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6.魔法師達の会合

少し長くなりました。※再び修正しました。

極端に使用人が少なくなったカインド邸。久しぶりにやってきたアレックスに聞けば、どこも同じようなものだとぼやいていた。

馬丁の老人も居なければ、下働きの兄妹も居ない。侍女はレミとソラ、家政婦を務める年配の女性一人だけで。若い庭師も、その姿を消していた。

調理場は、キャサリンが一人で切り盛りしている。そのため、リリアンヌもマーサ小母さんに教え込まれた腕前で、手伝おうとしたのだが…。


「ごぅらあ!ケルベロスっ、また食料を摘み食いして。」


リリアンヌの目の前で、ケルベロスが包丁を片手に持ったキャサリンに、今まさに沸騰した鍋に突っ込まれようとしている。


「うあぁーっ、ごめんなさーいっ。よく叱っておくから!」


「ケルベロスっ。今度、厨房に入ってきたら承知しないよ!」


慌てて救出し、まさに命からがら逃げ出した。


「キャサリン、山姥みたいに怖かった…。」


これからは、絶対に怒らせないでおこうと心に誓ったリリアンヌだった。


《ごめんよ、リリア。》


あまりに美味そうだったから、とうなだれる小竜を仕方がないなぁと撫でてやる。


「今度から気をつけるんだよ?」


《おうよ!》


まるで、小さな弟(性別的には女の子である)ができたみたいで嬉しい。そんな風に廊下を歩いていたら、廊下の片隅にレイチェルの姿を捉えた。


「レイル、どうし」


《レイル!》


リリアンヌが声をかけようとする前に、肩に乗っていたケルベロスがレイチェルに飛びかかった。


「ひっ。」


《ぬぁ!》


すかさず、レイチェルがケルベロスに向けてひょうを放つ。宙回転をしてよけたケルベロスだが、心の傷は大きかったようだ。


《おいら、レイルに嫌われてる?》


すっかり警戒されてしまっているため、屋敷内で会う度このような攻防戦を繰り返している一人と一匹だ。

レイチェルを見て思わず、《美味しそう》と零した一言を聞いたリリアンヌとしては、ケルベロスを援護しようにも無理がある。いじけるケルベロスを慰めるのにも飽きたため、するりと無視を決めてレイチェルに尋ねる。


