3.エレノアの過去
翌朝、エレノアの元にリヒトからデートのお誘いの手紙が届いた。
『親愛なるエレノア・ノルマンディへ
6日後のお昼前にロレーヌ邸まで馬車で迎えに行く。街に馴染むよう変装していくから安心して。
それから、昨日はああ言ったけど、自分で何とかできそうな時も、何かあったら必ず救援信号を飛ばして。僕のいない時に何かに巻き込まれているかもと思ったら仕事に手がつかなくて困る。二度と他の男に触れられたりしたら許さないから。
リヒト・フォン・アランデル』
「うわぁ、リヒト様からお誘いのお手紙ですわ。本当に一緒にお出かけしてくださるのね。」
エレノアは手紙を大事そうに胸に当て、頬を染めて花が綻ぶように笑う。
「お嬢様、注目すべきはそこではないような…。」
侍女サンドラが残念そうな顔でエレノアを見ている。
「だって、もう隠れて出かけなくていいのよ。見つかって怒られることもないし。こんな素晴らしいことはないわ。」
「ふふっ、そうですね。お嬢様は、今までコソコソと隠れてしか屋敷の外に出られなかったですから。過保護なご主人様と、さらに過保護な王太子殿下の公認で街に行けるなんて、お嬢様にとっては夢のようですね。」
喜ぶエレノアの姿に、サンドラは目を細めて微笑んだ。
エレノア・ノルマンディはロレーヌ侯爵家の長女であり、両親とふたりの兄から大切に育てられた箱入り娘。時折、お忍びで箱から飛び出していましたが、先日リヒト様からいただいた鉄格子により、正真正銘の箱入りとなってしまいましたわ。がくり。
生まれた時から見目麗しい赤子であったが、雲行きが怪しくなって来たのは5歳くらいの頃。
その当時庭師として働いていた20代半ばの使用人が、突然エレノアを誘拐してしまったのだ。エレノアは庭を散策中に姿を消したが、その直前に庭師と接触していた姿が他の使用人たちに目撃されていたため、間も無く彼の私室で保護された。特に危害を加えられる事もなく、お菓子と絵本を与えられ、快適に過ごしていた。
彼の言い分によると、「庭で仕事をしていたところ、エレノア様から話しかけられ、お話ししているうちに、どうしてももっと一緒に過ごしたくなってしまい、自室に連れて行ってしまいました。危害を加えるなんて滅相もございません。ただ一緒の時間を過ごしたかったのです。」と頬を赤らめて話したとそうだ。
エレノアはただお菓子を食べて絵本を読んで遊んでもらっていたにすぎない事、これまでの彼の仕事ぶりは真面目で誠実そのものであったため、嘘はついていないだろうという事で、罪には問われなかった。しかし、エレノアの父であるロレーヌ侯爵が「彼を屋敷内に置いておくのは危険だ。」と、庭師に自己都合での退職を勧め、我に返った彼は素直に職を辞した。
それからも、屋敷に立ち寄った商人が「エレノア様と離れがたく、屋敷の使用人として雇っていただけませんか!?」と直談判してきたり。サンドラが体調不良になった時、臨時でお世話についてくれた別の侍女がエレノアの部屋からなかなか出てこないと思ったら、延々とエレノアを着せ替え人形にして、可愛い服を着せては褒め称え続けていたり。しかし、当のエレノアが大喜びでファッションショーをしていたため特に問題にはならなかった。
短期間の間にエレノア絡みで不思議な事が次々と起こったため、さすがに違和感を感じたロレーヌ侯爵は、エレノアを魔力鑑定士の元へと連れて行った。
「エレノア様の魔力には、『魅了』の力が強く宿っています。魔力の弱いものが『魅了』の持っていたとて、『魅力的な人だな、色気のある人だな』くらいにしか感じませんが、エレノア様の魔力は5歳の身体に宿るには大き過ぎます。魔力の低い者やその魔力の性質に慣れていない者が近寄れば、『魅了』の力に惑わせられ理性や常識を逸脱した行為を行なってしまう可能性が高いです。魔力を上手くコントロールできるようになれば問題ないですが、これから身体が成長するに連れ、その体内に宿る魔力もどんどん大きくなると思われます。その膨大な魔力を使いこなせるようになるまでは、魔力の低い者や『魅了』の魔力に慣れていない者は近づかせない方がよろしいかと。」
「そうだな。」
ロレーヌ侯爵は頷き同意した。
それからというもの、エレノアは日常的には部屋からはあまり出して貰えないようになり、基本的には家族やサンドラ、専属の家庭教師としか接触できなくなった。
しかしながら、魔力の高い者には『魅了』の効果がないという事で、この国ではそのほとんどが高い魔力を持つ高位貴族同士の交流には連れて行ってもらえる事もあり、幼いエレノアは「貴族の子女なんて、まあこんなものかしら」と思って特に不満には思っていなかった。
事情が変わったのはエレノアが9歳の時。ロレーヌ侯爵の意向で参加した貴族子女の交流の場として開かれた茶会での事件に起因する。




