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第5話 希音の一人反省会

※本作は現代日本を舞台にした

音楽×悪魔祓いの現代ファンタジーです。

火・木・土曜日の20時に更新します。

「やっぱムリだよぉ……」


 浴室に反響する呟きは、自分でもわかる。

 女の子にしては低い。

 この声を褒められたのは人生で初めての経験だった。

 玲、白石先輩、犬飼先輩、そして翼の生えた不審者。

 みんな私の声を求めてくれた。メロデスを歌うのに最適だ、天性だとまで言ってくれた。


 それなのに私は……。


 情けなさがこみ上げてきていたたまれなくなり、お湯に潜る。


 ぶくぶくぶく。


 記憶を消してしまいたい。

 それができないのならいっそこのまま溺れ死んでしまいたい。

 それなのにぎゅっと閉じたまぶたの裏に、数時間前の視聴覚教室での出来事が鮮明によみがえってくる。


     ★     ★     ★


 私は両手でマイクを握り締めていた。

 左には玲、右には白石先輩、背後に犬飼先輩を従え、正面のアズラエルと向き合っている。

 玲に勧められるがままにマイクを手に取り、ステージ中央――実際には視聴覚教室のカーテンがおりた窓を背にしているだけなのだが――に立つ。


「歌詞カードは?」


「ない。適当な音でスキャットして。ララララでもいいし、ヴォヴォヴォヴォでもいいし」


 そんな殺生(せっしょう)な。

 バンド初心者にたいしてあまりに不親切じゃない?

 すがるような目をした私に、玲はニカッと白い歯を見せつける。


「おためしのセッションだから、きちんとメロディーや歌詞を追う必要はない。私たちの音に合わせて、思いきりガナってみてよ。良いストレス解消になるんじゃないかな」


「そうそう。最初はヴォーーーーーーーッて叫んでみるだけでいい。セッションする中で感じたことを歌詞にしていけばいいし」


 犬飼先輩がスティックをくるくる回す。

 白石先輩に視線を移すと、「二人の言う通りだと思います。難しく考えることはありません」と微笑まれた。曲を演奏していたときの激しいアクションが幻だったかのようだ。さっきは初めて聴くメロディックデスメタルという音楽に圧倒されたと同時に、白石先輩の豹変ぶりにも驚かされた。演奏が始まると、彼女は大きく足を開くと腰を落としてがに股になり、頭をぐるぐると回転させた。長い髪の毛が円を描くさまは、さながら歌舞伎の連獅子のようだった。ふだん話しているときはほかのメンバーの発言に相槌を打ったり補足したりする程度でおしとやかな印象なのに、演奏しているときは明らかにいちばん目立っていた。


「んじゃ、いっちょやってみますか」


 玲が目で合図を送り、犬飼先輩がスティックでカウントを開始する。


「ワーン、トゥー、スリィー……」


 フォーを発声せずに、ドカンと音が爆発するような演奏が始まったのはさっきと同じ。違うのは、さっきは音のかたまりを真っ正面から受け止めたけど、今度は演奏を背負っていること。


 ドドドドドッ、ドドドドドッ、ドドドドドッ、ドドドドドッ。


 三人のメンバーがリズムを合わせてリズムを刻む。そのたびに音圧が腹に響く。三人で合わせているのでなく、まるで一匹の巨大な獣の足音だ。


 私は玲を振り返った。


 いつでもいいよ、という感じの頷きが返ってくる。


 犬飼先輩に視線を移す。


 真ん丸な期待に満ちた目と、視線がぶつかった。


 白石先輩を見る。


 一心不乱に頭を振り、自分の世界に入り込んでいるようだ。

 

 正面に向き直ると、腕組みをしたアズラエルが品定めするような遠慮のない視線を向けていた。お手並み拝見、と言わんばかりに、軽く首をかしげて冷たい笑みを浮かべる。イケメンだけどいけすかない。いや、イケメンだからこそいけすかない。


 やってみるか――。


 私は思いきり息を吸い込み、肺を空気で満たした。


 だけど息を吐き出すことができない。私は胸を大きく膨らませたまま固まった。


 その間も演奏は続く。三位一体で同じリズムを刻んでいたかと思うと、ふいに玲がメロディーを奏でたり、白石先輩と犬飼先輩がアドリブフレーズを入れたり、少しずつ変化を加わっているのがわかる。


 すっごく楽しそう。私もこの輪に加わりたい。


 そう思うけど、声を出すことができない。なにしろ小学校一年生以来、ずっと封印してきたのだ。家族以外に私の低い声を聞かせたことはない。この教室にいるメンバーは私の声を笑ったりしない。むしろ求めている。頭ではわかっているのに、身体が言うことを聞いてくれない。


 何度か深く息を吸い、静かに吐き出すことを繰り返した私は結局、


「ごめん」


 そう言って教室を飛び出してしまった。マイクを床に置くときのゴンッという音が、いまでも頭の中で反響している。


 明日から学校行くのきまずいな。同じクラスの子はいないから頻繁に顔を合わせることはないだろうけど、同級生の玲とは教室も近い。廊下でばったり、なんてこともあるだろう。どういう顔をすればいいのか。

 バンド加入を断るなら、せめてちゃんと断るべきだった。

 いや――。

 私はバンド加入を断りたかったのか?

 デスヴォイスという歌唱法を知り、これなら私にもできると思った。生まれて初めて、自分の低い声を活かせるシチュエーションに出会った。ありのままの自分を表現できる場を与えられたと感じた。

 私は嬉しかったのだ。

 マイクを握らされたのは無理やりではない。

 自分の意思でやってみようと思った。


 なのに……。


「気に病むことはありません。彼女たちはきみに悪い感情を抱いてなどいません」


 そんなこと言ってもさあ。


 …………。


 …………………………。


 …………………………………………………………………………。


 いま、頭の中に直接声が届いた?

 幻聴ではなく、すごくクリアに声が聞こえた。

 私は一糸まとわぬ姿でお湯に潜っているというのに。


 男の人の声だった。

 しかもその声には聞き覚えがある。


 嘘でしょ?


 思いきってまぶたを開くと、水面越しの揺れる視界に金髪で白スーツの男が立っているのが見えた。

お読みいただきありがとうございます。

小説投稿サイトで初めて連載してみています。

ローカルルールがぜんぜんわかっていないので、不手際があったらご教授ください。

また高評価やコメントなどで応援していただければ励みになります。

よろしくお願いします。

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