「レイル、なにしてるの?」


《あっ、リリア酷い!無視する~。》


「ヴィア姉さん、帰った。見送り。」


ケルベロスから目を離さずに言うレイチェルは、その瞳に涙を浮かべた。

小竜を番犬として、邸で飼うこと二日。

カインドの邸に戻って来ようとしていたらしいオリヴィアは、小竜の共同生活に我慢がならず、早々に音を上げた。


「なーんだ。帰っちゃったのか、残念。」


なんだなんだと口にするリリアンヌに、レイチェルは西館を指差して言った。


「先生、呼んでた。」


毎度の事ながら、師であるルビウスはかなり忙しいようで、邸にいながら机にかじりついていたり、せかせかと歩き回ったりとしている。


師が師なら、弟子も弟子で。勿論、フレドリッヒもオリヴィアも忙しくしている。

暇を持て余しているのは、リリアンヌとレイチェル。この少し頭が緩い、小竜であろうか。


「なんだろ。」


どうせ大した用事はないだろうに。


ひっつくレイチェルと、トコトコと後をついて来る小竜と共に、ルビウスの部屋へ向かった。


「どうぞ。」


扉を叩くと返ってきた返事に、扉を開け放ちながら聞いた。


「なんか用?」


「えらく砕けた口調だね。」


机の上に乗った書類を片付けながら、どこで覚えたのやらと苦笑したルビウスは、整えた書類の束をリリアンヌに手渡して言った。


「これ、新しい課題だよ。レイチェルと二人分ある。内容は少し違うけど。」


洋服かけにかけてあった上着に腕を通し、前につくボタンを留めている。


どうやら、どこかへお出掛けのようだ。


「どっかに出掛けるの?」


「うん?あぁ、まぁね。夕方には戻ると思うから。」


ふーんと不満が顔を出てくるが、ルビウスはそれに気づかない。あまり気乗りしないような表情で身なりを調え、外套ですっぽりと身を覆った。


「二人で仲良く留守番しているんだよ?ベル、ちゃんと仕事をするように。」


《がってんだい!》


威勢が良い小竜を笑って、行ってきますと姿を消した。部屋には、まだ昇ったばかりの日の光が差し込むだけだ。


「…勝手よね。」


「?」


「私達には、出掛けないようにとか言っておきながら、自分は出掛けるわけ?」


「先生は特別。」


「レイル、私達も出掛けよう!」


めきりと音を立てて歪んだ書類片手に、レイチェルにそう言った。しかし彼女は、戸惑った顔で首をかしげた。


「…怒られる。」


「見つからなきゃ、大丈夫よ!私達も結構魔法の腕、上がって来たと思うし。ちょっとだけならバレやしないって! 」


渋るレイチェルを引きずって、リリアンヌの部屋に戻り、緑がかった灰色など、暗く地味な色を選んで着替えた。


《お出掛けっ、お出掛け!》


はしゃぐケルベロスに、ぴしゃりとリリアンヌは言った。


「ベルはお留守番!」


《えぇー!》


そんなぁと声を上げるケルベロスに、リリアンヌは首を振ってさらに言った。


「竜が外歩いてたら目立つでしょ。」


それにデカいしと続けるリリアンヌ。

ケルベロスは、ここ二日で一回りも大きくなった。寝れば寝るほどに大きくなっていくように思う。今では翼を広げれば、リリアンヌが両腕を広げた長さほどにもなる。そんな小竜とはいえど、見慣れぬ生き物を連れていれば、注目を浴びるどころではない。


《じゃあっ、じゃあさ。おいらを違う生き物に姿を変えるとか、大きさを変えるとかしておくれよ!》


「えぇー?」


物を別の物に変化、または造り変える魔法は、変身術と同じ種類に分けられる変術だ。

時間は勿論、酷く労力と頭を使う、難しい…いや、面倒な魔法だ。

その物の成分から、作り方を一から勉強しなければならないのだから。


「大きさを変えるのなら出来るけど…。」


生き物はやったことはない。その言葉は、ケルベロスの期待に満ちた瞳で打ち砕かれた。


「もう、仕方ないなぁ。」


どうも、この瞳に弱い。

近場にあった肩掛けの鞄をひっつかみ、入りやすいよう入口を広げた。

えぇい、時間が勿体無い。とばかりに小さな抹茶色の鞄にケルベロスの頭を突っ込み、小さくなれと念じた。

ギュッと押し込んだケルベロスの体は少しずつ小さくなり、やがて入らなかったはずの鞄にすっぽりと収まった。


《凄いや!おいら、ちっちゃくなった。》


嬉しそうに声を上げるケルベロスは、今では猫ほどの大きさだ。…とても太った猫だが。


「本当に行くの?」


まだ気がのらないレイチェルを横目に、ケルベロスが入った鞄を肩に掛ける。重量が越えているのか、今にも鞄の底が抜けそうだ。一方に掛かる重量にふらつきながら、レイチェルに元気よく声を掛けた。


「行くよ!」


目的地は何処へやら。

自らに姿隠しの魔法をかけて、するりと邸の裏口から出ようとした。


「おや、お二人ともどちらへ?」


そこへなんとも良い頃合いに声を掛けてきたのは、執事のジョルジオ。


「ちょっと出掛けてくる。」


「街へ、ですか?ルビウス様から、今日はお二人の外出予定は伺っておりませんが。」


怪訝そうに眉を寄せた執事に、間の悪い時に見つかったものだとリリアンヌは小さく唸って答えた。


「…ちょっと課題に必要なものがあるから。すぐ戻る。」


「必要なものでしたら、私かキャサリンが買って参りますが。」


うっと言葉に詰まるリリアンヌに、邸の中へお戻り下さいとジョルジオは促す。


「やだ。」


「リリアンヌ様。」


「ちょっと出掛けてくるだけよ。いいでしょう?」


門に手をかけながら、ここは押し切ろうと心に決めた。


「…女性二人だけでは危のうございます。」


「ベルもいるから大丈夫!ルビウスさんには言わないでね。行ってきます!」


王都は今、物騒だからと言うジョルジオを振り払い、リリアンヌはレイチェルの手を引いて駆け出した。

年さえわからないほど、長年カインドに勤めるジョルジオ。彼は魔法使いではないと言うが、邸の中ではルビウスに次いで、一番強い魔力を持つ。そんな彼でも、邸の外に出れば一般人と変わらなくなってしまう。

それはここ数年で知った知識だが、それと同時に邸内では、いつも監視されているように思えて息が詰まる。


「よしっ!」


まだ開店準備で慌ただしい商店街に出たところで、足の速さを止めて思わずそう零した。


「ジョルジオが先生に言う。怒る。」



ぜいぜいと息を整えるレイチェルは、頻りに後ろを向いて帰ろうと訴えてくる。大丈夫だって!と、どこから来るのかわからない自信で引っ張って、久しぶりの王都の街中へと歩き出した。


「あぁー、やっぱり街はいいよね。」


頭に覆いを被り、キョロキョロと辺りを見渡しながら商店街を歩く。

朝日が差し込む街中は、起き出した人々で段々と賑わいを増す。物珍しげに辺りを見渡すリリアンヌとは対照に、レイチェルは頻りに辺りを見渡して警戒している。


「リリアっ、あれ。」


商店街を半分ほど進んだ頃、不意にレイチェルが袖口を引っ張った。


「うん?」


まだ開店していない硝子張りの展示物を眺めていたリリアンヌは、レイチェルに促されて左側を見やった。

ぽつりぽつりと溢れてきた人込みの中、それはやけに目についた。複数いる警官の背後に紛れてはいるが、大柄の黒い外套を纏うその姿は、いつの頃か別荘で襲撃を受けた時、マリエダが連れていた大男の一人だった。

