第6話 才能の確認作業
※本作は現代日本を舞台にした
音楽×悪魔祓いの現代ファンタジーです。
火・木・土曜日の20時に更新します。
「なっ……なんでっ!?」
私は裸を見られないよう湯船に身を沈めながら、洗い場に立つ白ずくめの不審者に問いかけた。
不審者どころか、もはや変質者だ。
ちらりと視線を動かすと、アズラエルは白い革靴を履いている。
「靴ぐらい脱いでよ!」
我ながら見当違いの発言だけど、なにを言うべきかわからなくなるぐらい頭が混乱していた。
アズラエルは自分の足もとを一瞥し、顔を上げる。
「心配無用です。汚れることはありません。靴底はタイルに接触していないので」
「なに言って……」
白い革靴の足もとを凝視する。ほんのわずかだが、靴底とタイルに隙間があるように見える。見間違いかと思ってぎゅっと目を閉じたり開いたりしてみたけど、結果は同じだった。
とたんに背筋が冷たくなる。
「幽霊……?」
そんなはずは……。
玲と白石先輩と犬飼先輩はアズラエルと会話していた。アズラエルが幽霊だとしたら、そんなことは起こらない。いや、私は本物の幽霊を見たことがない。本物の幽霊は誰にでも姿が見えてコミュニケーションも可能で、普通の人間のようにそのへんを歩き回っているのかもしれない。だとしたら幽霊と人間の違いは……?
「幽霊ではありません」
あきれたように言われ、私はびくっと全身を震わせた。
また、心を読まれた?
白い変質者が面倒くさそうに金髪をかく。
「その通りです。奇跡でもないし、偶然でもありません。種も仕掛けもなんのトリックもありません。私はあなたの心を読みました。あまりやらないようにはしているのですが、なにせ事情が事情なもので」
「事情……」
私が引っかかった言葉については説明せず、アズラエルは続ける。
「なぜそんなことができるのかというと、私が大天使だからです。ただの天使ではない、大天使」
まだ言ってる。
「何度でも申し上げます。あなたが信じるまで」
ヤバっ。
「ヤバいでしょう?」
キモっ。
「さすがにそれは傷つきます」
本当に心を読まれている。私は恐ろしいほど整った変質者の顔を呆然と見つめた。どうすればこの状況から脱出できるのだろう。
「私は変質者ではありません。神に似せて作られただけの存在に欲望など抱きません。そもそも大天使である私に性欲などというくだらないものはありません。あなたが服を着ていようがいまいが、私には関係ないのです。接触にこの場を選んだのは、あなたが一人きりにになって話をするのに最適なタイミングだと思ったから――」
「お父さーーーん!!!!! お母さーーーーん!!!!!! 助けてーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!」
私が声の限りに叫んだ瞬間、アズラエルの目がぎらりと光ってハッとした。変質者を刺激してしまったようだ。
「もっとです! もっと!」
アズラエルが両手を広げて挑発してくる。
「早く出てって! 大天使だかなんだか知らないけど、お父さんたちに見つかったら警察に突き出されるよ!」
「上等じゃないですか! ほら! もっと来てください!」
「うちのお父さん、柔道で国体出てるんだからね! あんたみたい細っちいの、簡単に抑え込まれちゃうんだから!」
「まだ誰も来ていませんよ! もっと大きな声で助けを呼ばないと!」
両手で大きく手招きされ、違和感に気づいた。
私がお風呂に入ろうとしたとき、家族は浴室から出て廊下を挟んだ居間でくつろいでいた。さっきまではテレビの音声や両親の笑い声も聞こえていたのだ。
それなのに、いまはなにも聞こえない。
「お父さんとお母さんに、なにをしたの……?」
最悪の想像が脳裏をかすめ、すっと指先から体温が失われていく。
「なにもしていません。この空間を現世から切り離しただけです」
「は?」
「そんなことより、さっきの叫びを聞かせてくださいませんか」
変態。
「なんと言われようとかまいません。私はあなたの『声』を欲しています。他人からどう思われるかなど気にしない、本物の、心からの叫び声を」
「無理」
「どうしてですか」
「いくら呼んでも助けは来ないんでしょう」
完全に信じたわけではない。けれどやたらリアルな翼といい、突如としてこの場に現れたことといい、かすかに宙に浮いていることといい、居間の物音が聞こえなくなり、声を上げても誰も様子を見に来ないことといい、この男に超能力的な力がある可能性は否定しきれない。
アズラエルは残念そうに肩を落とした。
「まあいいでしょう。助けを求めるあなたの声を聞いて、私も確信しました。あなたにはデスヴォイスの才能があります。ポテンシャルだけでいったら、日本有数のヴォーカリストになれる才能を秘めています。もっとも、ポテンシャルが開花するかどうかは本人の努力次第ですが」
ありがとう、と言いかけて口を噤む。この状況でお礼を言う筋合いはない。
それなのにアズラエルは「礼には及びません。思ったことを言っただけです」と私の心の声に応じた。
「さっきも申し上げましたが、玲たちはきみに悪感情を抱いていません。むしろいきなり歌わせようとして申し訳ないことをしたと反省していました。明日の視聴覚教室でのリハーサルにいらしてください」
「どうしてそこまで……?」
「あなたがヴォーカルじゃなきゃやらないと玲が言っているのだからしかたがありません」
アズラエルは肩をすくめた。
「そうじゃなくて」と私は質問し直す。
「どうしてあなたは、そこまでして私たちにバンドを組ませようとするの。学校の関係者じゃないよね?」
「言ったでしょう。大天使です」
「大天使がどうして、私たちの学校に出入りしているの」
「出入りしたくてしているわけではありません」
噛み合わない会話にイライラする私にはおかまいなしに、アズラエルはこぶしを口にあててなにやら考えこんでいる。
「そうか……学校の関係者になれば、いろいろ動きやすくなりますね」
「そう簡単になれるわけない。先生になるには教員免許がいるし、都合よく募集だってしてないと思う」
「参考になる意見をありがとうございます。では明日、視聴覚教室で」
アズラエルの背中から翼が生える。
その翼が大きく羽ばたいたかと思うと、彼は目の前から消えていた。
同時にリビングからテレビの音声が聞こえ始める。
「現世」とやらに戻ってきたのか。
それとも――。
「夢……?」
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