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14.試練の時

時というのは、早く過ぎて行きてしまうものだと思う。


積もった雪も、春の訪れを告げと共に消え去り、リリアンヌが弟子となって二度目の春を迎えた。穏やかな春晴れに恵まれたこの日は、リリアンヌとレイチェル、2人の試験の日である。


「リリア、レイル準備出来た?先生はもう玄関で待ってらっしゃるわよ。」


早くしなさいと急かすオリヴィアに手伝ってもらいながら、2人は全身を黒へと染めあげる。


「あ、こら、レイル。靴を履きなさい!」


「心配だ…。」


靴下で廊下を歩いて行ってしまったレイチェルを追って、オリヴィアが駆けて行くのを見て、リリアンヌは小さく呟いた。今年10歳になるにも関わらず、どこか抜けているレイチェルを見ていると、己のことよりも彼女のことの方が心配だ。


「レイルのやつ、今年も駄目かもな。」


「ええっ!?」


いきなり背後から現れたハイディリア兄弟に、おっかなびっくりしつつも、呑気に会話をすることに。


「試験になると大抵駄目だよね。」


「でも、まぁ、ヴィア姉さんも毎回定期試験、酷かったのに卒業試験受かったし、大丈夫だったりしてな。」


「ヴィア姉さんは別にいいけど、レイルは今回試験に落ちたら弟子やめろって言われてるんだよ?」


「大丈夫じゃねぇ?」


「先生がなんとかするよ。」


「ちょっと何よ、3人揃って。確かに、真面目じゃなかったけど立派に私は卒業しました!」


3人の会話に憤慨する彼女は、去年、卒業試験を無事合格し、それ以来ポータリサにある静寂の森に帰っているが、時たまこうして兄弟達やリリアンヌの世話をやきにやってきている。


「ヴィア姉さんが、卒業試験受かったの偶然を越えて奇跡だな。」


「先生、ヴィア姉さんの試験、ヒヤヒヤしたってこぼしてたね。」


「ちょっと、なんなの?2人揃って!」


あながち嘘ではないが、憎まれ愚痴を叩く兄弟にオリヴィアは拳を振り上げて怒り出してしまった。


「お喋りをお楽しみのところ悪いけれど、そろそろ出発しないと試験事態受けられなくなってしまうよ?」


そこへ現れたのは、いつまで経っても弟子が降りてこないので、様子を見に上がってきたルビウス。彼も魔法大臣という役職ながら、今日の非公開となる実技試験に立ち会うらしく、正式な魔法使いの服を着用している。


「あ、ごめんなさい。レイル、準備出来た?じゃっ、行こか。」


慌てて、ルビウスの側へレイチェルを引っ張って行き、見送ってくれる兄姉弟子に手を振った。


「行ってきます。」


その日、波乱の幕開けとなることなど知らずに。


「時間がないから、瞬間移動魔法で行くよ。」


おいでと呼ばれて素直に従う二人の手を引き、ルビウスは瞬間に会場へと移動した。


「靴が脱げたっ!」


「もぅ、レイチェル!」


移動した反動でふらついていたレイチェルは、靴の片方をどこかへ吹っ飛ばしてしまったと、ルビウスに靴を呼び寄せてもらい、履くのを待っていてもらっていた。大丈夫かと零すものの、会場は似たような黒服を着た沢山の人で溢れかえ、ガヤガヤと雑音でいっぱいである。


「手続きを済ましておいで。会場まではわかるね。レイチェル、リリアンヌは初めてだから途中まで頼むよ。僕はもう行かないと…。じゃあ、2人共幸運を祈る。」


さっと姿を消したルビウスから、レイチェルに視線を戻して眉を寄せた。


「会場ここじゃないの?」


「うん、多分。えーっと、どこだ?」


「…大丈夫かなあ。ほんと心配。」


「誰が?」


あんたの事だよ!!


「まだ手続きを済ませてらっしゃらない方おられましたら、お早めにこちらにいらしてください!」


そう叫びそうになった言葉を一段と大きなスピーカーのような声が、会場に響き渡りリリアンヌの言葉を遮った。


「とにかく、手続きを済まそ。試験受けられなくなっちゃう!早く!」


「リリアは、せっかちだね。」


急かすリリアンヌだが、レイチェルはいたってマイペースに歩みを進めている。年齢も体型もバラバラな人の波を掻き分けて進むのは、一苦労だ。


「レイル、早く!」


レイチェルの手を引き、最終的に引きずるようにまわりの床より一段落上がった手続き用の場所へつくと、息はすっかり上がってしまった。


「試験受ける前にどうにかなりそうっ!」


「そんな神経質にならなくても。」


そんな掛け合いの間に、年配の受付の女性は声を張り上げて、2人を促した。


「お名前を!」


「リリアンヌ・カインドとレイチェル・カインドよ!」


「番号札をどうぞ?四二番の扉へ進んで。」


リリアンヌも辺りの騒音に負けじと叫び返して、レイチェルと二人分の木札を貰い、脇に退いた。


「四二番の扉って、どこ!」


「東の塔だと思う。」


後ろからまだ受付を済ませていない人達が、押し合いへし合いをする中、リリアンヌはレイチェルが指す方へ目を向けた。先ほどまで、受付まで行くので必死だったために、あまり辺りの様子を見れていなかったが、レイチェルが指す窓の先には古びた塔がどっしりとそびえ立っていた。


