『「立派な聖剣ね!」と言われた俺は勇者らしい』
勇者の紋章が現れた場所が、ちょっとだけ特殊なお話です。
肩の力を抜いてお楽しみください。
勇者の紋章を見つけた母は震えた。
それが何を意味するのか知っていたからだ。
いつか息子は勇者として世界に連れ出される。
魔王は勇者と戦うことになる。
世界は再び動き始める。
そして――
「パパ」
振り返ると、夫がいる。
世界最強の魔王。
誰よりも優しく笑う人。
母は息子を抱きしめた。
「言わない」
「……どうした?」
「絶対に言わない」
「何の話だ?」
「独り言よ」
そして夫に抱きつく。
「……勇者なんかよりも、私が一番じゃないと嫌なの」
◇◆◇◆
十八歳の誕生日。
俺――ルカは母に呼び出されていた。
「大事な話があるの」
珍しく真面目な顔だった。
嫌な予感がする。
こういう時の母は大抵ろくでもない。
「実はね」
「……うん」
「貴方は、勇者なの」
「へぇ」
俺は紅茶を飲んだ。
母も紅茶を飲んだ。
「は?」
カップを置く。
「勇者?」
「勇者」
「世界を救う?」
「その勇者ね」
「魔王を倒す?」
「その勇者よ」
「俺が?」
「貴方が」
意味がわからない。
何一つわからない。
なにせ俺の父は——魔王だ。
世界最強。
人類最大の敵。
魔族の王。
その息子である俺が——勇者?
「証拠ならあるわ」
「証拠?」
「勇者の紋章」
“勇者”、その力は代々継承される。
肉体が滅んでも力は消えない。
次の誰かへ受け継がれる。
そして勇者に選ばれた者の身体には、必ず紋章が現れる。
「ほら」
母の視線が下がる。
俺もつられて下を見る。
しばらくの沈黙の後、理解した。
「……母さん」
「なに?」
「まさか」
「そうよ」
母は満面の笑みで言った。
「立派な聖剣ね!」
「言い方ァ!!」
魔王城に俺の絶叫が響き渡った。
「なんで今まで黙ってたんだよ!?」
「だって気付いてなかったし」
「気付くか!!」
誰がそんな場所に勇者の紋章があると思うんだ。
「彼女でもできたら一発でアウトだったのよ?」
「アウトってなんだよ!」
「勇者だってバレちゃうじゃない」
「それを十八年間放置してたのか!?」
「安心して」
母は優しく微笑んだ。
「ママしか見たことないわ」
「安心できる要素がねぇ!!」
俺は頭を抱えた。
「そもそも、なんで黙ってたんだよ……」
世界中が勇者を探している。
先代勇者が病で亡くなって数年。
人間たちはもちろん、魔族ですら新たな勇者の誕生を警戒している。
そんな重要な事実を十八年間も隠していた理由がわからない。
「だって」
母は少しだけ視線を逸らした。
「だって?」
「勇者が見つかったらパパが忙しくなるじゃない」
「は?」
「勇者が現れたら戦争が始まるかもしれないし」
「うん」
「会議も増えるし」
「うん」
「私と過ごす時間も減るし」
「うん?」
嫌な予感がした。
「……勇者なんかよりも、私が一番じゃないと嫌なの」
「理由がひどすぎるだろ!!」
「でもね」
母は少しだけ優しく笑った。
「魔王でも勇者でも、あなたは私とあの人の大切な宝物だわ」
その言葉だけは嘘じゃないとわかった。
だから余計に腹が立つ。
「その感動話のあとに独占欲を混ぜるな!」
「だって本音だもの」
母は俺の頭を撫でながら、続けた。
「それにね……勇者だからって勝手に人生を決められるのも嫌だったのよ?」
その声だけは優しかった。
「ルカは勇者である前に、私たちの息子だもの」
少しだけ言葉に詰まる。
母なりに考えていたのだろう。
「まぁ、八割くらいはパパのためだけど」
「台無しだよ!!」
母は楽しそうに笑った。
本当にこの人は。
感動させたいのか笑わせたいのかわからない。
「それで、どうするの?」
「どうするって?」
「勇者として生きる?魔王として生きる?」
「極端だな」
「どっちでもいいわよ」
母はあっさりと言った。
「え?」
「世界を救いたいなら救えばいいし」
指を一本立てる。
「世界を滅ぼしたいなら滅ぼせばいいし」
「物騒だな!?」
「最後に決めるのはルカよ」
母は真っ直ぐ俺を見た。
それは、冗談のない目だった。
「人間が正しいとも限らない」
「……」
「魔族が正しいとも限らない」
何千年も続く争い。
誰もが自分こそ正義だと、間違いは無いと、信じている。
「貴方の目で見てきなさい」
母は微笑んだ。
「世界を守るにしろ、滅ぼすにしろ」
「だからその二択やめろって」
「貴方自身で決めなさい」
とても静かな声だった。
俺はしばらく考える。
勇者
魔王の息子
世界
人間
魔族
突然言われても何もわからない。
でも——
「……見てみたいかもな」
ぽつりと呟いた。
世界を自分の目で見てみたい
俺の答えに母は顔を輝かせた。
「じゃあ明日から旅ね!」
「は?」
「荷物は用意してあるわ」
「は?」
「部屋も片付けておいたし」
「は?」
「大丈夫よ!前から準備してたの!!」
「……母さん?」
「なに?」
「もしかして最初から追い出す気だった?」
母は満面の笑みを浮かべた。
「もちろん♡」
「やっぱりか!!」
「だって」
母は頬に手を当てる。
「いなくなればパパと二人きりになれるもの」
「それが本音じゃねぇか!!」
感動を返せ。
俺の決意を返せ。
「新婚生活をやり直したいのよ」
「十八年経ってるんだぞ!?」
「愛に時間は関係ないわ」
「名言みたいに言うのやめて!?」
すると廊下の向こうから父の声が聞こえた。
「どうした?」
部屋に入ってきた父を見ると、母の顔が一瞬で緩む。
「なんでもないわ、あなた♡」
「そうか」
父は母の頭を軽く撫でると、去っていった。
父さんは、本当に何も知らない
母さんも、話すつもりは無い
俺は確信した。
この家を出る理由は勇者だからじゃない。
母が父とイチャイチャしたいからだ。
間違いない。
◆◇◆◇
「ルカ」
旅支度を終えた俺に、母は微笑んだ。
「世界を楽しみなさい」
「世界?」
「ええ」
母は窓の外を見た。
人間の国。
魔族の国。
何千年も続く争い。
勇者と魔王。
正義と悪。
「誰かに決められた運命なんて気にしなくていいわ」
優しく頭を撫でられる。
「ルカの人生だもの」
少しだけ胸が熱くなった。
十八年間。
誰にも言わず。
勇者の秘密を抱えて。
俺の未来を守ろうとしてくれていた。
————そう思った瞬間だった。
「あ、そうだわ」
母は続けた。
「パパには勇者だって知られないでね?」
「……イチャイチャする時間が減るから?」
「大正解!」
俺は空を見上げた。
世界の命運を握る勇者は——魔王の息子。
旅立ちの日。
俺は人生最大の不安を抱えて魔王城を後にした。
「……俺も彼女、欲しいなぁ」
最後まで読んでいただきありがとうございます!
勇者の紋章がどこに現れたら一番困るだろう……と考えた結果、このお話が生まれました。
この作品で一番強いのは勇者でも魔王でもありません。
母親です。
世界の平和より夫との時間の方が大切です。
頑張れルカ。
負けるなルカ。
たぶん旅先でも振り回されます。




