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第一話 落とし物

薄暗く寂れた路地を奥に進めば進むほど人の気配は無く、寒さと冷たい冬の風はより一層増してくる。


「やっぱり少しぐらい、金目になるもん貰って来るべきだったなぁ。うぅ、さ―ぶい」


両手の平で、体を包むようにして剥き出しの両腕をさする。


今年の冬は特に寒い。とにかく、何か着る物でも探さないと。このままでは凍死してしまう。


濃い灰色の煉瓦に囲まれた路地を焦ったように見渡すが、都合良くそんな物が捨ててある訳も無く、ため息をついて更に奥へと歩いた。すると、路地に吹いた北風に乗って、ふんわりと黒い帽子が一つ、灰色の空から降ってきた。

ちょうど目の前に落ちた帽子をひょいと拾って、持ち主を探すが誰もいない。よくよく見てみると丸い円形状のつばは広く、深さはかなりある。円錐型の真っ黒な帽子で、尖った先がくたりと折れている。

恐らく、王宮に仕える魔法師達がかぶっているとんがり帽子だろう。この国に従える魔法使いや魔女達は皆、黒いとんがり帽子に同じく黒を基調とした服を着用。覆いがついた踝まである長い外套で身を包み、黒い靴と全身真っ黒だという。その地位は貴族と並び、かなりの金持ちだと噂で聞いたことがある。


もう一度辺りを見渡し、持ち主がいない事を確認すると初めて見る憧れの帽子に、少女は夢中になってしまった。ぶかぶかの大きなとんがり帽子を頭に乗せてはしゃいでいると、後ろからふいに声をかけられた。パッと振り返るとそこには、今まさに考えていたところだった高貴な魔法使いが、灰色に包まれた路地に立っていた。

しばしの間、少女は振り向いたままの体制で魔法使いを見つめた。失礼に値するとわかっていながら、自然とジッと相手を観察していたのだ。

まだ二十歳にもなってなさそうな年若い青年で、噂通りすっぽりと黒い外套を身につけている。かろうじて見える艶やかに光る靴も真っ黒だ。彼の全身をじろじろと眺めていた少女は、青年の顔を改めて見つめた。少し癖がある艶やかな黒色の短髪に白い肌、深い底知れぬ黒い瞳。


「まさか、髪や瞳まで黒だなんて…」


「……はっ?」


ぼそりと呟いた少女の言葉が聞き取れなかったのだろう。

返って来た間抜けな声を無視して、少女は考え込んでいた。


魔法師が黒いとんがり帽子をかぶるのは、大部分が髪や瞳が黒ではないからだと聞いたことがある。逆に言えば、髪と瞳が黒で揃うのは大変珍しい。

魔法師達がどれだけ偉大であるか、どんなに貧乏な家の子でも小さい頃に聞かされるのだ。

その話を孤児院の年老いた院長に聞かされるたび、一度でいい、二つの黒を持った漆黒の魔法師と呼ばれる人に会ってみたいと何度思ったことか。

そんな夢見た頃をいつの間にか厳しい現実の中で忘れ、世界に絶望しかけた今、こんな場所で会うなどと誰が想像していただろう。

まだ夢心地な少女を現実に引き戻したのは他でもない、目の前の若い魔法使いだった。


「あの、その帽子…」


はっと若い魔法使いを見れば、少し困ったような顔で少女を見つめていた。少女は急いで頭からとんがり帽子を脱ぐと、帽子を地面に置き、冷たい煉瓦造りの地面にひれ伏した。


「も、申し訳ありません。高貴な魔法使い様の帽子と知りながら私のような貧民が触ってしまい、大変失礼を致しました。勿論、覚悟はできております」


少女は早口に一気に喋り終えると、両手を前について額を地面に擦り付けたまま、自分の体が小刻みに震えているのがわかった。

静かな静寂がしばし訪れた後、コツコツと魔法使いが近付いて来る靴の音だけが路地裏に響いた。魔法使いと少女の距離はそれほど離れていなかった為、数歩進んだ魔法使いはあっという間に少女の前に辿り着き、帽子をひょいと拾い上げると左膝を地面について少女の左肩に片手を置いた。ビクッと少女が体を震わせた。


「恐がらないで。何もしないよ…だから、顔を上げてくれないかな?」


その言葉におずおずと顔をあげると底知れぬ黒い瞳と視線が合った。すると、魔法使いの瞳が俄かに揺れた。


「帽子を拾ってくれてありがとう。初対面で失礼だけれど、君はもしかして、西の国出身かい?」


「…いいえ」


少女を見れば、誰もがそう真っ先に思う事だろう。

銀色の髪に赤い瞳は西にある古代魔女の国、アディマデューサの象徴。

どこに行っても忌み嫌われるのは、この容姿のせいだ。あの国の出身であるという証拠など無くとも、容姿を見れば一目瞭然だ。


少女は、悔しさでぎゅっと下唇を噛んだ。

顎にふと冷たい手が添えられたかと思うと、細く綺麗な指で歯で噛んでいた下唇を外された。視線を合わせれば、魔法使いは少し寂しそうに笑って少女を見た。


「悪い事を聞いたね、すまない。それで…」


魔法使いが言葉を続けようとした時、一羽のミミズクが音も立てずに空から舞い降りてきて、二人の直ぐ脇にある灰色の煉瓦の壁に留まった。

こんな街中で野生のミミズクを見たのは初めてだった少女は、首を傾げてその黒みを帯びた茶色の羽を持つミミズクを見た。

魔法使いは立ち上がって、厳しい顔つきでミミズクと向き合っている。


「こんな所にいらっしゃったのですか、捜すのに一苦労しました」


ミミズクが、喋った!


