3.親戚会議
「あぁ、ごめん。そう言えば、急ぎだったんだ。リリアンヌも聞くべきだと思って姿を見たら、ルビンを殴らないと気が済まなくなって。」
そう謝ったセドウィグは、気を取り直したように背中をのばすと、困ったように左手で長い黒髪を撫でた。
その、一つくくりに結ばれた髪が、さらりと揺れる。
「あの馬鹿な義兄上が、マリエダ・コウリィースとその輩を国に取り込むと発表した。」
その言葉に、ルビウスは眉間に皺を寄せてシリウスを見やった。
「私は反対したさ!」
慌てて弁解するシリウスにため息を零し、セドウィグに向き合った。
「どういうことです?」
「今、あの小汚い鼠共がやりたい放題だろう?魔法省の者達も手を拱いていると聞きつけて、国としてはなんとか出来ないものかと考えたらしい。そしたら、どこをどう血迷ったか知らないけども、国王が犯罪者を魔法省の新しい重役に据えるという。」
「…新しい?」
「そう、今まで代々続いてきた法をひっくり返したんだ。『王は、魔法省に一切干渉せず』という第一原則をね。なのに、根本から守らず、おまけに古株の魔法師達をさっさと追い出したもんだから、下にいる奴らはカンカンさ。」
「なるほど、あの陛下が考えそうなこと、と言うべきか…。しかし、急な事ですね。」
左の拳を右脇に入れ、右手を口元で支えて思案にくれるルビウスと、彼を観察するセドウィグ。双方を見比べていたリリアンヌは、首を傾げレイチェルが眠る長椅子の縁へと腰掛けて、話の成り行きを見守ることにした。
「どうする?ルビウス、魔法省は今や王の配下になった。けれど、我々魔法師はその志は変わることはない。違うかい?」
「つまり?」
「君次第さ。」
途端に真顔でそう言ったセドウィグは、くいっと顎で入り口を指し示した。そこには――。
「兄上。私はどんな時であろうと、ついて行きます。」
「愛しい妻の頼みなら、手を貸そうじゃないか。辛うじて魔法師でもあるし。」
そう言って佇む二人の男性。一方は、緩く巻かれた焦茶色の短い髪と鋭い漆黒の瞳を持つ、ルビウスの弟、アレックス。その後ろにいるのは、鼠色の髪と金色の瞳を持つ何時かの時に会った、確かマイクと言った男性だった。
「ほら、アレンもマイクもあぁ言ってる。」
満足気に微笑みを称えてルビウスを見やると、彼は反対に苦笑を浮かべてセドウィグを見やった。
「これじゃ、まるでうちの一族が戦をしたがっているように見えますよ。」
そんなつもりは、これぽっちだってないと言わんばかりに、セドウィグは無邪気に肩をすくめた。
「全くだ。ここまで、愚かだとは思わなかったぞ。セドウィグよ。」
突如として聞こえた凄みがある声に、レイチェルが飛び起き、リリアンヌは顔をしかめた。部屋の中にいるアーサーを除く魔法師達は、どこからともなく現れた場違いな豪華な宝石を散りばめた服を身に包む、その男性を睨んでいる。
「…頑固狸爺。」
忌々しそうに口にしたのは、恐らく戸口に佇むアレックス。
「なんだ?口の効き方もまともに出来んのか、カインドの落ちこぼれが。」
ふんと、見下した態度を取る国王に、ギリリと奥歯を噛み締めたアレックスに代わり、ルビウスが一歩足を踏み出して王を見据えた。
「そのお言葉、聞き捨てなりませんね。確かに、口は悪いですが。彼はれっきとしたカインドの血筋、僕の弟です。お言葉を撤回してください。」
不機嫌そうに見つめる国王は、きつく口を一文字に結び、やがて重い口を開いた。
「撤回はせん。ルビウス、馬鹿な考えは寄すんだ。儂の下に来い、すれば今以上に良い地位を与えてやろう。そんな他人の集まりのような魔法師達も捨てるのは、簡単だろうに。」