大男を認識した途端、ぞわっと髪が逆立つのがわかる。

清々しい朝日を遮断している大男は、ゆっくりと歩きながら何かを探すように、周りに視線を向けている。不意にその視線が何かに気がついたように、リリアンヌ達二人に向けられた。


―――見つかった。


覆いを目深に被った大男が笑ったように見え、直感的な何かがリリアンヌに逃げろと伝えた。とっさにレイチェルの手を引き、近くの路地裏に駆け出したリリアンヌと大男が走り出したのはほぼ同時だった。


「レイル、走って!」


太陽の日差しが届かない、薄暗い路地を全速力で走る。しかし、左腕に重い荷物を抱え、右手にはもたもたと走るレイチェルの手を引くのだから、必然的にリリアンヌの方が不利である。背後を振り返れば、大男はもう間近に迫っていた。


―――どうしたらいい?


考えるより先に、背後の大男へと反発魔法を放つ。二人を捕まえようと右腕を伸ばしていた大男の周りの空気が揺れ、大男は真後ろに吹き飛ばされていった。


「…やった!」


見事に命中した魔法に、思わず笑みが零れる。


「…り、リアっ、前。」


走りながら背後を振り返っていたリリアンヌは、レイチェルの声ではっと前を向いた。

目の前には、先ほどと変わらぬ大男が二人、リリアンヌ達の行き先を塞いでいた。

慌てて立ち止まり、左側に逃げ込む。もう走れないと音を上げたレイチェル相手に、もう少し頑張ってと引きずるように先を急ぐ。

その際、迷宮の術と目くらましの魔法を一度に唱え、背後の空間に放った。


「ひぇー、参ったな。」


ぜぃぜぃと息を上げながら、リリアンヌは背後を見て言った。

まさか、あんなにも囲まれるとは思いもしなかった。

これでは買い物どころではない。邸に帰る道筋を思い浮かべる。が、逃げるのに必死でどれくらい邸から離れたのかもわからない。

弱ったなと歩みを止めた時、いつから居たのか、左脇にある建物の隙間から、若い男が隙をついて飛びかかって来た。


「っ!!」


《しつけぇぞ!》


とっさのことに反応出来ずにいた間、鞄の中で大人しくしていたケルベロスが口だけを外に出して叫んだ。瞬時の間さえあけず、ケルベロスの口から火炎が飛び出した。それは、複雑な曲線を描き、真っ直ぐに男を包んだ。


「うわぁ!」


男との距離はさほどあるわけではなかったため、リリアンヌはその熱気に悲鳴を上げた。


「火、嫌だ。…怖い。」


レイチェルは、ごうごうと音を立てて燃える火に混乱状態となり、先ほどリリアンヌが掛けた迷宮の術と目くらましの魔法の空間へと後ずさって行く。


「レイル、そっち行っちゃだめ!」


どんなもんだいと胸を張るケルベロスの顔を鞄に押し込み、レイチェルを前に引っ張る。行き場は右側の通路しか選択余地はなく、仕方なしにそちらへと走った。後消しの魔法をその際に忘れず掛けたのだから、素晴らしい進歩だとリリアンヌは自分で自分を褒めた。

そうこうしている間に、追っ手は増えている。レイチェルはもう走れないだろう。闇雲に走り回ったため、リリアンヌも限界が近い。


どこか隠れる場所はないかと見渡した時、一つだけ看板が出ている店が右手に見えた。

まさに天の助けとばかりに、ひっそりと開店するその店へと飛び込んだ。


「らっしゃい~。」


朝刊を広げてけだるげに出迎えてくれたのは、まだ年若い青年。


「ちょっと隠れさせて!」


そう言うなり、リリアンヌは物で溢れかえる店の一番奥に駆け込み、レイチェルと共に身を隠した。しばらくして、表の道を大勢の大男達が通り過ぎたことに、硝子越しに見た若い青年はぎょっと目をむいた。しかし、気を取り直して目で男達の行き先を確認してから、彼はもう行ったぜとリリアンヌ達に声を掛けた。


「はぁ~、助かったぁ。」


途端に力が抜ける。

物と物の間に挟まるリリアンヌとレイチェルは、大きく息を吐いて身を任せた。


「お嬢ちゃん達、えらいヤツらに追われてんだなあ。」


バサリと新聞を粗方畳んで、感心したように言う彼は、顔を隠すように茶色の帽子を被り直した。そのため、顔は良く見えない。やや不審に思いながらも、身を起こして答える。


「…まぁね。」


よっこらしょと年に似合わず声を掛けて立ち上がり、キョロキョロと店内を見渡した。飛び込んだ先は、どうやら金物屋のようだった。耳飾りや指輪、大振りの剣まで、様々なものが置かれている。

