表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
OUTSIDE HEROES  作者: 芝柴太郎
1/1

第一章 逸脱

21世紀初頭――スーパーヒーローは、人々を救う存在であると同時に、街を壊す存在でもあった。


崩れ落ちるビル、炎上するバス、巻き込まれる市民。

彼らが戦うたびに、守られる命と引き換えに、確実に何かが失われていった。


そんな時代の中、2032年。アメリカのノヴァ・セキュリティ社が開発した治安維持システム――セントラル・パノプティコン・システム、通称CPSが導入される。


その全貌は誰にもわからなかったが、ヒーローに頼らずとも犯罪を防ぐことを可能にした、かつてないシステムだった。


CPSの導入後、都市の犯罪率は激減した。だが同時に、逮捕者の数も異常な増加を見せる。

人々は恐れ、不用意な会話すら避けるようになっていた。

 

CPSが開発されるおよそ一年前にはヒーロー内での紛争も起きており、それによってヒーロー活動の全面禁止に関する国際法が施行された。


かつて人々に称賛されていたヒーローたちは、一転して社会の危険因子として扱われるようになる。


能力を持つと知られた者は、中央警察の特殊部隊によって即座に拘束される。

その行き先は「保護施設」と呼ばれていた。


地方のガソリンスタンドでアルバイトとして働いている、アーロン・ホプキンスもまた、CPSによって肩身の狭い暮らしを送っているうちの1人である。


「アーロンさん、ちょっといい?」


店長が彼を呼び止めた。話があるから裏に来て欲しいとのことだ。


「これ、君でしょ?」


店長が差し出したタブレットの画面には、かつての自分――インビンシブルマンが映っていた。


崩れたビルを背に、血と瓦礫にまみれた姿。


「……なぜ、そう思うんです」


「今朝な、妙な老人が来て、君がヒーローだって言うんだ」


アーロンは一瞬だけ視線を逸らした。


「そんな話、信じるんですか」


「最初はな。ただ……」


店長は肩をすくめる。


「君みたいな体格の人間、そうそういない。それに履歴書だ。空白が長すぎる」


空気がわずかに軋む。


「……それで、クビですか」


「通報はしない。それだけでも温情だと思ってくれ」


アーロンが握りしめた拳に呼応するように、机の上のコーヒーカップが微かに震えた。


「……わかりました」

 

