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第三話 魔法省の理事

脇役だと思っていたら、意外に重要人物だったんですね。

力無く総監に連れられていく刑事二人を見送った後、リリアンヌ達は今し方、警察から収集した情報に目を通していた。


「被害者は、十六歳から二十歳までの男。髪は金髪の直毛で水色の瞳。職業、住所はばらばら。被害者の数は計九名」


ルビウスが資料を読み上げると、エリックが手帳に書き取る。リリアンヌは、手元にあった分厚い紙束の資料から顔を上げてその一連の動きを眺めた。


「しかし、何でまた夜中や夜明けに一人でうろうろしてたんでしょうか。沢山の被害者が出れば、街で噂が広がって一人で出歩く者も減ってくるはずでは?」


不意に呟いたジュリアンの質問に、低い机にバサリと資料を投げたルビウスは、少し苦笑しながら答えてくれた。


「一つは、警察が必要な情報を民間に公開していないこと。そのため噂としてしか街に広がらず、危機感が薄くなってしまう。もう一つは、このぐらいの歳になれば、夜遊びの一つや二つしたくなる頃だろうからね。酒場に行く途中だった者や、朝帰りの者、仕事帰りの者もいたらしいから。君達には、まだこの話は早いね」


首を傾げるエリックとジュリアンを見て、リリアンヌは惚けた顔で見ていたが、ルビウスが言わんとしている事は大体わかっていた。リリアンヌがいた貧乏施設は、寂れた町外れにあった。そういう輩が、うろうろしていたのは日常茶飯事だったからだ。


「失礼致します」


そんな微妙な空気の中、躊躇せず軽く扉を叩いて入ってきたのは、長年邸に仕えるジョルジオだった。


「ルビウス様。城から使いが来ておりますが、いかがなされますか?」


その言葉を聞いて、さも嫌そうに顔をしかめたルビウスは、一言追い返せとだけ言った。


「国王陛下の命だと」


「それが?」


なんだと言うようにジョルジオを睨み付けたが、彼はなんて事は無いかのように話を続ける。長年ルビウスを相手にしていたのだろう、さすがである。


「ルーベント宰相も来られています。もし、召集に応じない場合は…」


「わかったよ…。仕方ないな、少し出掛けてくる。今日中には帰れないだろうから、エリック、ジュリアン、リリアンヌ、今夜は悪魔が活発になる。気を引き締めて巡回にあたるように」


大きな溜め息をついて最初の言葉はジョルジオに、後の言葉は弟子達に掛けて立ち上がったルビウスは、戸口に向かう途中に振り返ってそれからと付け足した。


「もし、また悪魔に遭遇した場合は、この悪魔封じの陣を使いなさい」


エリックに投げて寄越したのは、寂れた鎖の欠片。


「使い方は分かるな?」


それを両手で受け止めて、はいと頷くエリックを見届け、彼は部屋から出て行く間際こう言い残した。


「また遭遇したら、封じ込めることを優先しなさい。もしも術が上手く発動しなくて、身の危険が迫ったら、その時は自分の身の安全を最優先すると言うことを覚えておきなさい」


静かに閉まった扉に頭を下げたエリックは、両手の中にある欠片を恭しく黒い洋服に付く物入れへと仕舞おうとしていたが、それを横に座っていたジュリアンがかっさらった。


「っ!おい、なに勝手に…」


「ちょっと見るだけだって」


「返せよっ」


「ケチケチすんなよ、減るもんでもあるまいし」


取り合う彼らを見ていたリリアンヌは、溜め息をついてまた書類に目を通した。リリアンヌが見ているのは、惨殺された死体を撮った写真達。黒ずんだ血が絡みついた金髪の髪を見て、リリアンヌははたと思った。

たまたま路地で会った彼も、金髪に水色の瞳ではなかったか。それに、馬車に乗る前に聞こえた声は、確かに彼の名を呼んでいた。まだ言い合いをしている目の前の二人を放って、リリアンヌは部屋を飛び出した。

フレドリッヒは出来た兄弟子だ。しかし、その時、リリアンヌは何故か嫌な予感がしたのだ。丁度、邸の玄関を飛び出した時、左斜め後ろから誰かに呼び止められた。振り向けば、どこかで見たことがある美しい女性が、食料を買い込んだ紙袋を抱えて不思議そうに立っていた。


「そんなに慌てて、どこに行くつもり?ルビウス様なら、ルーベント宰相に連れられて、城に行かれたわよ」


ルビウスを探しているのでは無いと彼女に答えているとリリアンヌは、あぁと彼女の名前を思い出した。初めてこの邸に来た日、ジョナサンとジュリアンを叱った金髪にみずみずしい緑色の瞳をしたキャサリンと言う女性だった。