軽蔑の眼差しで辺りを見渡したす国王に、ルビウスは優しく子供を諭すように口を開いた。
「…家族というのは、元々他人同士が出会い、その繋がりによって出来るものです。他人さえも大切に出来ようもない人は、家族を持つ資格は無いと、爺様から教えられました。あなたのような人は、どんな物でも大切には出来ないでしょうね。」
「だから何だと言うんだ!儂は、セドウィグさえ居れば良かった。だのに、あやつは儂を見捨て、古代魔女などを選びおった。」
ぐっと顔を歪めた視線の先には、平然と佇むセドウィグが言葉を言い返した。
「義兄上、僕はいつまでもあなたの駒でいるのはうんざりだったんです。おまけに…、愛しい人も僕から奪った。マリーは、僕の全てだったのに。許せるはずもない。」
真っ直ぐに見つめられて言う言葉の変わりに、今度はルビウスが間に割って入ってきた。
「…陛下、セドが大切だったのなら、何故彼の幸せを願ってあげなかったのですか?」
静かなその声に反論出来ない国王の背後から、不意に銀色の眼鏡をかけた青年が現れると、そう言ったルビウスは僅かに眉を寄せた。…ルーベント宰相である。
「…陛下には、陛下の考えがありましょう。」
「ルーベント宰相、陛下を勝手にこちらに送ったのはあなたですか。勝手な事をされては困ります。」
「勝手な事ではありませんよ。陛下の命でしたから。」
襟元を正してそう言った彼は、冷ややかな笑みを称えている。
「陛下、お話はお済みですか?」
ルーベント宰相の問いに、ぐっと拳を握った国王は年老いたその顔に強い意志を称えて、ルビウスとセドウィグ、背後にいるシリウスを見やった。
「本当に、儂の元には来んのだな?」
「しつこいですよ、義兄上。」
確認する言葉に、セドウィグがぴしゃりと言い放つ。
「お前の父…、クロムウェルならば、そんな考えはせんはずだがなっ!」
国王の喚く声にすっかり怯えたレイチェルを横目に見、再び視線を戻したルビウスは、目を見据えアーサーが座る長椅子の背に近くと、右手を椅子の背に添えて言った。
「僕は、クロムウェルではありません。勿論、セドウィグでもね。僕は、僕の道を行きます。」
「…許さんぞ。」
「構いませんよ。どうぞ、御勝手に。僕は、あなたに許しを請うような事はしませんから。」
唸るように呟く国王をまるで相手にしないルビウスは、ひと息ついてからしっかりとした口調で国王を見据えた。
「37代国王陛下、あなたの王政に我々、真の魔法師は異議を申し立てます。」
「国王に、反旗を翻すのですか。そんな事が許されると?」
唖然とする国王に変わって厳しく問い詰めるように口を開いたのは、ルーベント宰相だった。
「許されないでしょうね、仮にもあなたが王なのだから。」
「あなた方が陛下に反旗を翻すならば、我々城の者は徹底的に阻止し、あなた方を潰すことになります。」
「出来るかな?我々、真の魔法師相手に。けれど、そちらがそうでるなら、こちらも受けて立つよ。」
にっこりと笑うルビウスと怒りで震える国王との空気に、リリアンヌがたまらず身をぶるりと震わせた時、今の今まで無言だったアーサーが長椅子から重い腰を上げて言った。
「決まりだな。」
途端、部屋の風景が、ふわりと変わった。
家具は全て消え、リリアンヌ達が座っていた長椅子も消えて、リリアンヌとレイチェルは古びた剥き出しの床にお尻を打ちつけた。痛みに顔をしかめて辺りを見渡せば、目に飛び込んで来るのは小さな部屋にひしめく、人、人の数。年、風貌、性別、皆バラバラで、何一つ関わりが無さそうに思うが、一つだけ共通点があった。
それは、皆が真っ直ぐ澄んだ瞳を持っていることだった。