第2話 アズラエルという男
※本作は現代日本を舞台にした
音楽×悪魔祓いの現代ファンタジーです。
火・木・土曜日の20時に更新します。
「待って」と黒髪の女子が手を上げた。
「オーディションなんて必要ない。さっきのでわかったでしょう」
白ずくめの男がかすかに眉根を寄せる。
「たしかに。玲ちゃんの言った通りすごい声だった! オーディションなしで加入ってことでいいんじゃないかな。ねえ、澪」
ツインテールの女子が満面に笑みを浮かべる横で、お嬢さまっぽい女子がかすかに唇の端を吊り上げる。
「ヒナさんのおっしゃる通りです。さすが玲さんの見込んだ人物だと感服いたしました」
白ずくめの男が人差し指で頬をポリポリとかく。それからやれやれという感じで腰に手をあてた。
「彼女に素質があるのは認めよう。きみたちの言う通り、得がたい声質の持ち主であることは間違いない。だが海の物とも山の物ともわからない人物をいきなり正式メンバーとして迎えるなど――」
「わかってる!」と、黒髪の女子が男を睨む。
「希音は海の物とも山の物ともわからないわけじゃない。どういう子か、ちゃんとわかってる」
こっちはわけがわからない。いったいなにがどうなっているのか。黒髪の子が言った「さっきの」ってなに? 「すごい声」とか「玲さんの見込んだ人物」とか「得がたい声質」とか、たぶん私のことを話しているんだと思うけど、話の内容から察するにどう考えても私ではない。
「ちょっ……ちょっと待ってください」
私は両手を上げて置いてけぼりの議論に飛び込んだ。全員の視線が私に集中する。
「さっきからなんの話をしているんですか。たぶん人違いです。私には歌の才能なんてないし、バンドをやるつもりなんてありません」
「敬語はよしなよ。私たち同級生なんだし」
思いがけない角度から投げ込まれた発言に、私は思いきり挙動不審になってしまう。
「どどど、同級生なの?」
「嘘でしょ。信じられない」と心底あきれたように返され、少し傷ついた。
「だってまだ入学したばかりで、ほかのクラスの生徒の顔まで覚えてないし」
相手の学年なんてわかるわけない。
「でも私はわかるでしょ?」
黒髪の女子は切れ長の目を見開いて、見せつけるように自分の顔を近づけてくる。私は少し身を引いた。
「何組?」
「何組でも関係ない。私、よく見て。ほら」
彼女と見つめ合ううち、ふいに目の前の顔と記憶の面影が重なった。
「れ、玲!?!?!?!?」
やっとわかったかという感じで、黒髪の女子――鷹宮玲は長いため息をついた。
「気づくの遅いよ。久しぶり」
前髪をかき上げ、顔の左半分を持ち上げる皮肉っぽい笑みで、幼いころの記憶が濁流のように押し寄せてくる。
玲とは家がお隣さん同士で、幼稚園に入る前からよく遊んだ幼馴染みだった。当時は互いの家を日常的に行き来していて、自分には家が二つあると思い込んでいたほどだ。ずっと一緒に成長していくものだと信じていた。
しかし小学校に入る直前、玲は父親の仕事の関係でアメリカに引っ越していった。
「いつ日本に帰ってきたの?」
「中二のとき」
だったら連絡をくれれば。
そんな言葉が喉をつきかけたけど、私だって玲に手紙を書いたのは小学校一年生のときの二回だけだ。最初は寂しかったけど、小学校に入って新しい友達も出来、日常に追われるうちに幼馴染みの記憶も薄れていった。
「入学式のとき、希音を見かけてびっくりしたよ。ぜんぜん変わってないから」
幼稚園のころからまったく変わっていないと言われても、少し複雑だ。
「そういうわけで、バンドをやるならA組の黒崎希音をヴォーカルにしたいという鷹宮くんたっての希望があって、こうしてオーディションの機会を設けたわけだ」
歩み寄る白ずくめの男を牽制するかのように、玲は視線を鋭くした。
「だから言ったでしょう。オーディションなんかいらない。うちのヴォーカルは希音に決定だよ」
「バンドには相性というものがある」
「幼馴染みだよ。相性は最高に決まってるじゃない」
玲が肩を組んでくる。その行為自体に抵抗はないけど、いま繰り広げられている話題には違和感を拭いきれない。
「待って。バンドって……」
玲は私の話を無視して、ほかのメンバーを紹介した。
「彼女がベースの白石澪、そっちがドラムスの犬飼ヒナ。軽音部で一年間組んでただけあって、息ぴったりのリズム隊だよ。グルーブ感ヤバいって」
お嬢さまっぽい女子が白石澪さん、ツインテールのほうが犬飼ヒナさんらしい。
軽音部で一年間組んでいたということは、この二人は二年生なのか。よく上級生を呼び捨てにできるなあ。そういえば玲、昔からコミュ力お化けだったっけ。
どうも、と、二人の先輩に会釈をしてから、玲のほうに顔を向ける。
「玲。私、バンドは――」
「私は?」と、白ずくめの男が割り込んできた。
「なに?」玲が鬱陶しそうに顔を歪める。
「私はまだ紹介されていません。私がステージに立つことはありませんが、標的を探し、出演するライブハウスを決定するのは私です。私というマネージャー抜きにこのバンドは成立しません。私もこのバンドの一員です」
え? この人、マネージャー? 顧問の先生とかじゃなくて?
玲は不承ぶしょうという感じで、白ずくめの男に顎をしゃくった。
「マネージャーのアズラエル」
「アズ、ラエル……?」
渾名だろうか。それとも外国にルーツがあるのか。あるいは、マネージャーなのに芸名があるのだろうか。
紹介を受けた白ずくめの男は、自分の胸に手をあてて恭しいお辞儀をした。
「どうも。このバンドのマネージャーをつとめる大天使アズラエルです」
「天使……?」
「大天使です」
ただの天使ではないのだとアピールするように、アズラエルは「大」を強調して言った。
お読みいただきありがとうございます。
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