時計まで売っているのだから、もはや金物屋と一括りには出来そうにない。


「悪いけど、用が済んだらけぇってくれねえか?今日は客の出入りが多い日でなあ。」


興味あり気に薄暗く手狭な店内を見渡していたリリアンヌは、独特のなまりで喋る青年に少し言葉を尖らして言った。


「随分と客に不親切な店ね。そんなので客相手に商売出来るの?」


「おかげさまで、商売は上がったりさぁ。」


リリアンヌの言葉にも気を害した様子も見せず、彼はにっと黄ばんだ歯を見せて笑った。その歯並びの悪さと色の汚さに思わず眉をひそめると、青年は仰天したように座っていた丸椅子から立ち上がって叫んだ。


「あや、こりゃあよく見たら。カインド公爵のお弟子さんでねぇか!」


なんでもっと早く気がつかなかったと一人喚く店主を横目に、レイチェルを引っ張り起こしてやる。


「そうだけど。…ルビウスさんとは知り合い?」


「あぁ!いつもひいきにして、もろうてるんだ!今日も会合に行くために店の門を使ってくれるっていうんで、待ってんのさ。」


そう言って数秒間、青年はぴたりと止まり、しまったとばかりに口を噤んだ。変わりに良いことを聞いたとばかりに笑ったのは、リリアンヌだ。


「…ふーん、会合なんだ。覗いてみたいなぁ。」


「だっだめだめ!決まった人しか門はくぐれねぇんだ。もし、勝手に通したのがバレたら、おっそろしいことになる。」


勘弁してくれと半泣きになる青年は、リリアンヌを通すなとルビウスに釘を刺されているようだ。


「…じゃあ、この時計を買うから、その代わりに会合をちょっとだけ覗かせてよ。」


近くに売られていた、小さな銀色の時計。細く長い鎖がついており、円形の頂上の小さな押しボタンを押すと、ぱかりと蓋が開いて文字盤を拝めるようになっている。

子供の玩具のような銀時計。しかし、買うならばそれなりの値段にはなる品物だ。表面や裏には何も絵柄は彫られていないため、大人が使用しても様にはなろう。

どうする?と時計片手に笑うリリアンヌとなかなか売れない銀時計。唸りながら見比べていた店主だが。


「まいどあり!」


そう言って笑ったのはリリアンヌ。結局、値段も負けさせられて完敗だ。


「…ぜっていに内緒でっせ?ルビウスさんが来る前に入って下せい。帰りは黒い扉からでてくだせぇば、カインド邸のすぐ近くの空き屋から出れるようになってます。」


もう帰ろうと促すレイチェルを無視して、猫背の店主について行く。狭く暗い廊下の先にたどり着いたのは、リリアンヌの背丈より遥かに高い深紫の幕だった。


「…あまり長居は無用でっせ。」


心配そうな店主に、ひらひらと右手を振って、縦に入る幕の切目に滑り込んだ。重い幕をめくり上げて潜った先に飛び込んできたのは、建物がひしめく王都の街並みにはない、先が見えないほど地面いっぱいに広がる緑と清々しい青空の二色だった。


「こんにちは。…会うのは二度目だよね?あ、今はカインドのお弟子さんなんだっけ。」


不意に声を掛けられて飛び上がった。

振り返れば、いつの間にやら黒い外套を羽織った少年がそこにいた。いや、青年と言った方が良かろうか。どちらにせよ、人当たりの良さそうな笑みを浮かべ、こちらを見ている。


「…だれ?」


「え、忘れられてる?悲しいなあ。ま、会ったのは随分昔だしね、仕方ないか…。今は弟子入りして姓は変わったけど、ジェイド・ウォルター。そう言ったら思い出してくれる?」


「あっ!」


怪訝そうに青年を見やっていたリリアンヌは、覆いを取り払った青年に失礼ながら指を指した。

金髪に金色の瞳。

そう、いつの頃かレイヘルトンの街中で会ったあの少年だった。孤児院を抜け出したばかりの時に、家においでと誘った主である。

あの変なヤツが、にこやかに目の前に立ちはだかっている。あの時、身長は確か同じぐらいであったと記憶しているが、身長は遙か高く、顔つきもやけに大人びて見える。


「あんたに用はないんだけど。」


「あれ、そうなんだ。せっかく懐かしい姿を見つけたから、声を掛けたんだけど。今日の会合に出席?案内しようか。」


五年ほど経つが、相変わらず天使のような容姿だ。

外見から判断しては悪いが、リリアンヌはこういう輩は大嫌いだ。

構うなと雰囲気が出ているのにもお構いなしに、ジェイドという青年は距離を縮めて近くにやってくる。


「…結構よ。お構いなく。」


入り口と出口は違うようで、先ほどリリアンヌ達が潜って来た場所は薄暗い林となっている。こんな所でもたもたしていたら、いつルビウスがやってくるかわからない。ばったり顔を会わせたら元も子もない。

