」
八つ当たりなのはわかってる。けど、怒りが、焦りが私に精神的に余裕とかなくし、感情の まま私は、イリスの点滴に手をかける。
「そこまでにして貰おうか。」
冷たく響く声に、背筋が凍った気がした。
好きな声優さんだった。彼のキャラCDは毎回購入し、イベントは欠かさず行った。このゲームを始めたのだって彼の甘い声で、愛を囁かれたかったから。
だけど、ストーリーにハマって、キャラクターも大好きになった。
その、声が、あんなにゲームで愛を囁いてくれた声が、
どうして、こんなに冷たいの?
なんで、ここにいるの?
なんでよ、
「…っゆ、ユリウス様…」
「もう一度言うリーリエ・ボーデン。イリスから手を離せ。」
その眼孔は、もはや、ゲームでみたあのユリウスではなかった。