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10.ある日の悪夢

あの日、邸に残したリリアンヌ達が少し心配ではあったものの、仕方がなくルーベント宰相が乗る馬車に乗り込んだ。


「遅いですよ。」


馬車の中で待っていたルーベント宰相は、口を開なりそう言って空いている目の前の席に座るよう促す。


「何故、君まで来る必要があるんだ?」


不機嫌そうに彼を見やって腰を下ろせば、陛下からの御命令だからと返してきた。


「だからと言って、毎度毎度のように君付きで迎えに来られたんじゃ、たまったもんじゃないよ。」


「では、素直に召集に応じたらどうです?」


「それとこれは別だね。」


ばっさりと却下して、ルビウスは話題を変えた。


「で?そっちはどうなんだい?」


向かいに座るルーベント宰相は小さく溜め息をついて、懐から少し大きめの手紙を取り出して手渡してきた。


「貴方に言われてた件ですけど、大層元気でしたよ。いつも言ってますが、私も暇ではないのですから。」


「勿論分かってるさ。そうか、彼が元気ならそれでいいんだ。」


手渡された手紙を慣れた手つきで封を開け、ざっと目を通して上着の内側に閉まった。


「けど、これも王家に仕えるルーベント家の仕事だろう?」


にやっと笑うと、疲れようにルーベント宰相は言葉を返してきた。


「そうやって仕事にしたのは、あなたでしょうが。」


「そうだったかな。」


彼には悪いが、仕事はまだまだ増えるだろう。


「さて、報告を受けよう。」


姿勢を正して促せば、宰相はいつもの整った顔で話を始めた。


「先日、チャーリー王子がいらっしゃる離宮に刺客が入り込んだのは言いましたよね。あなたが張った捕獲魔法ですか?あれが作動しまして、十八名を拘束しました。」


「十八人?偉く大人数じゃないか。」


「えぇ、まぁその内の殆どが自害しましたよ。残った者に口を割らしたら、面白い事が分かりました。」


「君が面白いと言うなんて珍しいね。で、何が分かった?」


「あなたの大好きな、マリエダ・コーリーウスが絡んでました。」



「…またか。」


その単語にうんざりだと言うように、ひらひらと左手を振るとふいと顔を背けた。


「何でまたチャーリーの所に行く?向こうに行ってもリリアンヌには一切関係無いだろうに。」


「まぁ、彼らは年も同じですし、何か考えがあったんでしょう。」


「あの馬鹿正直なお坊っちゃんに?」


その言葉に俄かに眉を寄せて、宰相はルビウスをたしなめた。


「言い過ぎです。仮にも次期国王候補のお方。あなたの従兄弟でも、身分は高いのですよ。」

言ってる本人も随分失礼な事を言っているが、と思ったがそれには触れずに悪い悪いと謝った。


「ちなみに、そのあなたがご執心のお嬢さん、リリアンヌでしたか。あの娘、本当にあの方の御子で?見たところ随分と神に好かれているようですが。」


「なんだ、気になるのか?」


「母が報告しろと煩いのですよ。」


その言葉で、あぁと納得した。

彼、ルノ・ルーベントとは長い付き合いだ。それこそ風蘭と良い勝負な程。分かりやすく言えば、幼なじみ。根っからの王族派のルーベント家養子の彼は、人間ではない。個々にいる神々の母、メイアから生まれた生粋の神であるが、生まれた当初から人間の姿だった。祖父曰わく、稀に神でも人間として生まれる事があるのだとか。

神の力は持つものの、人間として生まれたため、神が住む異界には居れず、祖父の計らいでルーベント家へと養子になったのだ。生まれたばかりなのに、大人と変わりなく喋る彼は異児として周りから恐れられ、毛嫌いされた。彼自身は全く気にしていなかったようだが、友達がいないこと心配した彼の両親は、年が同じルビウスと引き合わせた。そのとき、彼の様子を見に来ていた風蘭ともおまけとして知り合いになったのだった。

昔は親しく呼び合っていたものだったが、彼の父親(前宰相)が亡くなり、後を継いだお互いの距離は遠くなってしまった。正直な所、こうしてまともに話すのもいつぶりか忘れてしまう程久しぶりだ。立場上自然な事だが、少し寂しく感じてしまう。そんなことを口にすれば、彼は気持ち悪いことを言うなと不機嫌になるだろうが。