知らない人に会ったことで無口になったレイチェルを連れ、広い野原を足早に行く。


「…急いでどこに行くの?」


「ついてこないで!」


くるりと踵を返して歩き出したのに、ジェイドはまるで近場の散歩のように、リリアンヌ達の後ろをぴったりとついて歩いてきた。


なぜついてくるのだ。


ちらちらと後ろを気にしながら、時には速さを早めたり、急に立ち止まって行き先を変えるも、彼は犬のようについてくる。

足の踝までも満たない、一定の長さで揃えられた草は、走り疲れたリリアンヌ達の足に優しく馴染む。


「招待状を見せて貰っていい?今日の主催は僕の師匠だから。」


面倒くさいと立ち止まったリリアンヌに、ジェイドは前に回り込んでそう言った。


「持ってない。」


「えっ?持ってない?」


「ちょっと覗きに来ただけ。ダメなの?」


疑問や質問で考え込んでいるであろうジェイドに、リリアンヌは開き直って問いかけた。


「招待状が無かったら、普通は来れないんだけど…。門番は?なんか言ってなかった?」


「交換条件で通して貰った。」


そう答えたリリアンヌに、ジェイドはやるなぁと感心してため息をもらした。


「じゃあ仕方ない。ちょっとだけなら覗かせてあげるよ。カインド公爵には内緒だよ。」


「勿論。」


人差し指を唇に当てて内緒話をする彼に、話が早いと笑みを返した。


「…だけど、ただでは無理だなあ。」


そう言いだした彼に、リリアンヌは困惑したように顔をしかめた。


さっきの銀時計の分で、手持ちのお金は全て使ってしまった。弱ったと声を出す。


「お金はさっき金物屋で払っちゃたし…。」


「お金なんかいいよ。じゃあ…、君達の名前を教えてくれるのでどう?」


「それだけ?」


「うん、名前教えてくれなかったから。」


微笑むたび、眩しい光が照りつけているように感じるのは気のせいだろうか。


「…リリアンヌとレイチェルよ。」


相変わらず変わっていると呟いて、名を教えた。


「あんたの師匠は誰?」


へぇ、リリアとレイルかと呟くジェイドの案内で、広い草原を歩く。その背中に、ぶっきらぼうにリリアンヌは尋ねた。


「うん?まぁ、そんなくだらない話は今はいいじゃない。それより、ほら。あれが今回の会合が開かれる会場。」


完璧とも言える微笑みで振り返り、青い空が広がる目の前をリリアンヌ達に見せた。しかし、在るのは雄大な青空。不審に思いながらもリリアンヌは、一歩を大きく踏み出してジェイドの隣に並んだ。するとどうだろう、果てしなく広がると思えた草原は、リリアンヌ達の数歩手前で途切れており、崖っぷちとなっていた。遙か下には、同じような草原が再び広がっている。そこには、丸い机がまばらに置かれ、まるで野外で行う食事会のように見える。椅子は無く、食事も置かれていないところを見れば、これから始まるのだろう。物珍しげに眺めていたリリアンヌは、不意に目の前を横切って行ったモノに視線をやった。それは、黄をおびた赤色で塗られた扉で、さほど早くもない速さでリリアンヌの目の前を右へと横切って行った。

ぷかぷかと浮かぶ扉。

他にも扉は辺りを浮かんでおり、時折穏やかな風に流されて行ったり、目にも留まらぬ速さで通り過ぎて行く扉もある。色は様々で、浮かぶ高さも速さもそれぞれの扉は、一体なんの目的で扉だけを浮かべているのか想像もつかない。


「ここ、どこ?それに、なんで扉だけなの?」


幾分機嫌の良いだろうと思われる足取りで、右へと歩き出したジェイドを追いながら、リリアンヌはお手上げ状態のレイチェルを引っ張る。


「ここは、うちの師匠が作った異空間。扉は、今日の客人達の個人邸へ続く専用出口になってる。」


そう答えるジェイドの体が、不自然に浮かんだ。眉をひそめてその不可解な魔法を観察すると、それは姿を消した階段で。それをただ上っているだけだった。


「どうしたの?そこに居たら、ルビウスさんにすぐに見つかるよ。」


足を止めたリリアンヌに、ジェイドも次の階に掛けていた足を止めて振り返った。言葉を掛けてから笑うと、上へと向かって上がって行く。リリアンヌがついてくると確信しているようだ。意を決して足をかけ、追いかける。レイチェルも気が乗らないようではあるが、ぴったりとリリアンヌについて行く。

ケロベロスは先ほどから随分大人しい。

寝ているのだろうか。

やがて、風も立たぬ階段を上がりきると、屋根高々とそびえ立つ温室が目の前に現れた。

硝子張りの温室は、不思議なことに中の様子が窺えないようになっている。

あぁ、ここにも魔法が掛かっている。それも一つではない。何重にもかけられた魔法の中へ入るのは、少し抵抗があるが仕方ない。

そんなことを思いながら、親切にも硝子扉を手前に引いたジェイドに促され、中に足を踏み入れた。


「ここなら師匠以外入って来れない。待ってて、まだすぐ戻るから。」


そう言うなりぴしゃりと扉を閉めて、来た道を戻って行った。外からは中の様子は見えないが、温室の中からは外の様子が丸見えだ。


取り付く島も無く温室に残され、レイチェルと顔を見合わせた。


「…疲れた。」


「そだね。」


連れまわしてしまったという罪悪感はあるが、謝る気持ちはさらさらないリリアンヌだ。

どこか座る場所でも探そうかと後ろを振り返った。

さすが温室というべきか、熱帯地方の植物達が鬱蒼と生える室内は、大きなさながら密林だ。


「向こうに水がある!」


この中を行くのか。


うんざりとした気分で密林を眺めていたリリアンヌに、耳を澄ましていたレイチェルが叫ぶ。まっしぐらに走り出したレイチェルに、呆気に取れていたリリアンヌは慌てて後を追った。