「遠いね。とにかく、行こか。」


ちらほらと先を急ぐ人達に続き、二人も会場を後にした。

駆け足で行き着いた東の塔の中には、黒い服に身を包んだ若者達が溢れていた。筒状の建物であるために、吹き抜けとなっている塔は、側面に数字がうたれた扉が無数にあり、まるで蟻の巣のようだった。


「どうやって上まで上がれってんだ?」


あちこちから戸惑いの声が上がりざわめく中、ちらほらと魔法を使って、扉に向かう者が出てきた。


「ふーん、魔法使って上に行かなくちゃ行けないんだ。レイルはどうやって上に行く?」


「連水に乗っていく。リリアは?」


「いいなぁ、私は風蘭に頼めないし。どうしようかな。」


そう言って辺りを見れば、今ではめったに使われなくなった箒を使う者もいた。


「何も持って来てないしな~。」


そう考えていると、ふと汚い布が床に落ちているのが目についた。


「汚いけど、これでも使うか。」


「リリア、もう行く?」


「うん、レイルは四十八番だっけ?」


「そう。」


「先に行っていいよ。これに魔法かけて後から行くから。」


わかったと答えた彼女は、呼び出した白竜姿の連水に乗って、扉に向かって行った。


「さて。」


その姿を見送って、手元の布に神経を集中させる。すると、布はくねくねと意志を持ったかのように、形を変形させ始めた。頭の中で、鳥の形を思い浮かべ、布は歪な羽が生えた物体へと姿を変えた。


「うぇ、なんか気持ち悪っ。」


少し修正して、かろうじて鳥と言える姿にすると、今度は大きくさせる。何度がぎこちなく羽ばたいた鳥は、羽ばたく度に大きくなっていき、瞬く間にリリアンヌの顔より大きくなった。


「あら、ごめんなさい。こんなもんかな。」


右手にのった汚らしい鳥は、羽の大きさで辺りにいる人に多大なる迷惑をかけていた。リリアンヌは一言周りの人に謝って、布で出来た鳥を頭上に羽ばたかせた。鳥に体重をかけて少し浮いたと思った時、ガクンと足元に重みがかかった。


「待って!僕も連れて行って。魔法得意じゃないんだ。このままじゃ試験受けられなくなっちゃう!」


見ると、四番弟子のエリックより幼い男の子がリリアンヌの右手足にしがみついていた。


「ちょっとやめてよ!無理だから!それに、見てわかんない?重量オーバーよっ!」


せっかく飛び始めた鳥は、あまりの重さにふらふらと危ない飛行を始めている。このままでは、せっかくかけた魔法がとけてしまう。


「ごめんっ!」


そう叫んで、あいている左足を蹴った。その左足のかかとが、うまい具合に男の子の顔面に入り、痛さに呻きながら男の子は地面に落ちていった。その時、辺りからも痛そうなうめき声が聞こえたが、既にリリアンヌは勢いついた鳥と共に浮上していた。四十二と扉いっぱいに書かれた扉の前に近くと、待ってましたとばかりにその扉は勢いよく開いた。


「よっ、と。」


ひらりと中へと滑り込み、体制を正すと部屋には五十人程であろか、若い子供からお年寄りまで、細長い机に同じような細長い椅子にまばらに座っており、みな同じような黒服に身を包んでいる。


「初級をー、受験される方ですね~。席についてくださぁい。筆記試験がぁ、終わりしだぃー番号順にーぃお呼びしますからぁ、呼ばれた方だけぇ中に入って下さぃー。」


入ってきた扉とは、反対の扉の前に立つ全身緑尽くめの青年は、クネクネと身体をくねらせて間延びした声を発していた。


「よく、あんなのが採用されたものね。」


そう毒づくと、近くにあった空いてる席へと腰掛ける。腰掛けるとすぐに用紙が配られ、筆記試験が始まった。約二時間に渡るその試験は、かなり苦戦を強いられた内容だったが、彼女は半分以上を勘で埋めてしまった。


「ま、大丈夫よね。」


回収されていく解答用紙を見ながら、小さく呟いた。


「ではぁ、1番からぁ10番までのぉ方~。」


そして、一息つく間もなく実技の方も始まった。暇を持て余していたリリアンヌは、木札をひっくり返して自分の番号を確認した。18と書かれてある。


「ではぁ、11番から20番の方~。」


ガタガタと席を立つ音と共に、前にある扉の前へ移動する。


「お一人ずつぅ~扉を開けてぇ中に入って下さぁい。入ったら扉を必ずー閉めてくださぁいねぇ?」


なんてイライラする野郎だと思っていれば、青年はリリアンヌのそばに近づいた際、小さい声で喋りかけてきた。


「入った時から、既に試験は始まってるからな。気をつけろよ。」


「え?」


振り向こうとした時、後ろの人に先を急かされて自分の番になっていた事に気がついた。しかし、どこかで聞いた声だったと思案しながら扉を開け、中に入る。部屋はガランとして、何があるわけでもない。