「なんですか、一人で笑って。気持ち悪い。」


知らず知らずの内に、笑っていたのだろう。不機嫌なルーベントの顔がこちらを見つめていた。


「あぁ、何の話だった?」


「リリアンヌという娘ですよ。」


「リリアンヌ?あぁ、あの子は確かにあの方の子供だよ。メイア様にそう伝えとけばいい。」


「わかりましたよ。それと念の為言っておきますけど、あの方の子でも私はあなたに手を貸しませんから。」


「君には思いやりという言葉が無いのかい?」


わかっていた言葉でも、面と向かって言われれば、やはり傷つくというものだ。


「君は君の仕事に専念すればいい。僕は勝手にさせてもらうから。」


「王家を支えるのが私の仕事です。もし、あなたが王家に刃向かうときには容赦しませんよ。」


国王の補佐と魔法使いという今の立場上、敵対となるのは自然の成り行きではあるが、計画を彼に妨害されるとなれば、厳しいものがある。


「僕も手抜きはしないさ。君が僕の側につかないのは分かっていたしね。ただ、あの馬鹿正直のチャーリーが心配だ。今は彼を守れていても、その内手薄になる。彼のことだけ、頼まれてくれるかい?」


「あなたに言われなくともお守りしますよ。」


今更何を言うとでも言いたげにルーベントは言うと、懐から今度は王家の紋章が印された白い手紙を取り出した。


「陛下からです。」


「これで今年に入って何通目だ?邸が手紙で溢れかえってしまいそうだ。しかしなぜ、こんなにしつこいのかな。」


大きな溜め息をついて、封を開ければ何回も読んだ内容の文だった。こちらを見つめるルーベントに、手紙をひらひら振って火をつけると、手品のように一瞬にして燃やして言った。


「手紙をわざわざ寄越すなと言っておけ。」


「あなたがまともに陛下の話を聞かないからです。素直に陛下の養子になればどうです?」


「そんな気持ち悪いことできないね。そうだ、殿下にはいつ会える?ずっと前に面会希望を出していたはずだけど。」


「陛下が許可されてません。」


その話はうんざりだとでも言うように話を変えてみたが、ばっさりとルーベントは言い放った。


「許可がおりない?」


そんなバカなと唸ると、もういいと苛立ち気に言い放って、きっちりと姿勢を正して座るルーベントを見やった。


「とにかく、何の用事か知らないけれど、さっさと陛下に面会して帰る。邸に残してきた弟子達も心配だしね。」


彼がそう言うなら、今日の面会時間はまた短くなると、宰相はこっそり溜め息をついた。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 


「流石ルーベントだな!いや、見事見事。」


目がまぶしいほど煌びやかな食事が机に並ぶ。


「では、僕はこれで。」


くるりと回れ右をして、部屋から去ろうとした時、ご機嫌でいた国王が低い声で制止した。


「待て、ルビウス!」


「言ったとおり、顔は出したでしょう?」


これ以上こんなところに居てたまるかと口には出さなかったが、不機嫌を隠さず振り返った。そんな事には構わず、国王は自分の向かいに座るよう命令してきた。その言葉にますます苛立つ。


「座れ。」


椅子を指し示して命令する国王に従わず、ギリッと歯を食いしばって睨んだ。


「座れと言っているんだ。聞こえなかったのか?」


そのしゃくに障る言葉に、ツカツカと国王が座る机に歩み寄って、バンッと盛大に手をついた。


机に並んだ食器が、カチャカチャとうるさい音を立てた。


「僕はあなたの飼い犬なんかじゃない!勿論、セドウィグもっ。」


「益々、アレに似てきたな。ルビウスよ。」


怒りをぶつけて臆することもなく国王はうっすらと笑うと、透明な硝子に入った琥珀色の酒を一気に飲み干した。


「人間ではない、あの弟子どもをまだ側に置いているそうだな。」


「…人間ではないとはなんですか。陛下、国の頂点に立つあなたが、そんな差別をしているなど…。世の中には、様々な人種がいます。血筋が違えど、意志を持つ彼ら彼女は、立派な人間でしょう?それこそ、気が合う相手もいれば、お互いどうしても馬が合わない者がいるように。それを認めて、皆が安心して住まえるよう努めるのが、あなたの仕事の一つではないのですか?」