「もう暗くなるから、出掛けるなら早く帰って来た方が良いわよ」


彼女の忠告を有り難く頂き、少し出掛けてくると告げて、リリアンヌは夕暮れの日差しが降り注ぐ、邸の表の道へと出た。


「あ、しまった。どうしょう…」


邸から少し西へと歩いた所で、リリアンヌはフレドリッヒがどこにいるのか知らない事に気づいた。彼は国境に向かうと言っていたが、それが何処なのかリリアンヌは分からない。邸に戻って兄姉弟子達に協力してもらうか、風蘭に助けを求めるか思案にくれていた彼女の脇に、上質な黒塗りの一台の馬車が音も立てずに止まった。


「おや、カインド魔法大臣の七番目のお弟子さん?」


馬車の中から声を掛けて来たのは、城で会った確かリカ・ベクトルと名乗った男だった。


「あ、こんばんわ」


どう挨拶をしたらいいのか迷ったが、とりあえず当たり障りのない挨拶を口にした。


「こんばんわ。お一人ですか?珍しい。いったいどちらまで?」


人の良さそうな微笑みは、城で会った時と少しもかわっていない。どちらまでと聞かれたリリアンヌは、少し困り気味の顔でフレッド兄さんに会いに行くのだと伝えた。


「ほほぉ、フレドリッヒ殿に?これは偶然ですね。私もフレドリッヒ殿にお会いする用があって、国境に向かう所だったのです。宜しければ、ご一緒にどうです?」


思ってもみなかった幸運に感謝しながら、リリアンヌは彼の言葉に甘えて馬車に乗せて貰う事にした。リリアンヌが馬車に乗り込むと、上質な馬車はゆっくりと走り出した。


「しかし、びっくりしました。何気なく外を見ていたら、その銀色の髪を見つけたのですから」


嬉しそうに語るベクトルは、戸惑うリリアンヌに気づかない。馬車に揺れる間、何が嬉しいのか彼はずっと喋ったまま。


「えーっと、ベクトル様?申し訳ないんですけど、どこに向かってるのかお聞きしても?」


その言葉を聞いて、彼は大層驚いた顔でリリアンヌを見た。それもそのはず、行き先を知らずに馬車に乗っているとは思いも知らなかったのだから。


「失礼、まさかフレドリッヒ殿の居場所を知らずに、会いに行こうとなさっていたなんてびっくりしたもので」


驚いた表情を慌てて通常の人の良さそうな顔に戻すと、丁寧に今向かっている場所を説明してくれた。


「今向かっている場所は、東と西の国境境こっきょうざかい、ウルーエッドです」


どこかで聞いた地名だと思ったら、別荘でルビウスが話してくれた話に出てきた名だった。


「今、国境の守りがあちこち崩れて来ているらしく、防衛省は大変のようです」


だから暫くフレドリッヒの姿を見かけ無かったのかと一人納得したリリアンヌは、馬車に取り付けた小さな窓に流れる景色を眺めた。馬車はガラガラと独特な大きい音を立てながら、都心を離れていく。


「上から忙しいフレドリッヒ殿に、この書類の意見を聞いて来いと言われまして。…ところで魔女殿は、フレドリッヒ殿にどういったご用事で?」


やあと濃い紫色の柔らかなやや長い髪を撫でながら、彼は何気なくといったふうにリリアンヌに聞いてきた。


「えーっと、私もベクトル様と同じようなものです。“先生”の使いで」


内心慌てたリリアンヌに気づきはしなかったようで、ベクトルは「お弟子さんも大変なのですね」と心底同情するといったように心を込めて呟いた。

これ以上話を振られれば、その内ボロが出てしまうと悟ったリリアンヌは、早々に話題を変えてベクトルに振った。


「そう言えば、最初の自己紹介の時、幹部理事って仰ってたような…」


「えぇ、私の仕事はそれです。…もしや、幹部理事というのをご存知ない?」


「幹部というのも何の事だか…」


申し訳無さそうに言うリリアンヌに、ベクトルは何てことはないかのように説明してくれた。


「そうでしたか。いえいえ、お気になさらず。幹部というものを私で良ければご説明いたしましょうか。…リヴェンデル、レイヘルトン、サンリーチには魔法師、魔術師がおります。まぁ、殆どが魔術師でして魔術師は片手で足りる程しかいないんですけどね。その魔法師、魔術師の誰もが必ず属さなければいけないのが、魔法省です。魔法省の一番偉いのが魔女殿の師匠、ルビウス・カインド魔法大臣。その下に幹部と言うのがあるんです。幹部は、魔法大臣に提出する案件を議論したり、後は…そうですね。魔法試験を担う事もあります。ですから、幹部の中でも役割分担がありまして、魔法試験担当官、三人の元老、現地視察官など様々な仕事があります。私は、その中の理事(事務)を担当させて頂いています」


