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『「立派な聖剣ね!」と言われた俺は勇者らしい』

作者: Kana026
掲載日:2026/06/13

勇者の紋章が現れた場所が、ちょっとだけ特殊なお話です。


肩の力を抜いてお楽しみください。



勇者の紋章を見つけた母は震えた。


それが何を意味するのか知っていたからだ。


いつか息子は勇者として世界に連れ出される。


魔王は勇者と戦うことになる。


世界は再び動き始める。





そして――


「パパ」


振り返ると、夫がいる。


世界最強の魔王。


誰よりも優しく笑う人。


母は息子を抱きしめた。




「言わない」


「……どうした?」


「絶対に言わない」


「何の話だ?」


「独り言よ」


そして夫に抱きつく。


「……勇者なんかよりも、私が一番じゃないと嫌なの」


◇◆◇◆


十八歳の誕生日。

俺――ルカは母に呼び出されていた。


「大事な話があるの」


珍しく真面目な顔だった。


嫌な予感がする。


こういう時の母は大抵ろくでもない。


「実はね」


「……うん」


「貴方は、勇者なの」


「へぇ」


俺は紅茶を飲んだ。

母も紅茶を飲んだ。


「は?」


カップを置く。


「勇者?」


「勇者」


「世界を救う?」


「その勇者ね」


「魔王を倒す?」


「その勇者よ」


「俺が?」


「貴方が」


意味がわからない。


何一つわからない。


なにせ俺の父は——魔王だ。


世界最強。


人類最大の敵。


魔族の王。


その息子である俺が——勇者?