その言葉に、国王は盛大に腹を抱えて笑い出した。


「ふはははっは。あいつら化け物が人間だと?面白いことを言う。シリウスからの受け売りか、それともセドウィグの入れ知恵か。まぁ、どちらでも良いがな。そうやって、生ぬるいことを言っておると、本当に守らなければいけないものを守れなくなるぞ?セドウィグのようにな。アレはなかなか良くできた駒だった。だが、自分の意志を持ってしまったからの。可愛い弟だったのに、あの魔女がセドウィグをたぶらかしたのだ。全くけしからん。ルビウス、お前にはあのようになって欲しくないのだ。悪いことは言わん。七番弟子とやらを儂に寄越すのだ。」


怒りが爆発しそうになるのをグッと抑え、静かに口を開いた。


「セドウィグは、心の底から愛せる人を見つけたのですよ。それがわからないあなたには、共に歩いてくれる女性など一生現れないでしょうね。」


兄弟子であり、ルビウスが最も尊敬する彼は、心を持たない人形という仮面を外し、兄弟を捨てて、愛する人と過ごす日々を選んだ。愛しい人を守りたい気持ちはよくわかる。周りからなんと言われようが、きっと自分は彼と同じ道を選ぶだろう。

彼と自分は可笑しなぐらい似ている。


ふっと自嘲気味に笑ってから、出口に向かった。


「ルビウスっ!」


自分の名を呼ぶ声で、扉近くから年老いた国王を振り返った。


「例え自分の力でその座を掴み取っても、周りの者が従うのはその血がたまたまあなたに流れていたから。セドウィグ殿下のご意向だったから。ただそれだけですよ。」


そう言い残して、部屋を後にした。


「…あんなやつが国王でよくやって来れたものだ。」


むしゃくしゃする気持ちを小声で呟き、カツカツと乱暴に階段を降りていると、頭上から自分の名を呼ぶ声が降ってきた。見上げれば、ルーベントが険しい顔でルビウスを呼んでいる。


「まだ何か?」


「国王陛下がお呼びです。」


「あんな奴と話すことなど、もう無いさ。」


「国王陛下はあるのでしょう。部屋にお戻り下さい。」


宰相のきつく咎める声を無視して、また階段を降り始める。


「カインド魔法大臣!」


早足で降りてくる宰相に追い付かれないよう、速度を上げる。


「ったく、しつこい。」


「退室を国王は許してらっしゃいません。」


「僕だって忙しいんだっ!」


踊場で話し込んでいた文官達が、宰相と珍しく大声で言い合うっているところを奇妙な目で見てくる。その視線を気にしながら、ひとつ上の階にいる宰相に声を張り上げた。


「君はあの頑固者の元に戻って、僕はさっさと帰ったと言うんだ。」


「そんな無責任ことは出来ません。」


背後で聞こえた声にはっと振り向くと、不機嫌な宰相が一糸乱れぬ姿で佇んでいた。


「手間を掛けさせないで下さい。この城の中では魔法が使えない。そんなあなたは私に取って、ただの青臭い青年なんですよ。さぁ、戻りますよ。」


そんなことはわかっているが、そう言われて素直に首を縦になど振らない。


「仕事がある。僕はもう帰るよ。」


やれやれと呆れる宰相から逃げるように、真っ白な階段を駆け下りる。玄関脇にある移動用城内魔法陣の所にいけば、さすがの彼も追ってはこない。

会議を控えた道を塞ぐ文官達の群を掻き分け、真っ直ぐに突き進む。


「だから、師匠に用があるんだって、何度言ったらわかって下さるんですか。」その途中の雑音の中に、衛兵と口論する小さな男の子の声が耳に届き、その知っている声に自然と足が止まった。