「試験て何をするのかしら。」


ルビウスに聞いた話によると、実技試験の内容は毎回変わるらしく、魔法師であれどその内容は外部に絶対に漏れないのだそうだ。初級を受かれば、一週間前ほどに課題となる試験の内容が届くらしいが。


「どうしろっての?」


せめて何をすればいいのかぐらい言って欲しいものだ。窓もない部屋には、可笑しなぐらいなにもない。さっき入ってきた扉は既に跡形もなく消え、灰色の壁があるだけ。


「まさか、この部屋から脱出しろとか。」


初級でそんな高度な魔法はないだろうと思った矢先、ひらりとと天井から紙切れが舞い降りてきた。そこには、『5分以内に部屋から脱出せよ。』と簡易に書かれた文字のみ。そして、目の前に巨大な砂時計が出現した。恐らく、5分に設定されている砂時計は既に半分以上落ちている。


「嘘でしょう!移動魔法は教えて貰ってないし。」


どうしろというのか。


焦る気持ちを抑えて、リリアンヌは必死に習った魔法を頭の中に思い浮かべた。


「通り抜けの魔法なら…。」


唯一、今使えそうな魔法を一つ思い出すと、早速脱出を図った。


【我、ここに姿を放棄する者なり。通り抜けの魔法を用い、全ての対象物を無効にされたし。】


ぎゅっと瞼を瞑って呪文を並べ、近くにあった壁へと手をつけた。ひんやりとした感触があるだけで、透明となっている手首はするりと、壁面になんなく食い込んだ。


「やった!」


これ幸いと壁を通り抜け、部屋から出たが…。


「ひっ!何で、床が無いの―!」


出た先は、床がない洞窟のような場所で、床があると思って足をついたリリアンヌは勿論、重力に従って真っ逆さまに墜落していった。


【停止!】


墜落していく途中で、苦し紛れに出た呪文により、落ちるのは止まることが出来たが、周りでは同じような人達が次々と落ちていっている。


「え?レイル!?あ、うわっ。」


その中に、レイチェルらしく人物を見つけた。しかし、それは一瞬で、レイチェルか確かめようと体を傾けてしまい、不安定だった停止の魔法はあっさりとほどけて、体は再び凄い速さで落下していってしまった。

ボスンと鈍い音を立てて落ちた先は、干し草が敷き詰められた洞窟のような場所で、他の落ちていた人達も同じように干し草の山に埋まっている。


「げっほ、落ちるって試験で不吉だ…。あ、レイル!」


干し草の山から腰までを出したリリアンヌはそんな事を呟き、斜め下に干し草の山に埋まったままで、呆然としているレイチェルの姿を見つけた。


「レイル!やっぱり、レイルだったんだ。」


干し草を掻き分け、彼女のそばにいけば、レイチェルはやっとリリアンヌに気づいた。


「あ。リリアも落ちたの?」


「う、うん、まぁね。レイル、抜けられない?」


「どっかに挟まった。」


「なにやってんの。引っ張ってあげるから、ほら、手をだして。」


「リリアは初めて落ちた?」


「そりゃそうだよ。初めて試験受けたんだから。」


レイチェルの右手を引っ張ってやりながら、呆れたように彼女を見やった。


「私は三回目になった。」


「あっ、そう。…良かったね。ほら、抜けたよ。」


落ちて、何故か嬉しそうなレイチェルに首をすくめた。


「あ、なんか呼んでる。」


そこへ若い女性の声が聞こえ、落ちてきた人々はみなそこへ向かっていた。


「行ってみる?」


レイチェルの手を引き、二人揃って女性の元へと向かった。


「はい、名前と部屋番号、振り分け番号をお願いします。」


そばにいけば、女性は素敵な笑顔で名前を促してきた。


「リリアンヌ・カインド。四十二番の18よ。」


「レイチェル・カインド。四十八番の21。」


それに答えると、女性は帳面に二人の名前を書き連ねていく。


「ねぇ、これで試験終わりなの?」


その几帳面な文字を見ながら、リリアンヌは若い女性にきいてみる。


「いいえ?ここから出て終了になります。ほら、あそこに洞穴がありますでしょう。あれの出口が、東の塔の玄関に続いているので。」


「そうなんだ。自力で出ろってことね。ありがとう、お姉さん。」


「お気をつけて。次の方どうぞ―?」


にっこり笑った女性に背を向け、レイチェルと共に洞穴へと向かった。洞穴の中は真っ暗で、一寸先も見えない。時折ちらちらと小さな灯りが見えるので、既に何人もの人が入っているのがわかった。肌寒い風が舞い込んでいることから、出口に続いているのは間違いないだろうが…。


「なんか、不気味だね。…レイル、一緒に行こうか?」


ぴったりと寄り添って来たレイチェルに声をかけ、お互いに手元に明かりを灯すと、そろりとそろりと踏み出した。


「無事に出れますように。」


そっと祈るように呟いた願いは聞き届けられなかったとリリアンヌは、後から誰と言うわけでもなく恨んだ。



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