その日の夜、今日もアーロンは行きつけのバーであるハイドアウトに顔を出した。


「マスター、いつもの」


マスターのジェームズ・トンプソンは、ヒーロー禁止法が施行されるよりも昔に引退した元ヒーローだ。

今はバーを経営しており、能力者たちが唯一安心していられる場所になっている。


「今日は仕事をクビになって災難だったな」


ジェームズが口を開いた。


「心を読むのはやめてくれといつも言っているだろう」


「クビにするよう言ったのは私だ」


突然のことに言葉が出ず、視線だけが宙をさまよった。


「なんで、そんな」


「まあ、落ち着いて聞いてくれ」


「落ち着け?やっと普通の生活に近づいたんだぞ」


「ただの延命だ、それにアルバイトだろ?」


そういうとジェームズは一通の手紙を差し出してきた。

手紙には差出人の名前と住所だけが書いてあった。


「ミス・フレア」


知らない名前だ。


「彼女は誰だ、彼女も能力者か?」


「行けばわかる、明日は暇だろう」


「……わかったよ」


次の日、手紙に書かれた住所まで向かった。


そこはCPSの導入以前、幽霊が出ると話題になり肝試しが流行った廃墟だった。


「本当にこんなところにいるのかよ」


中に入ると空気は淀み、足音がやけに大きく響いていた。


割れた窓ガラス、倒れた本棚、床に散乱したノート、ここは元々学校だったと聞いたことがある。


その瞬間、静寂を引き裂くように、炎が頬をかすめた。


「誰だ!」


振り返るとそこには1人の女が立っていた。


彼女はゆっくりと腕を下ろす。


指先にはまだ、揺らめく火が残っている。


「それが挨拶か?」


アーロンは距離を取りながら、低く構える。


「安心して、殺しはしないわ」


女はあっさりと言う。


「……そのつもりなら、今ので終わってただろうな」


「間違いないわね」


口元だけ少し笑う。


「あなたがインビンシブルマン?」


「だったらどうする」


「別に。確認したかっただけ」


女は無防備にも背を向ける。


「話があるの。来なさい」


「何も疑わずついて行くとでも思ってるのか」


「思ってないわ」


即答だった。


「でも来るしかない。あなた、もう見られてるもの」


その一言で、空気が変わる。


「どういうことだ」


「あのまま働いてたら中央警察に連行されてた」


女は振り返らずに続ける。


「保護施設行き。あそこに入ったら、もう戻ってこれない」


アーロンの指先に、わずかに力が入る。


ようやく振り返る。

その目は、笑っていなかった。


「私はミス・フレア。今でもヒーロー活動をしているの」


「今でも?……見つかれば終わりだ」


「ええ、だからこうして、見つからないようにやってる」


「リスクが高すぎる」


「あなたに言われたくないわね」


間髪入れずに返す。


「街を半分吹き飛ばした男が」


一瞬空気が凍りついた。


「でも安心して。みんなのように責める気はないわ」


一歩、近づく。


「むしろ逆。あなたみたいなのが必要なの」


「断ると言ったら?」


「その時は——」


指先の火が強く揺らぐ。


「別のやり方を考えるだけよ」


「……そうか、だが、なぜ中央警察が来ると知っていた」


視線を外し、崩れた教室の奥へと歩きながら、ぽつりと呟く。


「……全部は話せない、でも、一つだけ教えてあげる」


足を止める。


「CPSは犯罪を見てるんじゃない」


振り返る。


「逸脱を見てるのよ」


「……逸脱?」


「強すぎる力、抑えきれない感情、規格から外れた行動パターン……そういうものを危険予測として拾ってる」


「だが、俺は街外れのアルバイトだぞ」


「関係ない、CPSはこの街すべての監視カメラにアクセスできるの、あなたくらいの体格なら何もしていなくてもマークされるわ」


彼女はゆっくりと近づいてくる。


「この街はね、もう何かをした人間を捕まえてるんじゃない」


「何かをしそうな人間を消してるの」


「……じゃあ、お前はどうやってそれを知った」


一瞬だけ、彼女の表情が陰る。


「中にいたからよ」


空気が、張り詰める。


「保護施設に」


その言葉は軽いのに、重かった。


「つい先日のこと、逃げてきたの、その時あなたの名前がリストにあるのを見た、今頃あなたの家にも警察が来ているかも」


「それが本当だとしても、俺を助ける理由にはならないはずだ」


 少しの沈黙が訪れる。

 

「中にまだ両親がいる」

 

彼女の話によると、彼女の両親はCPSの誤作動によって逮捕されたらしい。

誤作動といっても過去にはヒーローごっこをしていた子供が、興味本位で少し外に出ただけでCPSが反応した事例もあるため、本当に誤作動かはわからないが……


「だから助けてほしいの」

 

「……そうか、話は分かった。たが、俺はもうヒーローに戻るつもりはない」


アーロンはそう言い残し、背を向けた。


軋む床を踏みしめる足音だけが、静まり返った校舎に響く。


「待って」


ミス・フレアの声が飛ぶ。


アーロンは立ち止まらない。


「俺には関係ない」


「関係あるわ」


「ない」


短く吐き捨てる。


「俺はもうヒーローなんかじゃない。誰かを助ける資格もとっくに捨てたんだ」


階段へ向かおうとした、そのときだった。


「じゃあ、どうしてまだ苦しそうなの?」


足が止まる。


拳がわずかに震える。


「……知ったような口を利くな」


「知ってるわ」


ミス・フレアは静かに言った。


「あなたみたいな人を、施設で何人も見たから」


振り返る。


彼女の目には敵意も嘲笑もなかった。


ただ、妙に冷めた現実だけがあった。


「力を使えば化け物扱い。抑え込めば壊れていく。普通に生きようとしても、社会はそれを許さない」


ゆっくりと近づいてくる。


「それでも危険だから仕方ないで終わらせられる」


アーロンは何も言わない。


言い返せなかった。


「あなた、本当は気づいてるんでしょう?」


彼女の指先に、小さな火が灯る。


「もう、逃げ切れないって」


炎が揺れる。


その赤い光が、アーロンの目に映った。


「中央警察は、一度目をつけた相手を絶対に逃がさない」


「……だから戦えって?」


「違う」


ミス・フレアは首を横に振る。


「選んでって言ってるの」


一歩、距離を詰める。


「黙って連れて行かれるか」


火が静かに強くなる。


「抗うか」


廃墟の奥で、どこかのカーテンが風に揺れた。


アーロンはゆっくりと目を閉じる。


脳裏に浮かぶのは、

崩れた街、

泣き叫ぶ人々、

瓦礫の下で動かなくなった誰かの手。


そして、

自分を見上げる化け物を見る目。


「それにあなた、帰れる家はあるの?」


長い沈黙のあと、アーロンは低く呟いた。


「……もし施設に乗り込むとして」


ミス・フレアの目がわずかに見開かれる。


「目的は救出だけだ」


振り返らないまま続ける。


「それと……」


長い沈黙。


「なに?」


「家をくれ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