驚くような速さで先を行くレイチェル。

先ほどの疲れはどうしたと尋ねたいが、残念ながらそこまで余裕はない。

顔を腕で覆い隠し、葉を避け、木々の間を縫う。傷だらけで密林を抜ければ、小さな噴水がある開けた場所に出た。温室の突き当たりまでやってきたらしく、目の前には硝子張りの壁が一面の青空を映している。時折射し込んでくる朝日が眩しい。

目を細めて辺りを見渡すと、真っ白な長椅子が二つほど置かれているのが視界に入る。

少し座らせてもらおうか。

ケロベロスの重さもあって、へとへとなリリアンヌは、噴水の水で全身をびしょびしょに濡らしてはしゃぐレイチェルに背を向け、長椅子に向かって歩き出した。

そのときだった。


『…なんと、最新の武器を?』


『あぁ、破壊力は凄まじいらしい。あんなもんは人間が使うようなもんじゃないって、偵察してきた奴が零してた。』


『…恐ろしいわね。』


『全く、国王は何を考えているんだろうね。』


まるで、温室全体から響くような。

突如として聞こえた複数の声に、リリアンヌは警戒して辺りを見渡した。しかし、誰の姿も見えない。


『…レオ様はどうすると?二年は遅すぎはしまいか。』


『今動くのは得策ではないんだと。』


『けれど、すでに何人かは捕まったって聞いたよ。』


『そいつらは低級な奴らだろ?戦力にもなんねえよ。』


『…あら、噂をすれば。その若き漆黒の魔法師殿のお成りよ。』


その女性の声に、背を向けた硝子の壁に振り返った。

先ほどは、青空を鮮明に映し出していた硝子の壁。今ではその青空は無く、複数の魔法師達が佇むその先に、視線を集めるルビウスの姿が映っていた。

まるで、その場にいるように鮮明に映す像は、酷くリリアンヌを不安にさせた。


『おはようございます。皆さん。』


こちらには気づいていないような態度を取るルビウス。本当に気づいていないのかは定かではないが、社交辞令のような挨拶を近くの魔法師達と交わしている。

その間にも、ひそひそと声を抑えた会話が温室に響く。素直に褒め称える会話や時には、皮肉を込めた陰口が。


『こんな所にいらしたのですか。声を掛けてくだされば良かったのに。』


周りの声も彼には聞こえていよう。しかし、顔色さえ変えずリリアンヌが顔も知らぬ魔法師達に挨拶に周り、常に微笑を湛えていた。そんな彼が、こちらに気付いたように近寄って来た。焦るリリアンヌだが、何かが違うと感じた。違う人に話しかけているようなのだ。

