第七話 弟子にして!
本来ある言葉が違う意味として使われていたり、適当な造語が出てきます。ご了承の上、お読み下さい。
とっても良い事を聞いたと飛び跳ねて、屋敷に向かうリリアンヌとその後を追うレイチェルを兄弟は黙って見送った。
「ジョーン兄さん、勝手に教えて良かったの?」
「さぁな。後で先生に怒鳴られるだろうけど」
「僕、怒鳴られるの嫌だよ。先生、怒ると本当に恐いし」
「俺だって、嫌だ」
「………」
「………」
暫し、気まずい空気が二人を包んでいた。
屋敷に戻ったリリアンヌは勿論、そんな事を知るはずもなく。マーサ小母さんにルビウスは帰っているかと聞いた。まだだと返事を聞くと正面玄関の前に陣取ってルビウスの帰りを待った。
「なに?マーサ小母さん、あの子達、何をしてるわけ?」
上の階からから降りて来たオリヴィアは、玄関のど真ん中でレイチェルと共に仁王立ちをしているリリアンヌを見て言った。
「ルビウス様が帰ってくるのを玄関で待つんだと。弟子にして貰うんだとか」
二人の姿を後ろから眺めていたマーサ小母さんが呆れたように答えた。
「物好きと暇人」
「全くだよ」
物好きリリアンヌ。
暇人レイチェル。
決して嬉しくもないあだ名をつけて貰った二人はそのことに気にもせず、忠実な犬のようにひたすらルビウスの帰りを待っていた。
ルビウスとフレドリッヒが帰って来たのは、そろそろお腹の虫がうるさくなる頃で、屋敷の外は真っ暗な闇へと姿を変えていた。
「今、帰っ…」
「公爵、私を弟子にして下さい!」
ルビウスが玄関の扉を開けて屋敷に入った途端、勢いある言葉で叫んだ。おっかなびっくりと玄関先で硬直する二人を無視してリリアンヌは続けた。
「弟子にして下さい」
「えーっと…」
「私を七番目の弟子にして下さい」
「もしもし、お嬢さん。ちょっと落ち着きなさい」
「ちゃんと話をしてくれないんだし。私が弟子になるなら、それは別の話しよね」
「君を弟子にするつもりは無いよ」
きっぱりと否定されたリリアンヌは頬を膨らませ、眉間に皺を寄せて叫んだ。
「なんでよ!!弟子にするぐらい、いいじゃないッ!」
「そんな言葉使いをする子は余計、弟子にしたくなくなるね」
「…すいませんでした。弟子にして下さい、お願いします」
「言い方を変えても無駄」
じゃあ、どうしろと!そう一人叫んでいるリリアンヌの脇を通り抜けたルビウスは、マーサ小母さんにお帰りなさいませと迎えられ嬉しそうに微笑んだ。
「マーサだけだよ。仕事から疲れて帰ってきた僕に、おかえりと言って出迎えてくれるのは」
「おかえりなさい、公爵。弟子にして下さい」
「そういう事ではなくて…」
マーサに黒い外套を手渡すと居間へと続く扉の前に立ってルビウスは振り向いた。
「とりあえず食事だ。お腹がペコペコだよ。君達もだろう?」
その言葉を聞いてリリアンヌ、レイチェルの腹も空腹を盛大に訴えた。
「ほらね」
笑いながら言うルビウスは、さっさと食堂へと向かった。リリアンヌはルビウスについて渋々、食卓につく。
何故か上手く丸め込まれていると思うのは、きっと気のせいだ。
丸い机には既に食事が並び、皆が席に着いていた。
「お待たせ。頂こうか」
初めて椅子が全て埋まり、八人は各々(おのおの)にお喋りを楽しみながら食事を始めた。やがて、皆の食器から料理が消えた頃にルビウスが口を開いた。
「リリアンヌはまだ全員と自己紹介を終わらせて無かったね」
そうかも知れない。リリアンヌが何も言わないでいるとルビウスが弟子達に自己紹介するように伝えた。
「自己紹介なんてしている暇などないのに…。先生、皆の自己紹介が終われば、改革書に目を通して下さりますか?」
「勿論」
