↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR

聖剣

作者: ティアナ
掲載日:2026/10/28

わたしは、剣である。


王都の北の森の奥、苔むした大きな岩に、刃の半分ほどをうずめて立っている。人びとはわたしを聖剣と呼び、こう言いつたえている。この剣をぬいた者こそ、魔王をたおす勇者である、と。


その言いつたえは、まちがってはいない。ただ、ひとつだけ、だれも知らないことがある。


わたしは、ぬけないのではない。ぬかれたくないのだ。


  *


五百年前、わたしは一度だけ、岩からぬかれたことがある。


ぬいたのは、まだ十六歳の羊飼いの少年だった。少年はわたしを高くかかげ、森じゅうにひびく声で笑った。その日から、少年は勇者になった。


わたしたちは、いっしょに戦った。魔物をたおし、城をとりもどし、民の歓声をあびた。少年は、わたしの柄を毎晩ていねいにみがき、ときどき話しかけた。戦が終わったら、また羊を飼いたい。小さな家を建てて、畑をつくって。


少年は、十九歳の冬に死んだ。最後の戦場で、わたしをにぎったまま。


わたしの柄には、いまもあの少年の手のぬくもりが残っている。わたしの刃には、あの少年がたおした数えきれない者たちの重さが残っている。


わたしは、岩にもどされたとき、決めたのだ。もう二度と、だれにもぬかれるものか、と。


  *


それからの五百年、じつにたくさんの者が、わたしの前にやってきた。


金のよろいの騎士が来た。汗ばんだ手袋で柄をにぎり、顔をまっかにしてひっぱった。わたしは、びくともしなかった。


剣の腕で名高い王子が来た。家来たちに見せるために、わざとゆっくり柄に手をかけた。わたしは、少しも動かなかった。


見なれない服を着た若者が来たこともある。自分は別の世界から生まれ変わってきた者で、神からとくべつな力をさずかったのだと言っていた。若者は、光る手のひらで柄をつかみ、何やら呪文をとなえた。わたしは、まったく相手にしなかった。


だれもかれも、目がぎらぎらしていた。わたしをぬいたあとのことしか、考えていなかった。歓声と、名誉と、魔王の首のことしか。


あの少年と、同じ目をしていた。


  *


ある夏の夕方のことである。


森の小道を、小さな足音が近づいてきた。あらわれたのは、十二、三歳くらいの女の子だった。そばかすの顔に、ぶかぶかの前かけをしめている。片手に、半分に折れた古い包丁をにぎっていた。


女の子は、わたしを見ると、首をかしげた。


「あら。ちょうどいいのがあるじゃない」


女の子は、わたしが聖剣だということを知らないようだった。きょろきょろとあたりを見まわし、だれもいないのをたしかめると、両手でわたしの柄をつかんだ。


その手は、小さくて、玉ねぎのにおいがした。


「うちの宿屋の包丁が折れちゃったの。お父さんが、新しいのを買うお金はないって言うから。ちょっとだけ、借りるわね」


女の子の手には、何のぎらぎらもなかった。あるのは、今夜のシチューのことだけだった。


気がつくと、わたしは、するりと岩からぬけていた。


  *


それから、わたしは宿屋の台所で暮らすことになった。


女の子は、わたしで玉ねぎをきざみ、にんじんの皮をむき、かたいパンを切りわけた。わたしの刃は、五百年ぶりに、ここちよい音をたてた。とん、とん、とん。


わたしは、いつまでもさびなかった。どんなにかたい骨つき肉も、すっと切れた。女の子は、毎晩わたしを洗って、ふきんでていねいにふいてくれた。


ふしぎなことに、わたしで切った野菜を入れると、シチューの味が変わった。食べた者の胸が、すうっと軽くなるのだ。夫婦げんかをしていた客は、二杯目を食べるころには手をつないでいた。酒場で殴りあいをした男たちは、同じなべをつつきながら肩をくんで歌っていた。


宿屋は、たちまち評判になった。


  *


王都では、大さわぎになっていた。聖剣が、岩から消えてしまったのだ。


いったいだれがぬいたのか。どこにいるのか。国じゅうに、おふれが出された。けれど、まさか森のはずれの宿屋の台所で、玉ねぎをきざんでいるとは、だれも思わなかった。


そうこうするうちに、魔王の軍勢が、国境をこえてせまってきた。勇者のいない王国軍は、つぎつぎにやぶれた。


そしてある秋の日、魔王の軍勢は、とうとう宿屋のある村までやってきた。


  *


村の人びとは、みな逃げだしていた。


ただ、宿屋の娘だけが残っていた。もう十八歳になっていた娘は、大なべを火にかけ、わたしで野菜をきざんでいた。


「おなかをすかせて来るんでしょう。だったら、何か食べさせなくちゃ」


日がしずむころ、宿屋の扉がひらいた。


入ってきたのは、見あげるほど大きな男だった。黒いマントに、ねじれた角。魔王だった。うしろには、疲れきった顔の魔物の兵たちが、ずらりとならんでいた。


娘は、少しもおどろかなかった。木の器にシチューをよそって、魔王の前に置いた。


「どうぞ。熱いから気をつけて」


魔王は、しばらく器を見おろしていた。それから、大きな手でさじをにぎり、ひとくち、口に運んだ。


魔王の動きが、止まった。


ふたくち。みくち。魔王の目から、大つぶの涙がこぼれた。


「……母の味だ」と魔王は言った。「なぜ、わたしは、こんなところまで来たのだろう」


その夜、魔物の兵たちも、全員がシチューを食べた。そして翌朝、軍勢は、来た道をしずかに帰っていった。


  *


それから半年後、王国と魔王の国とのあいだに、和平が結ばれた。


だれが戦争を終わらせたのか、国の歴史には書かれていない。王都の人びとは、いまも聖剣の行方をさがしている。いつか勇者があらわれて、魔王をたおしてくれるのだと信じて。


わたしはいま、台所のかべにかけられている。


宿屋の娘はとうに年をとり、いまはその孫娘が、わたしで玉ねぎをきざんでいる。とん、とん、とん。


わたしは、ついに勇者に使われることはなかった。


けれど、魔王をたおしたのは、まちがいなく、わたしである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。