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第8話 玲の秘密

※本作は現代日本を舞台にした

音楽×悪魔祓いの現代ファンタジーです。

火・木・土曜日の20時に更新します。

「玲っ!」


 思いがけず大きな声が出てしまい、D組の生徒たちの視線がいっせいにこちらに集まる。

 だが当の玲は机に突っ伏したまま動かない。親切なほかの女子が肩を揺さぶってくれて、「ん?」という感じでようやく顔を上げた。玲を起こしてくれた女子が「なんか用があるんだって」と、私のほうを指さす。

 玲はこちらを見て「おっ」という顔をした。耳から外した白いものをポケットに突っ込みながら歩み寄ってくる。

 なんだ。ワイヤレスイヤホンしてたのか。どうりで何度呼びかけても反応がないわけだ。


「どうしたの、希音。ってかよく私がD組だって知ってたね」


 私は廊下から一年D組の教室を覗き込んでいる。

 知っていたのではなくすべての教室を覗き込んで探したのだ。

 そんなことより、いまはもっと重要な話がある。


「ライブってなに? 重音部って?」


「あー」と玲が間の抜けた声を漏らす。

「アズラエルにも困ったもんだね、いきなりライブだなんて。でもまあ、重音部っていう名前はけっこう気に入ってる。私たちの音はどう考えても()音部じゃないもん。重音部、うん、悪くない響きだ」

 ぜんぜん困っていなさそうな口調に腹が立った。


「玲はどうしてそんなに平然としていられるの?」


「ジタバタしたところでなにかが変わるわけじゃないしね。ライブはいずれやりたいと思っていたから」


「私はやりたいと思っていない」


 玲が痛いところを突かれたという顔になる。


「頼むよ。昨日、私の歌、聞いたでしょう? デス声じゃ一曲通して歌い通せない」


「普通の声で歌えばいい」


「それだと、やりたい音楽と違うからパワーが弱まっちゃうかもしれない」


 パワー? 意味がわからない。


「やりたい音楽を思いきりやることでタイマリョクが強まるって、アズラエルも言ってたし」


「タイマリョク? なにそれ」


「悪魔を退ける力」


 頭の中で漢字を充てる。タイマリョクは退魔力か。


「悪魔ってなに? 全校集会のとき、アズラエルも悪魔祓いがどうとか言ってたよね。っていうか、なんでアズラエルが先生になってるの。そもそも玲はどうしてあんな怪しい男の言うなりになるわけ?」


「アズラエル」という言葉に反応して、女子たちの注意がこちらに向けられたのがわかった。いまやアズラエルは全校女子の憧れの的だ。最初はアズラエルを捕まえていろいろ質問しようと思っていたのだが、つねに女子生徒たちに囲まれていてとても話しかけられる雰囲気じゃなかった。


「ちょっと……外行こうか」


 玲に促されて廊下を歩き、下足箱の前を通って体育館に向かう渡り廊下に出た。グラウンドからはサッカーに興じる男子たちの声が聞こえてくるが、近くに人影はない。

 それでも誰かいないかきょろきょろ周囲を見回した後で、玲は言った。


「メタルって悪魔をモチーフにした歌詞とかジャケットが多いじゃない」


「知らない。そうなの?」

 つい昨日までヘヴィメタルという言葉すら知らなかった私には、騒々しい音楽という以外のイメージがない。

 ――あと、とてもかっこいい音楽。


「多いんだよ」と頷いてから、玲が続ける。

「アズラエルが言うには、あれってルアーみたいなものなんだって」


「ルアー?」


「そう。ルアー。うちのお父さんも釣りをするときに使ってる」


 そのルアーか。魚に似せたかたちをしていて、魚をおびき寄せるための道具。


「ようは悪魔っぽいモチーフで本物の悪魔をおびき寄せて、音楽にこめられた純粋な思いで悪魔をやっつける。だからメタルバンドには清廉な魂が求められるんだって。ブラックサバス、ジューダス・プリースト、アイアン・メイデン、メタリカにメガデスにスレイヤー、日本だとラウドネス、最近だとベビメタ。偉大なメタルバンドはずっとそうやって悪魔と戦ってきたらしい」


 開いた口が塞がらない。

 もしかして玲ってヤバいやつ?


「その話も、アズラエルが?」


 玲は頷く。


「信じてるの?」


 私の問いかけに、玲は視線を落とした。


「……バカだと思ってるよね」


「そんなことないけど」


「正直なところ、信じたいだけかもしれない。ってか、ぶっちゃけ嘘でもいいんだ。ずっとバンドやりたいって思ってたけど、メロデスやってる同世代がぜんぜんいなくて、家でシコシコギター弾いてるだけだった。学校でも話の合う友達がいなくてつまんないし、中退しちゃおうかなと思ってた。そんなとき、あの男がいきなり自宅の部屋に現れたんだ。ヘッドホンしてギター弾いてたからぜんぜん気づかなくて、気づいたら目の前に立っていて、最初は強盗かと思ったよ。慌ててヘッドホンを外そうとしたら、どういうわけかあいつの声が直接頭の中で響いた。学校を辞めるのはまだ早い、あなたにはやるべきことがある――アズラエルはそう言ったんだ。そして翌日には澪とヒナを紹介してくれた」


 玲が目を閉じ、両手を合わせた。


「お願い! 希音! 一緒にバンドやろう! ずっと独りでやってきて、ようやくチャンスが巡ってきたんだ。アズラエルは変だけど、悪いやつじゃない。希音が一緒なら、きっとすごいバンドができるし、なによりぜったい楽しい」


 お願い、と、最後の声はいまにも泣き出しそうに震えていた。

 D組の教室で机に顔を伏せていた玲の姿を思い出す。辞めようと思っていたなんて。


「でもいきなりは……曲だって知らないし」


「大丈夫!」と、玲は弾かれたように顔を上げた。

 ポケットから取り出したワイヤレスイヤホンを押しつけてきた。


「これ貸してあげるから、放課後までに曲を覚えておいて」


「え……」


「まずはアーチ・エネミーの『ネメシス』って曲をコピーする予定。動画投稿サイトで検索すればすぐに見つかるから。よろしく」


 くるりと背を向け、歩き去る玲の後ろ姿が見えなくなるまで、私はその場を動けなかった。

お読みいただきありがとうございます。

小説投稿サイトで初めて連載してみています。

ローカルルールがぜんぜんわかっていないので、不手際があったらご教授ください。

また高評価やコメントなどで応援していただければ励みになります。

よろしくお願いします。

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