「カインド魔法大臣、陛下の御命令ですので、失礼いたします。」


その隙を見逃さず、周りを国王の腹心であろう衛兵が囲んだ。


「僕を殿下みたいに幽閉するのかな?」


ちらりとまわりの衛兵達を見やって、にっこり微笑みながら突き進む。


「お戻り下さい、ルビウス殿。」


じりじりと周りを囲う衛兵の内、一人の衛兵が勇気を振り絞って輪の中に進み出た。


「邪魔だよ。」


そんな衛兵に、顔目掛けて煙幕を放つ。


「うわぁあ、目がっ。見えない…。」


赤紫の煙幕が衛兵を包み、冷静を失った衛兵は仲間の群列に突っ込んでいった。


「おい、どうした?」


「なんだっこれ。こっちに来るぞっっ。」


「落ち着けって。おい、列を乱すな!持ち場に戻れ。こらっ、どこに行く!」


隊長らしき人物が慌てて周りに指示するが、衛兵にの顔をじわじわと覆う煙幕で、辺りは混乱状態となり収集がつかなくなっていた。

その騒ぎの隙を見て、衛兵の群をすり抜け、少年の背後へと近付く。


「僕の弟子が何か。」


「こっこれは、カインド魔法大臣!」


「この子は僕の四番弟子だ。疑うなら幹部に言って、名簿を調べてもらえばいい。」


「しっ失礼いたしましたっ。」

予期していなかった人物の登場で、慌てて敬礼をした衛兵に手でその場を去るように合図すると、弟子を見やった。


「どうした。エリック。わざわざ城まで来るなんて。」


「あ、先生!それがっ、すいません。リリアを見失いました…。」


「なに?」


真っ青になって弁解するエリックを見て、とっさに眉間に皺を寄せたが、宰相がこちらにやって来ようとして居るのを背後に見つけると、ちっと小さく舌打ちをしてエリックの耳元に囁いた。


「弁解は邸に戻りながら聞く。移動用魔法陣までとりあえず走れっ。」


「はっはい。」


いきなり走り出した師の背中を追い、エリックも駆け出す。


「レオ・カインドっ!」


背後から自分を呼ぶ宰相の声が聞こえたが、既に地面に書かれた魔法陣の上に到着していたため、彼に向かって叫び返した。


「急ぎの用事が出来た。小言ならまた今度聞くさ!」


宰相の姿がはっきりと見える前に魔法陣を発動させると、カインド本邸の屋敷内へと向かった。


「先生!」


玄関へと戻って早々駆け寄って来たのは、ジュリアンとレイチェル。二人とも真っ青な顔をしている。


「待ちなさい、二人とも。まずはエリックの話を聞く。」


神妙な顔つきで早足に廊下を行くと、小走りでエリックは必死でついて行く。その後には、同じく小走りのジュリアンとレイチェルの姿が続いてくる。


「すいません、リアンに気を取られてリリアが屋敷を出たことに気がつきませんでした。」


「僕のせいなわけ?」不満げに声を上げたジュリアンを無視して、エリックはさらに報告してくる。


「キャサリンさんが、屋敷を出たリリアを見たと。」


カツンと歩みを止めて、言葉少なげにエリックに聞く。


「で?」


「…リカ・ベクトルの馬車に乗ったのを近所に住む、エリーゼさんが見たという報告がありました。」


静かに告げたエリックの言葉に、ギリリと奥歯を噛み締めて唸るように弟子らに告げた。


「揃いも揃って、お前達は何をしていたんだ。」


「申し訳ありません!」


「謝罪はいい。ジュリアン、オリヴィアとジョナサンは何をしている?」


「ヴィア姉さんは、少し足を延ばして王都周辺を探しています。ジョーン兄さんは空から捜索中です。」


「直ぐに邸に戻るよう、伝えろ。」


「はい。」


「レイチェル、アンジュリーナ・セシルはどうだ?」


「動きがあった。ウルーエッドに向かうみたい。」


「そうか。エリックはジュリアンと共にウルーエッドへ。レイチェルはオリヴィアとここに居なさい。」


「私も行く。」


さっさと弟子達に指示をして踵を返そうとした所に、レイチェルは毅然と立ち向かった。「レイルっ。」控えめにエリックが促すものの、首を横に振って拒否している。


「駄目だ。レイチェル、君は連れていけない。」


ボロボロと泣くレイチェルを放って、踵を返す。

苛立ちを隠すように向かったのは、先程リリアヌを置いていった応接室。後悔と焦りが募る中、1つ大きく深呼吸をすると四番弟子と五番弟子に向き直った。


「セシル家が動いたなら、これから行く場所は命の危険が伴う。本当は君達を連れて行きたくないのだけれど…。仕方がない。君達の仕事はリリアヌを見つけ出すこと。だけど、身の危険を感じたら、直ぐに戻りなさい。いいね?」


念を押すと二人は神妙な顔付きで頷き、さっと黒いフードを被った。それを見届け、魔法陣を足元に表すと、複雑な呪文を唱えて発動させた。


【ウルーエッドへ】


その言葉を唱えた瞬間、3人は嵐が吹き荒れる荒野に立ち尽くしていた。怒り狂う真っ暗な空からは大粒の雨が降り注ぎ、視界を更に悪くさせている。

そこから吹く風は、向かう先を拒むかのように狂風が吹き荒れる。その狂風に刃向かいながら、重い足を一歩ずつ進めてゆく。辺りにはところ狭しと並べてあったであろう組み立て式の小屋が、どれも跡形もなく潰されており、沢山の死体が転がる。