自分の名前さえ書けなくとも、動物は人語を喋らないことぐらい少女でも知っている。それでも今喋ったのは、まぎれもなく目の前のミミズクで、驚きで少女は開いた口が塞がらなかった。


「アレックス。こんな場所まで追って来なくとも、ちゃんと明朝の円卓会議には戻るさ」


「わかっています。しかし、あの糞頑固爺の奴が…おっと失礼。陛下が、今すぐ呼び戻せとの仰せで…。城にいる多数の大臣達が現国王を抑えていますが、もう限界に近いです。今すぐ、城にお戻り下さい。…兄上」


ミミズクが最後に言った言葉に、少女は驚愕した。


「ミミズクが兄弟だなんてっ!」


その声は会話をしていた一人と一羽に勿論丸聞こえで、揃って少女を見たのは言うまでもない。


「兄上。そのごみの塊のような、失礼な小娘も連れて行くと仰るのではあまりませんよね?」


「ごみの塊って何よ。そりゃ、汚い身なりをしてるけど…。女性にそんなこと言うなんて、失礼じゃない!」


ぶつぶつ小声で文句を呟いていた少女をミミズクは深く黒い瞳で睨み、黙らすと兄と呼んだ若い魔法使いを見た。


「アレックス、口が悪いぞ。姉上が居られたら吹っ飛んでいるところだぞ…まったく。陛下には直ぐに城に戻ると伝えろ。それまで大臣達に怪我がないよう、お前が傍で陛下の相手をするんだ。それから、この子は別荘に連れて行く。マーサとあいつらに伝えろ。異論は聞かん、わかったら直ぐに行け」


ミミズクは一瞬、とてつもなく嫌そうな顔を魔法使いに向けると「仰せのままに」と頭を下げて飛び立って行った。

ミミズクが飛び去ったのを確認すると魔法使いは少女に向き直り、自分が着ている外套の前の留め金取り、外套を脱いで少女を包んだ。そのまま少女の膝裏と背中を支えて抱き上げ、彼が来たであろう路地奥へと進んで行く。


「えっ、あの!」


「今聞いていたと思うけど、早急に城に帰らなければならなくなってね。説明は後日って事で」


「後日って…。というか降ろして下さい!」


「そうそう、アレックス。ああ見えて根は良い奴なんだよ。…口は悪いけど。君も意外に言う子なんだね、びっくりしたよ。まあ、気が強い子は嫌いじゃ無いけどね」


「降ろして下さい!」


ふふっと笑う魔法使いは全く少女を相手にせず、スタスタと歩く。逃げようにも幼い少女にはそんな力など無く、すり抜けられるはずもなかった。やがて、灰色の煉瓦で囲まれた路地の突き当たりに、奇妙な黒い生き物がいることに気がついた。ぱっと外見をみれば馬だが、肩甲骨あたりから立派な黒く大きな翼が左右対称に生えている。魔法使いは、翼が生えていなければ馬と呼べそうな生き物の前で立ち止まるとにっこりと微笑んだ。


「やあ、レム。良い子で待っててくれたんだね、ありがとう。この子も一緒に乗るけど、いいだろう?」


レムと呼ばれた黒く、凛々しい生き物はちらりと真っ黒な瞳で少女を見て目を細めると、さぁ早く乗れと言わんばかりに引き締まった大きな背中を差し出した。


「レムは本当に走るのが好きだね」


魔法使いはふっと笑って少女を軽々と先に乗せ、自分もひょいと背中に跨がった。レムは一般的な普通の馬と比べると身体が一回り大きく、ちょっとやそっとではびくともしそうにない。二人が乗ったことに満足したのか、嬉しそうにその引き締まった身体を揺らした。


「しっかり掴まってるんだよ。レム、急ぎで頼む。さあ、行こう!」


魔法使いの掛け声と共にレムは一気に壁へと走り出し、助走をつけて空へと駆け上がった。三歩目では既にレムの足は宙に浮いていた。そして軽やかに空へと駆け上ったかと思うと、空を走るかのように優雅に体制を立て直した。強い向かい風が少女の白を含んだ短い銀色の髪を吹き上げる。

少女は驚きを隠せず、足下を見やった。そこには既に小さくなった灰色の街並みが赤みを帯びた明かりを灯して転々と見える。

レムはぐるりと街並みの上空を翼の力だけを使って一周し、大きな翼で力強く羽ばたいた。やがて、背中に困惑する少女と若い魔法使いを乗せ、東の方へと速度を上げて駆け出した。


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