12.リヒトの後悔
エレノアが7人の土人形という仲間を手に入れたその頃、首都モスケニアのアランデル王城では、1人必死の形相で執務を行うリヒトの姿があった。
「殿下、少しお休みになられては。昨晩お帰りになられてから、一睡もせず、食事もろくに摂られていませんよね。明日は学園もありますし…。」
リヒトは週5日は学園に通い、残りの2日で公務をこなしている。ちなみに、エレノアとのデートは公務の合間を縫って行われていた。
「昨日は日中僕の我儘で城を開けてしまったからね。その遅れを取り戻したい。それに…」
「それに?」
「エレノアが見つかった時すぐに迎えに行けるよう、できるだけ先回りして公務を済ませておきたいんだ。」
「かしこましました。では、片手でつまめる食事を用意させます。」
「ありがとう。」
マリウスが頭を下げ、執務室をでる。
それからしばらく経ってドアをノックする音が聞こえた。
「どうぞ。」
入室を許可すると、マリウスに加えて普段はリヒトの執務室は訪れることのない人物の姿を見て慌てて立ち上がる。
「ロレーヌ侯爵がご令嬢の件でお話があるそうです。」
「執務中に私用で訪れて申し訳ございません。」
「構いません。それより、エレノア嬢が見つかったのですか?」
期待を込めてそう尋ねたが、侯爵は首を横に振る。
「いえ、まだ見つかっておりません。我が娘が自身の責務から逃げ出し、誠に申し訳ございません。また家出だとは思いもせず、捜索の初動が遅れてしまい、1日経ってなお発見に至っておらず。この力不足を何とお詫びすれば良いのか…」
「気にしないでください。エレノア嬢の顔を知る我が近衛と、騎士団の特殊部隊が捜索にあたっていますが、こちらも有力な情報は何も掴めていません。それに、エレノア嬢が逃げ出したというのであれば、その責任は全て僕にあります。」
「…。」
「エレノア嬢の考えを読めませんでした。1番大切にすべき人なのに。今はただ、彼女が無事でいる事を祈るのみです。」
「その事でもお伝えしたい事が。」
侯爵はちらりとマリウスに目線をずらす。
「それは『魅了』についてという事ですか?マリウスは全て知っています。信頼できる臣下なので、気にする事はありません。」
エレノアの『魅了』は悪用すれば厄災が起こる可能性もあるため、侯爵家と王族とその他一部の者しか知らない情報である。侯爵家の者ですらそのほとんどが、エレノアの周りでの異常行動者続出の原因は『エレノア様の天性の可愛さ』にあると思っている。
「では遠慮なく。エレノアの『魅了』は一年前の時点ですでに完璧にコントロール出来ておりました。恐らく城下町に殿下とお出かけした時は楽しさと殿下とご一緒という事で油断したのだと思われます。ちなみに魔力コントロールの訓練で魔法のトレーニングも積んでいますし、元々の魔力量も高いため、並の騎士団の団員よりも数段強く、その辺の魔獣、ましてやチンピラなどに負けることも絶対にあり得ません。むしろ怒らせれば、運悪く彼女に出会った魔獣の方が可哀想なレベルかと思われます。」
「え?」
侯爵の口から息継ぎもなく一気に語られた言葉にリヒトは固まる。
「その事が分かっていたので、ここ数年は屋敷からの脱走にも目を瞑っておりました。幼い頃から屋敷に閉じ込め、勉強とトレーニングばかりさせていましたから。彼女に残された自由は、ここに嫁ぐまでの僅かな時間でしたので。」
「僕は自分の安心のために、彼女のその僅かな自由も奪ってしまったのか。」
「…。」
侯爵は否定も肯定もしない。しかしそれが十分な答えとなった。リヒトは片手で顔を覆い俯く。その顔に滲む後悔の色を隠すように。