嬉々として答えたルビウスに溜め息をつくとフレドリッヒはリリアンヌに視線を向けて言った。
「初めてお会いした時に簡単に自己紹介しただけでしたね。一番目の弟子、フレドリッヒ・カインドです。元の名はフレドリッヒ・ラービン。財務大臣ジム・ラービン男爵の嫡男です。フレッドと皆からは呼ばれていますので、どうぞその様に。十一の頃から先生の元で学ばせて頂いているので、弟子歴はかれこれ今年で七年目になりますかね。能力は遠くの出来事を見ることが出来る遠目です」
フレドリッヒが自己紹介を終えて、彼は隣に目を向けてオリヴィアに自己紹介するよう促した。
「私、リリアにはもう自己紹介を終えてるんです」
不満そうにルビウスに抗議したオリヴィアだが、フレドリッヒに無言で睨まれて大人しく自己紹介をした。
「二番目の弟子、オリヴィア・カインドよ。元の名は、オリヴィア・ガアナード。ヴィアって呼ばれてるわ。人語を話す狼族の出身。直ぐそこの森に住む、ガアナード一族の長オリヴィエの長女。能力は駿足」
「オリヴィアの脚は王都一速いんだよ」
リリアンヌの右側に座っていたルビウスが補足説明をしてくれた。
「俺はジョナサン・カインド。元の名は、ジョナサン・ハイディリア。三番目の弟子。まわりからはジョーンって呼ばれてる。出身はウルーエッド。実家は農家をやってる、そこの次男。リアンは俺の弟。後、能力は空中浮遊」
机に右肘をつきながらジョナサンは簡潔に言って、右側に座るエリックに回した。
「四番目の弟子、エリック・カインドです。元の名前はエリック・シェネディ、リックと呼ばれています。小人族の末裔なので背が伸びません。だから、僕に向かって背の話はしないで下さい。能力は体を自由に変形出来る曲形があります」
背に関して強調した彼は、背を気にしているというのがひしひしと伝わってきて、そのことに隣に座るルビウスが小さく笑ったのをリリアンヌは聞き逃さなかった。
「五番目の弟子、ジュリアン・カインド。元の名は、ジュリアン・ハイディリア。リアンって呼ばれてる。ハイディリア家の三男。能力は植物と話すことができる植話術」
ジュリアンは必要最低限の自己紹介をして、さっさとレイチェルへと回した。自己紹介でその者の性格が大体わかるのだから面白い。
「レイチェル・カインドです。元の名前は、レイチェル・ディオム。みんなからレイルって呼ばれてます。出身は南にあるブレハ湖。ディオム家の5人姉妹の末っ子です。えっと、能力は水神の連水を操る事です」
俯いて小さな声で自己紹介を終わらせたレイチェルの後を引き継いで、ルビウスが口を開いた。
「最後に僕かな。カインド家現当主、ルビウス・カインド。今、魔法大臣を務めさせてもらってる。能力は闇を操る夕闇かな」
闇?リリアンヌが不思議に思っているのもお構い無しに、彼はさっさと話を続けた。
「みんなも知ってると思うけど、彼女はリリアンヌ。仲良くしてあげてね。さて、そろそろ仕事に戻ろうか。明日から皆、学校だろう?夜更かしせずに早く寝るんだよ」
弟子から就寝の挨拶を貰って、ルビウスはフレドリッヒを連れて部屋へと戻ってしまった。
「また逃げられた…」
「明日から暇なんだろ?丁度、暇潰しになって良いじゃねえか」
呆然とするリリアンヌに憎まれ口を叩いたジョナサン、弟のジュリアンは黙ってその場を去って言った。
「くそぅ、悔しい!」
机に顔を突っ伏すリリアンヌとよしよしと慰めるレイチェルだけが、皆が去った寂しい食堂に残っていた。
次の日から、リリアンヌは親鳥の後を追いかける雛鳥のようにルビウスを付け回した。ルビウスは魔法を使って逃げようしないが、それは魔法を使えないリリアンヌに対する優しさではなく、彼女との追いかけっこを楽しんでいるかのようにみえた。