誰かの眼を通して見ているのだろうが、それが誰だか全く分からない。

そんな風に思案するリリアンヌを置いて、ルビウスは少し距離を取り立ち止まり、にこやかな笑みを浮かべて言った。


『今日はお招き頂き、ありがとうございます。…マクセル侯爵殿。』


「えぇーっ!!」


思わず奇声を上げたリリアンヌをレイチェルが驚いて見ている。

しかし、本人はそれどころではない。とんでもないところにやってきてしまった。ノコノコとあいつについて行った自分を呪ってやりたい。


『なにを笑ってらっしゃるのですか?』


『…いや、なに。こっちの話しさ。』


『そうですか。で、お話と言うのは。』


『おや、話があるのはそっちじゃないのかい?まぁ、いいさ。ゆっくり話が出来る場所に移動しようか。』


マズい。非常にマズい。


銀色の髪を両手でひっつかんで唸っていたリリアンヌは、二人の会話にはっと我に返った。恐らく二人は、ここにやって来るだろう。そんな予感がするのだ。


「リリア…?」


二人がやって来る前に、ここから邸に帰らなければ。

そう決心し、心配そうにこちらを覗き込んでいるレイチェルの腕を掴んだ。


「帰ろうっ、レイル!」


戸惑いながらも頷くレイチェルの返事を最後まで待たずに、リリアンヌは密林の中へと飛び込んだ。


「…凄い植物の数ですね。それに、珍しい植物が多い。」


奥へ進もうとしたそのとき、生身の声が聞こえてきた。

どうやら、整備されたまともな道が在ったらしい。

植物を掻き分ける音もなく、コツリと靴音高く温室に響いて、ルビウスの声が聞こえた。

シッと人差し指を唇にあて、レイチェルと顔を見合わせてから、そっと二人で葉と葉の間から先程いた開けた場所を覗いた。


「さすがと言ったところですか。」


大した興味も示さずに、辺りを見やるルビウスには既に笑顔はない。

闇を映すその容姿は、朝日を浴びてその存在感を増している。

しかし、と続けるルビウスはいつの間にか再び青空を映している硝子の壁に近づき、先程からピクリとも動かない女侯爵を振り返った。


「…先程、この玻璃はりで誰に、何を、見せ聴かせておいででいらしたのか、お教え頂いても?」


コツンと後ろの硝子の壁に拳を当てて、侯爵を見やるルビウスの顔は険しい。


「一体、なんのことを言っているのか。おぉ、怖い。」


淡い金色の長い髪をまとめている侯爵は、変わらず法衣を着崩したその袖口から煙管を取り出して火を付けた。

その口調は、ルビウスの態度を楽しむかのように軽い。

侯爵の態度に、向かいに立つルビウスはさらに顔を険しくしたが、気を取り直したように姿勢を後ろにある壁へと預けて言った。


「構いませんよ、調べればわかることですから。…ところで、マクセル侯爵は、まだどちらかにつくという返事はなさっていませんね。なぜですか。」


「はて、なんのことか。」


「白々しい。良い条件を提示する者によるのでしょう?」


ふーっと煙草の煙りを吹き出した。あの甘ったるい匂いを漂わせながら、マクセル侯爵は先程レイチェルが水遊びをしていた噴水の縁に腰掛けた。


「…聡いこと。そうねぇ、条件次第によるかしら。」


「では、こうはいかがですか。こちらの要求は、王自身への審判。こちらの提示通り王を裁いて頂けましたら、報酬のほどはそちらに一任しましょう。」


「えらく太っ腹だね、カインドの当主殿は。」


笑いを含めたその声を聞きながら、リリアンヌは自然と眉を寄せていた。この女の声は、酷く耳に障る。


「本当はね、報酬などどうでもいいんだよ。」


そう言って噴水の縁から降り立ち、流れるような仕草でルビウスの元に歩いていく。

ルビウスの右隣へと移動したマクセル侯爵は、うっとりと目を細めて、すぐ間近にいる彼を舐めまわすように眺めた。


なにやら話しているようだが、残念ながらリリアンヌ達がいる場所からは、会話の内容は聞こえない。


今の内に出口まで行くか、はたまた会話が聞こえる所まで移動するか。


少しの間思案していたリリアンヌは、ふと向けた視線の先にあった光景に目を見開いた。


鮮やかな青空を背景に、ルビウスとマクセル侯爵が唇を合わせていた。

子供同士がするような軽いものではなく。


まるで、恋人同士のような。


マクセル侯爵がルビウスの首に腕を回し、身を一層寄せた。

その光景は、正しく仲むつまじい恋人同士だった。

そして、ルビウスの衣類にマクセル侯爵の手が掛かった。

体つきを確かめるような手の動きに、リリアンヌは力が抜けたとばかりに、地面にぺたりとしゃがみ込んだ。


「先生達何してるの?」


目の前の行為を全く理解していない、レイチェルの場違いな声が遠くに聞こえる。


《どうした?リリア。》


不意に聞こえた気遣う言葉。


「…何でもないよ。」


その言葉に答えている、自分の声が耳に響いた。


《じゃあ、なんで泣きそうな顔をしてるんだ?》


泣きそうな顔?


なぜ、自分はそんな顔をしている?