「証拠ならあるわ」


「証拠?」


「勇者の紋章」


“勇者”、その力は代々継承される。


肉体が滅んでも力は消えない。

次の誰かへ受け継がれる。

そして勇者に選ばれた者の身体には、必ず紋章が現れる。


「ほら」


母の視線が下がる。

俺もつられて下を見る。


しばらくの沈黙の後、理解した。


「……母さん」


「なに?」


「まさか」


「そうよ」


母は満面の笑みで言った。


「立派な聖剣ね!」


「言い方ァ!!」


魔王城に俺の絶叫が響き渡った。


「なんで今まで黙ってたんだよ!?」


「だって気付いてなかったし」


「気付くか!!」


誰がそんな場所に勇者の紋章があると思うんだ。


「彼女でもできたら一発でアウトだったのよ?」


「アウトってなんだよ!」


「勇者だってバレちゃうじゃない」


「それを十八年間放置してたのか!?」


「安心して」


母は優しく微笑んだ。


「ママしか見たことないわ」


「安心できる要素がねぇ!!」


俺は頭を抱えた。


「そもそも、なんで黙ってたんだよ……」


世界中が勇者を探している。

先代勇者が病で亡くなって数年。

人間たちはもちろん、魔族ですら新たな勇者の誕生を警戒している。


そんな重要な事実を十八年間も隠していた理由がわからない。


「だって」


母は少しだけ視線を逸らした。


「だって?」


「勇者が見つかったらパパが忙しくなるじゃない」


「は?」


「勇者が現れたら戦争が始まるかもしれないし」


「うん」


「会議も増えるし」


「うん」


「私と過ごす時間も減るし」


「うん?」


嫌な予感がした。


「……勇者なんかよりも、私が一番じゃないと嫌なの」


「理由がひどすぎるだろ!!」


「でもね」


母は少しだけ優しく笑った。


「魔王でも勇者でも、あなたは私とあの人の大切な宝物だわ」


その言葉だけは嘘じゃないとわかった。

だから余計に腹が立つ。


「その感動話のあとに独占欲を混ぜるな!」


「だって本音だもの」


母は俺の頭を撫でながら、続けた。


「それにね……勇者だからって勝手に人生を決められるのも嫌だったのよ?」


その声だけは優しかった。


「ルカは勇者である前に、私たちの息子だもの」


少しだけ言葉に詰まる。


母なりに考えていたのだろう。



「まぁ、八割くらいはパパのためだけど」


「台無しだよ!!」


母は楽しそうに笑った。


本当にこの人は。


感動させたいのか笑わせたいのかわからない。


「それで、どうするの?」


「どうするって?」


「勇者として生きる?魔王として生きる?」


「極端だな」


「どっちでもいいわよ」


母はあっさりと言った。


「え?」


「世界を救いたいなら救えばいいし」


指を一本立てる。


「世界を滅ぼしたいなら滅ぼせばいいし」


「物騒だな!?」


「最後に決めるのはルカよ」


母は真っ直ぐ俺を見た。

それは、冗談のない目だった。


「人間が正しいとも限らない」


「……」


「魔族が正しいとも限らない」


何千年も続く争い。


誰もが自分こそ正義だと、間違いは無いと、信じている。



「貴方の目で見てきなさい」


母は微笑んだ。


「世界を守るにしろ、滅ぼすにしろ」


「だからその二択やめろって」


「貴方自身で決めなさい」


とても静かな声だった。


俺はしばらく考える。


 勇者


 魔王の息子


 世界


 人間


 魔族


突然言われても何もわからない。

でも——


「……見てみたいかもな」


ぽつりと呟いた。




世界を自分の目で見てみたい




俺の答えに母は顔を輝かせた。


「じゃあ明日から旅ね!」


「は?」


「荷物は用意してあるわ」


「は?」


「部屋も片付けておいたし」


「は?」


「大丈夫よ!前から準備してたの!!」


「……母さん?」


「なに?」


「もしかして最初から追い出す気だった?」


母は満面の笑みを浮かべた。


「もちろん♡」


「やっぱりか!!」


「だって」


母は頬に手を当てる。


「いなくなればパパと二人きりになれるもの」


「それが本音じゃねぇか!!」


感動を返せ。

俺の決意を返せ。


「新婚生活をやり直したいのよ」


「十八年経ってるんだぞ!?」


「愛に時間は関係ないわ」


「名言みたいに言うのやめて!?」


すると廊下の向こうから父の声が聞こえた。


「どうした?」


部屋に入ってきた父を見ると、母の顔が一瞬で緩む。


「なんでもないわ、あなた♡」


「そうか」


父は母の頭を軽く撫でると、去っていった。



父さんは、本当に何も知らない

母さんも、話すつもりは無い




俺は確信した。

この家を出る理由は勇者だからじゃない。


母が父とイチャイチャしたいからだ。


間違いない。


◆◇◆◇




「ルカ」


旅支度を終えた俺に、母は微笑んだ。


「世界を楽しみなさい」


「世界?」


「ええ」


母は窓の外を見た。


 人間の国。


 魔族の国。


 何千年も続く争い。


 勇者と魔王。


 正義と悪。



「誰かに決められた運命なんて気にしなくていいわ」


優しく頭を撫でられる。


「ルカの人生だもの」


少しだけ胸が熱くなった。


十八年間。


誰にも言わず。

勇者の秘密を抱えて。

俺の未来を守ろうとしてくれていた。


————そう思った瞬間だった。


「あ、そうだわ」


母は続けた。


「パパには勇者だって知られないでね?」


「……イチャイチャする時間が減るから?」


「大正解!」



俺は空を見上げた。




 世界の命運を握る勇者は——魔王の息子。



旅立ちの日。

俺は人生最大の不安を抱えて魔王城を後にした。



「……俺も彼女、欲しいなぁ」



最後まで読んでいただきありがとうございます!



勇者の紋章がどこに現れたら一番困るだろう……と考えた結果、このお話が生まれました。


この作品で一番強いのは勇者でも魔王でもありません。



母親です。



世界の平和より夫との時間の方が大切です。


頑張れルカ。

負けるなルカ。

たぶん旅先でも振り回されます。

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