なる程と納得するリリアンヌに、何か分からない所はありますかとベクトルは聞いてきた。


「元老って言うのは?」


その言葉に甘え、リリアンヌは一つ質問した。その質問をうーんと考え込むように唸ってから、ベクトルが口を開いた。


「元老ですか。そうですね~、何と説明したらいいのか。幹部の中で、一番発言力がある方達です。あわよくば、魔法大臣の決定を覆せるような。案件の最終段階では、三人の元老の許可が無ければ魔法大臣まで通りませんし。魔法大臣が手を貸して欲しいと言った時には、下っ端の大臣がするような仕事もしてらっしゃいます。元老の一人、シリウス・カインド様は前魔法大臣であられましたし、ロアウル・シェルダン様は元老の中で一番長くその位におられます」


自分が知らなかった知識を教えてくれる彼に、素直にへぇーと関心したリリアンヌ。その様子をニコニコと笑顔で見つめていたベクトルは、馬車がガクンと止まったことに気づいて視線を外に向けた。


「着いたようですね」


「えっ、もう?」


辺りはだいぶ暗くなってるとはいえ、早すぎる到着にリリアンヌは驚きを隠せずに声を上げた。そんなにこの国というのは狭かったのだろうかと考えていると、ベクトルが少し苦笑して教えてくれた。


「馬車に少しばかり魔法をかけましたので、普通の何倍も早く着いたのですよ」


「ベクトル様も魔法使いだったの?」


全くそんな風に見えない彼は、人の良さそうな笑みを美しい顔に浮かべてリリアンヌを見ている。


「実技の方は得意ではありませんが、少しぐらいなら」


関心するリリアンヌを促して、窓の外へと視線を向けた。ベクトルが座る右側の窓の先にある景色は、どんよりと暗く顔色の悪い空が広がっていた。深い紫色や薄い青、雲の輪郭をくっきりと浮き出させる黒い影が連なるその空の下に、赤みを帯びた黄色仄暗い魔法の明かりを灯した角灯が、そこにある唯一の光だった。その光で浮き上がっているのは、分厚い布で覆われた折り畳み式の三角の形をした小屋で、所狭しと幾つもの数が並んでいた。

荒れ地と言った表現が似合うであろうその場所は、ゴツゴツした石が多く存在し、花や草はすっかり枯れて固い地面があちらこちらで剥き出しになっている。異様な雰囲気を纏った大勢の男性達が、折り畳み式の小屋の間を行き来している。どの人達も防衛省の特徴であるごく暗い紫味の青緑色をした制服を着ていた。


「ほら、あそこにフレドリッヒ殿がいらっしゃいますよ」


ベクトルの細く長い指が指す先には、一際若い金髪の青年が年配の男性達と何やら話している。フレドリッヒである。


「私は、フレドリッヒ殿に渡す書類を少し確認してから行きますので、先に行ってて下さい。直ぐに後を追いますので」


「わかった。ありがとう、ベクトル様」


馬車を降りて走り出したリリアンヌに手を振って、ベクトルはふぅと溜め息をついた。やがて、見計らったように一羽の小柄な烏が、閉まってる筈の窓を何の障害も無く通り越して、向かいの席に着地した。


「こんな所まで使いを寄越して。心配性ですね、貴方は」


『仕方がなかろう?で、どうだ?計画の方は』


「えぇ、それはもう順調に。万事滞りなく」


嗄れ声で人語を話す烏に、平然とベクトルは答えた。


『それは楽しみじゃの。早く儂に、あの若い体を土産に寄越すのだ』


「せっかちな人ですね。言われなくても、お持ち致しますよ。…良かったら今から面白いものが見れますけど、ご一緒にどうです?」


くつくつ笑うベクトルは、烏にうっとりとするほどの笑みを寄越した。


『見ていきたいのは山々なのだがな、他の輩もちゃんと仕事をしておるか、見て回らなければいかぬのでな』


「それは残念ですね」


『全くよ。では、期待しておるぞ。リカ・ベクトルよ』


「有り難きお言葉。貴方に頂いたこの身体、貴方様だけの為に使わせて頂きます。全ては我が主、マリエダ様の為に」


左胸に右手を当てるベクトルを瞳に捉えていた烏は、目を細めて微笑むと、勢い良く窓から飛び立って行った。馬車の室内には、烏が飛び立った時に落ちた羽が数枚散らばっており、その内の足元に落ちていた一枚の羽をベクトルは拾い上げて、馬車から外に出た。


先程まで顔色が悪かった空は、どす黒い雨雲に覆われ、ひと嵐来そうな天気になっている。


「もう、物語は動き始めましたよ。…さぁ、どこまで彼女を守れるかな?ルビウス・カインド」


不気味な笑みを浮かべて呟いたベクトルのその声は、肌寒い追い風が絡め取り消し去った。その時、唇に当てていた烏の羽根をベクトルの指から奪い取って、共に宙に舞い上げていった。



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