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第六話 彼女の心境

「リリアンヌ?」


その懐かしい声に、はっと視線を上げた。そんなリリアンヌを心配そうに見つめる、ルビウスの顔が直ぐ目の前にあった。彼の冷えた頬にそっと添えてある右手は、血の気が無い自らの手。その事に気づくな否や、カッと頬が火照ってとっさに叫んだ。


「なななな、な、んで?いっつっ」


何でここにいるのかと聞こうと身を起こそうとするが、舌が上手く回らず、さらには首に鋭い痛みを感じて、起きあがることは不可能に思えた。


「まだ動かない方がいい」


目を覚ましたリリアンヌにほっと息をついて、ルビウスは彼女を軽々と抱き上げた。その時になって初めてルビウスの腕の中に居たことに気づいたリリアンヌは、顔を赤くさせて身じろいだ。


「お、降ろしてください」


そんなリリアンヌの願いは無言で却下され、彼はスタスタと歩いて行く。降ろしてもらったとしても一人で歩ける保証はないが、赤ん坊のように横向きで抱きかかえられているのは、かなり恥ずかしいものである。そんなことを思っていたら、ポタリとリリアンヌの頬に冷たい雫が降ってきた。一体どこから降ってきたのかと見上げれば、先程雨が降ったのか、真っ黒な少し毛先に癖がある彼の髪から水滴が数滴滴っていた。辺りを見渡してみると随分と降ったのだろう、地面には所々大きな水溜まりの池が出来上がってぬかるんでいる。空は今では幾分明るくなっていて、霧雨のような雨が降るだけであるが。長らく雨に当たった彼の外套はひんやりと冷えていて、リリアンヌを抱えている手も氷のような冷たさだった。

一体何があったのか。そう口を開いて聞こうとしたとき、リリアンヌの声を遮って年配の男性が近くに駆け寄ってきた。


「カインド魔法大臣!お弟子殿もご無事でっ?」


黒みがかった茶色の髪から水滴を滴らせてやって来た彼もまた、雨に激しく打たれたようで、黒い外套を始めた衣服はずっしりと水分を含んでいた。


「あぁ、モーリス防衛大臣。御陰様で無事ですよ。リリアンヌは、先程のドーリスの闇に巻き込まれたようですが」


「それは大変!直ぐに医局にご案内致しましょう」


「いえ、邸に戻って休ませます。お気遣い頂き、ありがとうございます」


向こうの申し出をやんわりと断り、ルビウスは防衛大臣の右後方に向かって声を張り上げた。


「ジュリアン!」


その声に呼ばれてさっと走って来たのは、五番弟子であるジュリアン。彼もまた、ルビウスや防衛大臣に負けず劣らずの濡れ鼠だった。


「これからリリアンヌを連れて一旦邸に戻る。後から来るオリヴィアと共に後片付けをしていなさい」


「はい」


その指示を仰いでくるりと背を向けたジュリアンに、ルビウスは思い出したように更に声を掛けた。


「あぁ、ジュリアン。後片付けをし始める前に、その濡れた体をちゃんと乾かして起きなさい。そのままだと風邪を引いてしまう」


弟子を思いやるその言葉に、振り返ったジュリアンは驚いた顔でルビウスを凝視した。


「返事は?」


「あっ、はい!ありがとうございます」


なかなか返事を返さないジュリアンに、少し不機嫌そうな声で返事を促して防衛大臣に向き直った。


「では、モーリス殿。一旦失礼させていただきます」


そう言うや否や、相手の返事さえ待たずに転移魔法を発動させてその場から去ってしまった。一瞬鮮やかな白い光がリリアンヌ達を包んだかと思えば、次の瞬間にはだだっ広い寝室に移動していた。ぱっと部屋を見る限り、リリアンヌの部屋でない事は確かである。彼女の部屋は終始勉強用具が散乱しているためにこんなに綺麗ではないし、広くもない。この部屋の広さは、リリアンヌの部屋より一回りも広く、寝台は大人が5人横になって寝れるぐらい大きい。窓掛けが閉まっているため部屋は薄暗く、今は朝なのか夜なのか分からないのが少し残念である。そんな事を部屋を見て考えていたリリアンヌは、そっと寝台に下ろされて我に返った。


「ルビウスさん。ここ、どこですか?私の部屋じゃないですよね。…あ、服がいつの間にか乾いてる」


ルビウスと二人きりになるのは初めてではないが、底知れぬ闇夜の瞳に見つめられてるとどうも落ち着かず、聞きたい質問とは違う言葉が口からこぼれ落ちるのだった。寝台の縁に腰掛けたリリアンヌを無言で見つめていたルビウスは、ふっと笑って自分も寝台へと腰掛けた。


