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ドイツで行われた世界最大のメタルフェス、ヴァッケン・オープン・エアで兄の勇姿を目に焼き付けて帰国した朱里は、早速バンドメンバーの大地、大河、ルアンを離れの一室に集め、自ら撮影してきた動画だの写真だのをパソコンに映して披露してみせた。
朱里は物心ついた時から言葉を発することができない。しかしいかにヴァッケンでのメタルフェスがいかに素晴らしいものであったか、どれだけ得難い刺激的な経験であったか、満身から伝わる興奮が三人を否応なしに引き込んだ。
「こっだに(注:こんなに)人いんのがよ!」
そう大地がまず感嘆してみせたのは、その観客数である。公表されている観客数は八万人。数値でしか知り得なかった人の数が、動画には見渡す限りの観客として映し出されていた。
「地平線すら人だっぺ」ルアンも思わず身を乗り出し、朱里のパソコンを覗き込んだ。「人人人……、こら、下妻の祭りより人いっぺな!」
大河は呆れたようにルアンを振り返る。
「……あんちゃんはさすがだべ」大地は呆けたように言った。「こっだどこでできたら、最高だっぺなあ」
朱里は力強く頷いた。
「ほだ、頑張るしかねえべ」ルアンも頷く。
「大河、悪いがおめとっどど(注:とっとと)高校卒業してくんねえが?」大地が眉根を寄せて懇願してみせる。
「ほっだごど言われても……高校は三年だって決まってんだがら。」
「でも、おれ早ぐ東京さ行ぎでえよ」
大地に念押しされ、大河は腕組みをしながら考えこむ。
既に大地はこの春高校を卒えて実家の農業を手伝っているし、ルアンはルアンで同じく日中は地元の工場で勤務し、夜はバンドの練習とライブという生活をしていた。それも上京を踏まえたうえでの選択ということは周知の事実である。そして、朱里は東京の大学に進学し、週末には下妻に帰ってくる生活をしている。
「……浪人だけはしねようにすっがら」とだけ大河は答えた。
大河の高校は進学校で、普段バンド活動ばかりやっているのに成績は優秀であった。このまま行けば、国内でもトップクラスの大学に進学ができるのだろうと担任に言われたと、先日三者面談帰りの母親が驚嘆したように言っていた。
「あんまし大河にプレッシャーかけんでねえよ。」ルアンが大地の肩を抱きながら言った。「一年や二年東京さ行ぐのが遅れたから芽が出ねえなんでごどになったら、そら、大河のせいでねえ。おれらの実力不足っつうことだ。」ルアンが至極まっとうなことを言ったので、朱里は目を丸くしたルアンを振り返った。その隣では大地も真剣な眼差しで頷いている。
「あんちゃんは日本さ帰ってきて、どうしてっぺ? 元気が?」大河に問われ、朱里は頷く。
「あんちゃんに会いてえなあ。」大地が言う。「こんな凄ぇとごでやって、どんな気分だったんだっぺ。気持ちよがっだろうなあ。……ほだ、あんちゃんの次のライブいつだっぺ? また観てみでえ。」
朱里はパソコンに海里のバンドのウェブサイトを映し出す。
「どれ……。ああ、ヴァッケンの後の予定はまだ出でねえのが。ま、ほだい(注:そうだろう)な。ドイツまで行ってんだがら、ちいと疲れ取んねど次やれめ(注:やれないだろう)。」
朱里はぱたん、とパソコンを閉じて立ち上がる。さあ練習の時間だ、とでもいうように三人を見下ろした。
「ほだな。」大地も立ち上がり、「練習、練習。ヴァッケンつったって日々の練習が大事だべ。ほれ、蔵さ行くど」そういってルアンと大河を交互に蹴飛ばす。
「ほだ。ここで指咥えててもあんちゃんには追っつかめ(注:追い付くまい)。」そういってルアンも大河も、鼻息荒く立ち上がった。