まるで悪い夢を見ているようだった―――。


死体の山から目をそらして、嵐を鎮めようと呪文を口にするが、吹き荒れる風の音でかき消されてしまう。


「くそっ!リリアンヌ…。」


自分らしくないとわかっていながら、腕で豪雨から顔を守り、効率悪く漆黒の瞳は愛しい人を自然と探す。しかし、目に飛び込んでくるのは、混乱状態にある泥沼の地。嵐を好む悪魔達が集まって来ているようで、あちこちから風が悲鳴を運んでくる。目の隅では防衛省の者達が必死に防御の呪文を唱えているが、全く役に立っていない。その姿に、これが鉄壁と言われた防衛省の者達かと呆れて唇を噛んだ。


「ルビウス。何をボケッととしている。」


耳に届いた声に、ハッと側を見れば黒いマントをはためかせたリドが立っていた。


「叔父上。」


「ここの指揮官は既に使えない。今から私が指揮をする。お前は悪魔封印に専念しろ。」


「しかし!」


こんな事態でさえ、相変わらずの機械的な声に思わず反論したが、鋭い鳶色の瞳に睨まれ、口を噤んだ。


「ぐずぐずするな。犠牲者が増えるぞ。お前も判っているだろう。」


「…わかりました。直ぐに終わらせます。」


「10分だ。それ以上は無理だろう。」


そう言ったリドは、地面から浮き出た蔓で魔法陣を描き消えた。


【雷雨の神レイガル、北風の神オールナス。我が名において、その命に従え。】


リドが消えた時から瞬時に二人の神を召喚すると、黒豹の姿をした猫又の神には豪雨を、顔中もじゃもじゃの大男には狂風をおさめるように命じて、悪魔が高らかに笑う場所へと飛び込んだ。


向かってくる悪魔に聖火を放った時、遠くからジュリアンの切羽詰まった声が聞こえてきた。封印の術を使いその場を抑えると、声の元へ向かう。


「先生っ!フレッド兄さんがっ。」


ジュリアンは弱々しく血だらけのフレドリッヒを支えて、潰れた小屋の前で狼狽えていた。


【浄化。】


そのフレドリッヒを見た途端、ジュリアンに当たらぬよう鋭い衝撃波を放った。


「何をするんですかっ!」


「あれはフレドリッヒじゃないっ!惑わされるな!上級悪魔特有のまやかしだ。本物のフレドリッヒはこっちだ。」


怒り狂うジュリアンに構わず、浮遊の魔法で小屋の残骸を退かすと、血だらけのフレドリッヒが横たわっていた。


「フレドリッヒ、大丈夫か?」


起き上がる気力もないフレドリッヒを抱き起こしてやると、弱々しくフレドリッヒは言った。


「だ、大丈夫です。すいません…。リリアを守り、きれませんでした。ドリースの、闇、にっ」


「喋るんじゃない、傷が開く。ドリースの毒牙にやられたか…。エリックに言って、フレドリッヒを医局に連れて帰えるよう。」


ジュリアンに任せて足早にその場を去ると、残骸が退かされた広い場所で立ち止まった。

空を見上げれば、風は止んで雨雲がゆっくりと去ってゆく所である。「流石、北風オールナスだな。仕事が早い。」


ぼそりと呟いて、まだ止まない雨を止めさせるため、雷雨の神に指令を飛ばす。


【レイガル、まともに仕事も出来ないのか。すぐさまこの雨を止めろ。出なければ一緒に封印してしまうぞ!】


《わかった、わかったよ。それが終わったら帰るよ!これ以上こんなとこにいたくないしっ。》


指令と共に送られた怒りにぶるりと身震いしたレイガルは、慌てて答えるとあたふたと雨を弱くしていった。二人の神が去ったのを見計らい、神経を集中させて長々とした呪文を口にしていく。唇から流れ出た呪文は連なって、足元で渦を作る。次第に大きな竜巻になったその呪文を確認すると、そっと後ろに下がって間を取った。


【発動】


金色の魔法陣が現れた時、遠くにいた悪魔までもその竜巻は吸い取っていった。上級魔法に入るこの封印魔法はプラッツの封印術といい、プラッツと言う魔法使いが発明した魔法である。一度に沢山の悪魔を封印出来ることから、魔術師には好まれて使われることが多い。しかし、長々とした呪文を使うため、命の危険が最も高い。