胸が苦しいのは、何故だろう。


胸に手を当てて、ぼんやり考えた。


《焼いてしまうか?リリアのためなら、こんなもの焼き払ってしまえるぞ。》


悪魔の囁きのように聞こえたケルベロスの声に、無意識に頷いていた。


鞄から這い出したケルベロスが、次第に元の大きさに戻って火炎を吐き、辺りが炎に包まれてもそれはどこか遠い出来事のようだった。


ルビウスとマクセル侯爵に向かって、炎の渦を吐き出したケルベロス。マクセル侯爵はさっと飛び退き、ルビウスは外套で身を庇った。

二人の間に、空気をも取り込んだ火が硝子の壁へとぶち当たり、水のように勢いを増して四方八方に広がる。

炎が触れた硝子の壁は、ぽっかりと穴が空いていた。炎の熱で溶けてしまったようだ。

ケルベロスは、それでも満足がいかないというように焦げ臭い煙を鼻から地面に吹き付けて、翼をはためいた。

今ではリリアンヌの背をも越える大きさになっている…。

ケルベロスの周りに残っていた小さな火は、羽ばたく風によって勢いを増し、辺りを包んでいく。


紅の竜が高い天井に舞い上がった。


「リリアっ!」


はっと気づけば、レイチェルが泣きそうな顔で右腕を引っ張っている。


既に辺りは火の海。


逃げ道さえないことに、今頃気づいた。


大変なことになってしまったと思った所で、もう遅い。

ケルベロスを鎮めようにも、遥か上にいて声も届かない。

どうしようと混乱していたところに、後ろから肩を掴まれて振り返った。


「…こっち。早く!」


言葉少なく言った彼は、先程会ったジェイドという少年。

急かすようにこちらを見ている。


「…でも、ベルが。」


「ルビウスさんとこのだろう?大丈夫、あの人がなんとかするよ。」


だから、早くここから出ないと。

そう言う彼の言葉に誘導され、立ち上がる。ふと振り向いた先で、ルビウスと視線が絡んだが、リリアンヌは下唇を噛んでその視線を振り切った。レイチェルと共に、立ち止まっていたジェイドの元に走り寄った。まだ火が回っていない場所を走り、外に出た。

先程まで天気が良かった空は、分厚い雨雲が一面に広がり嵐が来そうな予感がする。

そんな風に空を仰いでいたとき、地面に降り立っていた温室が背後で派手な音を立てて炎上した。

鮮やかな赤色や赤みをおびた黄色、濃い金色などが角度によって見え、黒々とした煙が、空に登る。その煙の中から、一匹の紅の竜がうなり声を上げながら空に飛び出して来た。

空中で体制を整えた竜は、まだ炎の勢いが衰えない温室に炎を放つ。

そこから飛び出して来たのは、美しい鬼火をまとった大柄な狐だった。途端に空中で始まった戦いに、先程まで宴会だった会場は青白い火と赤みをおびた黄色の炎を受け大混乱となり、魔法師達が逃げ回っている。


混乱状態の中、ジェイドがリリアンヌの手を引き、先を促す。


「こっちに!」


「…リリアぁ。」


その声に従おうとした時、レイチェルの泣き声が耳に入ってきた。


「どうした?」


「腰が抜けたぁ。」


「…はあ?」


曰わく、竜と狐の戦いで恐れおののいたレイチェルは、あまりの恐怖で腰を抜かしたらしい。一歩も動けないと泣き出すレイチェルに、リリアンヌはうなだれた。

仕方がないので、レイチェルを背負う。

割と小柄で軽い彼女を背負うのは、何ら問題なかった。その光景に、ジェイドは目を丸くさせたが、気を取り直して二人を黒い扉の前まで案内してくれた。


「ここから出たら、カインド邸のすぐ近くに出れるから。」


移動する黒い扉を開いて彼は言った。

真っ白い光に目を細めて、大きく一歩踏み出した。


「…ありがとう。」


「気をつけて。またね。」


真っ白な光が身を包む前、お礼を言ったリリアンヌに、ジェイドはひらりと手を振って扉を閉めた。

四方が明るい白に覆われる光の中をまっすぐ歩いていたはずなのに、気づけばレイチェルを背負って一人、古びた空き家に佇んでいた。硝子が嵌められていない吹き抜けの窓からは、夕日が差し込んでいる。


「…カインド邸の近くなの?」


ズビズビと鼻を啜るレイチェルを背負い直して、目の前にある木の扉へ進む。じゃりっと砂を踏む音が、静かに空き家に響いた。

重みがある木の扉を押し開けると、眩しい夕日の光が差し込み、目を細めた。


「あぁ、やっぱりここか。」


不意に聞こえた男性の声に、身を構えたリリアンヌだが、どこかで聞いた声だと目の前に立つ男性を見上げた。


「ルビウスからの命令でね。君達を迎えに来た、マイケル=アン・ローリングだ。ルビウスの義兄になるかな。」


西日を後ろに受けて立つ男性の顔は見えないが、青みがかった灰色の髪を持つ男性はそう名乗った。


「さぁ、帰ろう。ジョルジオも心配していたよ?」


そう言って、なかなか外に出てこないリリアンヌを促す。渋々外に出てきたリリアンヌからレイチェルを取り上げ、軽々と片腕で抱き上げた。

知らない男性に抱かれて身を縮めるレイチェルなど気にもとめず、空いている左手でリリアンヌの腕を引いた。


有無も言わせぬその行動に、足並みを合わせながらリリアンヌは沈んだ気分でついて行った。


邸に戻れば、当然のように待ち構えていたジョルジオに、こってりお説教を食らった。


「かなり、おかんむりのようだよ。ルビウスは。」


ジョルジオからのお説教が漸く終わった所で、居間へと移動した。部屋にある長椅子に腰掛け、覚悟したほうがいいと苦笑するマイケルは、レイチェルの隣に腰を落ち着け悠然と言った。


怒るなら怒ればいい。

上等ではないか、受けて立とう。

開き直ったリリアンヌも、底知れぬ怒りをルビウスにぶちまけるつもりだ。

用事があるというマイケルも邸に残って、主を静かに待った。


彼が帰って来たのは、夜も深まった深夜。うとうとするレイチェルも目を覚ますほどの怒りを持って登場した。


それは、リリアンヌの想像を越えていて…。


ルビウスが珍しくも怒っていた。



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