「ここは本邸の西館にある僕の寝室だよ。君の部屋だと、こちらの都合が少し悪かったのでね。服は転移魔法と同時に乾かしたよ」


「へぇ。じゃあ、二つ同時に魔法使えるなら、五つとか同時に…」


「リリアンヌ。それが今、君が一番聞きたい事かい?」


ペラペラと止めどなく喋るリリアンヌの言葉を遮って、ルビウスは真っ直ぐに尋ねた。


「…違うわ」


はぁと溜め息をついて、リリアンヌはルビウスを見つめて改めて聞いた。


「私、気を失ってたけど、あの場所で何があったんですか?」


「知りたい?」


「はい」


すると、ルビウスはリリアンヌの外套を取り去り、露わになった首に左手をそっと添えた。


「えっと、あの…」


いきなりの行動にどうしたものかと身じろぎして、視線を宙に彷徨わせた。


「キツく絞められたね。痛む?」


「いいえ」


よっぽど跡がついているのかと思うほど首を見つめていたルビウスは、溜め息をついて手を離した。その事に内心ホッとして、リリアンヌは話を促す。


「で、一体何が?あの闇は何だったんですか?…あっ、アンジュリーナは?」


次々と口をついてでる質問の中、アンジュリーナの名がでるやいなや、途端にルビウスは眉をひそめて不機嫌になった。


「君は、自分をあんな目に合わせた娘を気遣うのか?」


いや、だってと口ごもるリリアンヌを静かに眺めてから、ルビウスはなんて事はないかのように言葉を繋いだ。


「まぁ、いいさ。彼女には今後、会うことはないだろうから」


「どう言うことですか?アンジュリーナは…」


「もう忘れなさい。どうやら、君を彼女に近づけたのは間違いだったみたいだ」


リリアンヌが更に問い詰めようと口を開いた時、コンコンと目の前にある扉が叩かれ、会話が打ち切られた。


「はい」


「ルビウス様。モーリス防衛大臣から、早急にお戻り下さいとの伝言です」


ルビウスの返事に返って来たのは、若い女性の声。その言葉に溜め息をついて立ち上がって扉へと歩き、扉を開いて廊下へと出た。開いた扉の向こうにいたのは、心配そうな顔をしたレイチェルと複雑そうな顔をしているキャサリン。ルビウスは、キャサリンの隣に立って何やら耳打ちすると、その脇をすり抜けて行こうとした。


「あっ、待って!まだ話が」


「君が大人しく治療に専念するなら、私も逃げずにちゃんと話すよ。約束する。この意味、わかるね?」


とっさに引き止めたリリアンヌに、彼は背後を振り向きながらそれだけを告げた。


「大人しく、ここにいなさい」


そう言い残して去っていった。彼を追おうと立ち上がったが、脚に力が入らずその場に崩れ落ちてしまう。泣き顔で駆け寄ってきたレイチェルに、手を貸して貰って再び寝台の端に腰掛ける。


「リリア、痛い?」


「大丈夫、大丈夫。ありがとう」


すぐそばでリリアンヌの体調を気遣うレイチェルに、大丈夫だと伝えて、いまだ入り口に突っ立ったままのキャサリンに尋ねた。


「あの、アンジュリーナは無事ですか?」


「ごめんなさい、何も言うなって言われてるから。ルビウス様、怒ると怖いの」


申し訳なさそうにキャサリンは言って、薬と水を持ってくると部屋から辞した。


「ねぇ、レイル。何があったの?お願い、教えて」


扉が閉まると同時に、側にいるレイチェルに食い付いた。レイチェルは、困った顔さえ見せずに質問に答えてくれた。


「先生から何も聞いてない。ついて行った訳じゃない、詳しい事は知らない」


「じゃあ、レイルが知ってる事でいいから」


少し口を噤んだレイチェルだったが、言葉を選びながら話し出した。


「リリアがフレッド兄さんの所に一人、行った。連絡、きた」


「それで?」


「先生が、リアン兄さんとリック、連れて国境まで向かった。戻ってきたリック、国境でリリア巻き込まれた言う」


それぐらいしか知らないと話を区切ると、考え込んでいるリリアンヌを見やった。


「リリア?」


「レイルは実際について行った訳じゃないから、あんまり知らないって言ったけど、アンジュリーナがどうなったかは知ってるよね?」


咎めるような言い方になってしまったが、彼女は気にしてはいなかった。そして、淡々と告げた。


「多分、生きてない。良くて封印されてるか。ドリースに取り憑かれたアンジュリーナ・セシル、リリアを殺そうとした」


当然とばかりに告げるレイチェルの言葉に、リリアンヌが何も言えないでいると思い出したとばかりに言葉を付け足した。


「ジョーン兄さん、セシル家は消されたって言ってた」


「消された…?」


消されたと言うのは…。


「殺されたってこと?」


「うん」


「ドリースって?」


混乱する頭を必死に回転させて、レイチェルに問い掛ける。


「人に乗り移って、悪夢に引きずり込むレベル4の悪魔。光る刃物が好きで、それを使って人を殺す」


「殺されたって、なんで」


「悪魔に取り憑かれた人間は、正気を無くす。それを野放しにしていたら、今回みたいに被害がでる。始末するのは当たり前の事。セシル家は、禁じられてる悪魔召喚に手を出した」


彼が、ルビウスが殺したのだろうか。


そんなことが頭をよぎる。

リリアンヌ自身も、ルビウスに言われアンジュリーナを友としてではなく、都合の良い道具としてしか見ていたということは否定しない。アンジュリーナがフレドリッヒに好意を寄せていたのは知らなかったし、何よりとんだ言いがかりだった。けれど、親しくしてくれたのは事実で(思惑があったのは別として)事実を知らされた後でも、彼女を失った喪失感が何故かあった。多分、彼女が悪魔に取り憑かれていなかったなら、普通の友人になれたのではないか。

ぐるぐると同じようなことを考えていれば、キャサリンが戻って来ていた事にも気づかず、リリアンヌは酷く頭を悩ませた。

あのドリースという悪魔に見せられた悪夢も、頭を離れなかった。

リリアンヌはその後、高熱にうなされて、十日間もの間寝台と仲良くなることとなった。

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