かつて、ルビウスの母親が頻繁に使っていたこともある魔法だが、複雑な術式を用いた魔法なこともあって、今では魔術師以外は余り使わなくなってしまった。


「流石は、姉上の血を引くだけある。」


そんな封印魔法を使った所に、リドが再び現れ、声をかけてきた。


「買い被り過ぎですよ、叔父上。これで、この辺にいる悪魔は封印されるでしょう。もう行っても?リリアンヌを探さないと。」


きちんと発動しているか確かめ、さらりとリドの言葉を受け止めると、さっさとその場を去ろうとした。


「お前はあの娘を探しに来たのだったな。ドリースの闇に呑まれたようだぞ。」


珍しく親切に向かう先を指し示したリドに、血相を変えて走り出した。


「カインド魔法大臣!」


その後ろから追いかけてきたのは、茶褐色の髪をしたモーリス防衛大臣。年配の彼はゼイゼイ言いながら追ってきた。


「何か用ですか?弟子が巻き込まれたのです。話は後にしてください。」


「それは大変…。」


「失礼します。」


瞬間移動魔法を発動させようとした時に、足止めを食らった事で適当に防衛大臣の言葉をあしらった。目の前には、不気味に群がる大量のコウモリ。


【クリフィンの魔神よ、そのすばらしきそなたの力を我が身に委ねたまえ。】


移動魔法でドリースの闇の側に移動し、並列して最高魔神の一人、クリフィンの魔神を召喚した。レベル4と呼ばれるランクに入るドリースは、その獰猛さは有名である。封印するにはドリースよりも勝る悪魔を使う必要がある。

ルビウスが召喚したのは、闇を伴って現れた山猫の姿をした魔神。

それが、クリフィンの魔神と呼ばれている、ラグドネアスである。魔神の中でも気品高くて有名で、ラグドネアス=シフ・クリフィンという魔術師が神となった姿である。絶対に本来の姿を見せはしないため、少々厄介な人物だと言う噂だが。


【クリフィンの魔神よ…】


《我に命令するな、小僧。》


【恐れながら、命令するのが私の仕事です。】


《ふん、小生意気な。お主はそこで大人しくしておれ。》


【言われなくとも。】


あまり刺激しないようにクリフィンの魔神から距離をとると、いつでも封じ込めれるよう、封印の魔法を準備する。

刹那、蜷局を巻くコウモリの群れを作るドリースに、クリフィンの魔神が襲いかかった。その隙に、隙間が出来たドリースの背後からリリアンヌを助け出すために身を滑り込ませる。


あの時、血の気のないリリアンヌを見つけたときほど、何も考えられなくなったときは無いだろう。


ぐったりするリリアンヌを抱え、ドリースの闇から抜け出すとちょうどクリフィンの魔神が一際大きなコウモリの首元に食らいつき、ドリースを押さえ込んでいる所だった。耳障りな女の声が辺りに響き渡り、クリフィンの魔神の闇とドリースの闇が広がっていく。

その状況に、少しばかり顔をしかめたものの、すかさず封印の魔法を唱えて封じ込んだ。


《小僧の割に手際は良いな。》


高らかに笑った魔神はそういい残して、用は済んだとばかりに派手な雷の音を立てて姿を消したのだった。


その後、リリアンヌが気がついた事に安堵して邸に戻ると、キャサリンとレイチェルにリリアンヌの世話を頼んだ。


後片付け等でリリアンヌに会いに行けなかったが、やっとゆっくり彼女に会いに自分の寝室にやってこれた。

熱が出てうなされていたと聞いたが、今はすっかり熱も下がって穏やかな寝顔を見せている。その姿に幾らか安心して寝台の縁に腰を下ろすと、リリアンヌの顔にかかった髪を優しく払ってやった。少しくすぐったかったのか、彼女はもぞもぞと寝返りを打ったが、まだ穏やかな夢から出てくる気配はない。その寝顔を見ながら一人呟く。


「…向こうも本格的に仕掛けて来たか。」


こんな事なら、もう少し策を練っておくんだった。


自分の甘さに苦笑して、明後日の方向を眺めた。


「…どう話すかな。」


いつまでも蚊帳の外、と言うわけにもいかない。彼女はいつかは、自分の置かれている状況を知らねばならない。それが少し早まっただけ。そう思えば幾らか、気が楽になったような気がした。



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