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第一章 孤独な少女

ある冬の始め。煉瓦造りの冷たい街は灰色の分厚い雪雲にすっかり覆われ、空からはちらほらと薄汚い雪が空から舞い始めていた。

空高くそびえ立つ建物は隙間なく身を寄せ合って佇む。

黒が強い暗赤色の住宅、斑一つ無い黒色や鮮やかな濃い青色をした煉瓦の建物が佇む街は、雪がひどくなる前に冬支度を兼ねて商品を買い込む人々が、雪が積もる商店街に溢れていた。綺麗な包み紙に包まれた四角い商品を手に、仲良く手を引く綺麗な服を着込んだ親子連れや、貴族の屋敷に仕える使用人達で溢れ、商店街は久しぶりの活気を取り戻している。そんな街も辺りはすっかり夕暮れ時となり、濃い灰色の分厚い雪雲に遮られていた、朧気な日差しはその姿を消していた。

足早に家へと帰る者が増え、店先や家々から薄く、赤みを帯びた黄色の暖かい光が漏れ始めた。そんな街中を小汚い身なりをした1人の少女が、華やかな街を歩いていた。

少女は積もる雪が多い、道の右脇を歩きながら、出来るだけ人に顔を見られないように下を向いて行き交う人とすれ違う。擦り切れた薄い布地一枚で作られた上着とひと続きになった色あせた黒の洋服は、冬に着るにしては不似合いで、泥で汚れた細い手足を隠せていなかった。

驚きで目を見張るような汚さでありながら、すれ違う人々は少女に目もくれずに楽しそうに去って行く。

銀色の髪は長い間、櫛も通したこともないだろうと見れる。

彼女の小さな裸の足先は指が真っ赤に腫れ、爪は割れて血が出て痛々しいほどに赤黒く固まっている。しかし、そんな状態であっても少女に声をかける者はいなかった。

行く場所もないであろう少女は、鮮やかな濃い青色の煉瓦で造られた建物の角、薄暗い路地先に座り込んだ。両膝を腕に抱えて抱き寄せ、その上に顎を乗せた。その視線は、すっかり夜に包まれた街並みを眺めている。


「どうしたの?」


ふと頭上から降ってきた声に反応してゆっくりと顔を上げれば、少女のすぐ側に金色の髪と金色の瞳を持つ少年が一人で立っていた。少女と同い年であろうか、少年はふわりとした暖かそうな真っ白い服に揃いの丸くて平らな、つばのない帽子をかぶっている。キラキラと輝く金色が真っ白い服によく映えていて。その姿は、まるで天使のようだった。

何も答えない少女を怒るでもなく、少年はそっとしゃがんで少女と視線をあわせた。


「お母さん、お父さんとはぐれたの?」


少女は声を出さずに首をふるふると横に振った。そして、ふいと視線を少年から外し、ポツポツと赤みを帯びた明かりが灯る街並みをぼんやりと見つめた。愛想のない少女を相手に、普通の人ならば自然とすぐに離れていくものであろう。

しかし少年は、爽やかな笑みを浮かべて立ち上がり、少女に右手を差し出した。


「僕の名前は、ジェイド・ウォルター。年は八つ。今日は、母上と買い物に来たんだ。…ねぇ、もしどこにも行くところがないならうちに来ない?」


そう言って少年は、冷たくなった少女の手を優しく取った。


――パシン。


だが、その手は乾いた音と共に少女によって振り払われた。

驚きに目を見張る金色の瞳が少女を見つめ、少女はその鮮やかな真っ赤な瞳で、彼をキッと睨みつけた。――その瞳はまるで、美しい薔薇のようだった。


「ジェイド!」


自らの名前を呼ぶ女性の声にはっとして振り返れば、少年と同じ髪色、同じ瞳の色を持った優しそうな女性が、山ほどの荷物を抱える使用人を連れてこちらにやって来るところだった。

相当走って来たのだろう、二人とも息が上がっていた。


「どこに行っていたの?もう、この子は。心配かけて!あれほど一人で歩き回ったらダメだって言ってたのに。随分探したのよ」


そう言ってぎゅっと自らを抱きしめる母親に寄り添いながら「ごめんなさい」と小さな声で呟いた。


「でも、女の子がっ。僕と同じぐらいの子が一人で…」


ぱっと後ろを振り返れば、既にその少女の姿はなかった。


「女の子?一人でいたの?でも、いないわね」


「でも薄着でとっても、寒そうだったんだ」


「多分、孤児院から抜け出して来た子じゃないかしら。最近では多いのだと聞いたわ」


優しく頭を撫でる母親を見上げれば、母親はにっこりと微笑んで歩き出した。


「さあ。お買い物も済んだし、お家に帰ってご飯にしましょう」


「…うん」


母親に手を繋がれて歩き出した彼は、名残惜しそうに少女が居た場所をしばらく見つめていた。やがて、諦めたように母親と共に町中へと消えて行った。

その姿を路地の積まれた木箱の陰から見つめていた少女は、路地裏に足を向けて表通りを振り返った。


「変なヤツ」


ポツリと零した少女の言葉は、表通りの雑音にかき消された。


自分には縁遠い、幸せそうな人々。


まるでその雑音から逃げるように。少女は暗い路地裏へと駆け出した。

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