「先生、書類にサインをお願いします。期限が迫っているんです!」
「うん、後でするから」
屋敷の中を逃げるルビウスをリリアンヌが追い、そんな二人を少し離れた所から視線だけで追うフレッドは、分厚い書類片手に途方に暮れていた。
「疲れた」
「こっちもだよ」
「…すいません」
「全然、仕事が片付かない」
「言っときますけど、私だけのせいじゃありませんから」
ひねくれたように言い返すリリアンヌを彼は、わかってるよと小さく答えた。
「しかし、突然弟子だなんて。いったいどうしたんだい?」
「ハイディリアの兄弟が、今のままじゃお客さん扱いだって」
「あぁ、あの兄弟が」
余計なことをと忌々しげに呟き、向かいに座るリリアンヌに腕を組んで水色の瞳を向けた。
「北の国には戻りたくないの?」
「帰してくれる気配はないし、どうせ今帰っても先の見通しも立ってないから。お金も貰えるなら、あの人の弟子になった方が特かなって」
首をすくめて言ったリリアンヌに、困ったとフレドリッヒは首を捻った。
「弟子になるっていっても簡単じゃないんだよ?…君が諦めるか、先生が折れるか」
「絶対に諦めません」
弟子達が全員学校に行ってしまい、屋敷の中が静かなある日の午後。リリアンヌとフレドリッヒは、マーサ小母さんが煎れてくれた茶を飲みながら食堂で話をしていた。
「じゃあ、誰かを味方につけるかだね。君一人では絶対に勝てない」
「じゃあ、フレッド兄さん。味方になってよ」
「それは無理」
「どうして?」
「先生が君にかまっている間、仕事が溜まる」
素晴らしいほど完璧な仕事人間だな。
呆れたリリアンヌは平然と茶を飲んでいるフレドリッヒを見つめた。けれど、裏を返せば仕事がどうにかなれば協力してくれると言うことではないか。
「じゃあさ、仕事を私が手伝う。ヴィア姉さんがしない分を私がするから、フレッド兄さん味方になってくれない?」
「字も読めないのに?」
「結構読めるようになったわ、レイルの勉強をしている範囲まで追いついたもの」
「…君がどれぐらい働くかもわからないのに?」
「沢山働く!誓うわ」
「………」
「お願い。味方が居た方がいいって言ったの、フレッド兄さんよね?」
「………」
「お願い―」
リリアンヌのしつこい催促に負けたフレドリッヒは仕方ないと腰をあげた。
「わかったわかった、仕方ないね。強い味方に話をつけとく。二日後には、先生が折れるよ」
「やった!ありがとう、フレッド兄さん」
その二日後。フレドリッヒの言うとおり、折れたのはルビウスだった。
日が昇ったばかりの光が降り注ぐ早朝に、リリアンヌはルビウスに呼ばれて彼の仕事部屋にいた。
「君を弟子にするには、条件がある」
顰めっ面でリリアンヌに向き合うルビウスは、山積みの書類がある仕事机に埋もれながらこう切り出した。
「何ですか?」
「一つ、僕の事は爵位または先生、名字等で呼ばない」
「そんな失礼な事、無理です!」
「無理なら、この話は無かったことになるよ」
うっと言葉に詰まったリリアンヌを無視して、ルビウスは更に言葉を続けた。
「一つ。許可なく独りで街にでないこと…最後は、僕の になること」
肝心の所をうっかり聞き逃してしまった。
「はい、わかりました」
聞き逃した所には触れず、リリアンヌは二言返事で返していた。
「…本当に?」
「えぇ。…話が終わったなら、失礼します」
まだ寝ているレイチェルに弟子にしてもらった事を教えてあげようと早々に部屋を辞した。部屋に残された彼が、うっすらと笑みを湛えていたことにも気づかず。この何でもないような条件が後々、リリアンヌを大層苦しめることになるとも知らずに。