第10話 初ライブスタート!
※本作は現代日本を舞台にした
音楽×悪魔祓いの現代ファンタジーです。
火・木・土曜日の20時に更新します。
やけに騒々しくて、階段をのぼっているときから嫌な予感はしていた。
それ以上だった。
前方にある視聴覚教室には、いや、廊下にまで、教室に入りきらない生徒がひしめいていたのだ。
その周辺だけ異様な熱気に包まれ、お調子者の男子生徒が口火を切り、「重音部! 重音部!」とこぶしを振り上げる一団までいる。もはや学校ではなくライブハウスだ。
「やばっ……」
弱気の虫が顔を出し、引き返そうとしたそのとき、群衆の中の一人が私を指差した。
「おい! 黒崎が来たぞ!」
ひっ、と、私の上げた小さな悲鳴は、大歓声にかき消された。
「重音部! 重音部!」のコールが「ネーオ! ネーオ!」に変わり、いっそうボルテージを増す。逃げ出したいけど、ここで背を向ける勇気すら私にはない。見えないなにかに引っ張られるように、視聴覚教室に向かって歩を進める。
群衆が左右に割れ、私の進路を空けた。
「頑張って!」
「楽しみにしてるぜ!」
「ヘヴィメタル!」
肩や二の腕を叩いて激励されたり、メロイックサインを突き出されたりしながら、私は視聴覚教室の引き戸を開けた。
空気が薄い。
まず感じたのはそれだった。
机と椅子を教室の脇に寄せて出来た空間に、詰め込めるだけの生徒が詰め込まれている。そのせいで酸素が薄くなっているのだ。廊下に面した窓は開け放たれているのに、窓が白く曇っている。
「ほら! 道を空けろ! ヴォーカリスト様のお通りだ!」
男子生徒の一人が声を上げると、まず歓声が上がり、廊下のときと同じように進路ができた。
前方にはベースを提げた白石先輩と、その奥にドラムキットが見える。太鼓の隙間から犬飼先輩がひょこっと顔を出し、おいでおいでと笑顔で手招きした。
なんでそんなふうに笑っていられるの?
こっちは心臓が口から飛び出しそうだっていうのに。
……逃げたい。
だけどこの状況では、むしろ逃げ出すほうが勇気がいる。
歩幅をできる限り小さくするというささやかすぎる抵抗もむなしく、ものの十秒ほどでカーテンを下ろした窓際にしつらえられたステージへと到着してしまった。
赤いギターを提げた玲が歩み寄ってきたかと思うと、ぎゅっと抱き締められた。
「ありがとう。来てくれるって信じてた」
涙を懸命に堪えるかのような言い方に、私まで泣きそうになる。
「大丈夫。みんな、希音の声にびっくりする。きっと上手くいく。私たちが支えるから」
すっと心が軽くなる感覚があった。
私一人じゃない。玲、白石先輩、犬飼先輩が支えてくれる。
それにアズラエル――は、支えになるのかわからないけど。
アズラエルは自らがロックスターになったかのように、前に歩み出て両手を上げ、観客を煽っていた。
まあ、これだけ人が集まったのは間違いなくアズラエルのおかげだけど。
女子生徒たちのほとんどはアズラエル目当てだろうし、男子生徒たちはその女子生徒目当てなのだろう。
ひとしきり女子たちの黄色い声援を浴びた後で、アズラエルがマイクを手にした。
「みなさん、今日は記念すべき重音部の初ライブに集まってくださり、ありがとうございます!」
割れんばかりの歓声とはこのことだ。実際に廊下に面した窓ガラスがビリビリと共鳴している。
「我々重音部はヘヴィメタルで悪魔祓いをすることを目的に結成されました! 部員は清廉な魂を持つ、選ばれし者たちです!」
これにも大歓声。たぶんみんな本気にしているのではなく、そういう「設定」だと受け取っているのだろう。
「ヘヴィメタルは、その黎明期には悪魔の音楽として虐げられた歴史があります! しかしそれは誤った認識です! ヘヴィメタルは悪魔の音楽ではありません! 悪魔を祓うために人類が作り出した、退魔の音楽なのです! いまからそれを、この場で、彼女たちが証明します! 全身で音を感じてください! グルーブに身を委ねてください! 頭を振ってください! ヘヴィメタル!」
アズラエルがメロイックサインを頭上に掲げると、観客の興奮は最高潮に達した。
いまにも暴動が起こりそうな雰囲気に身がすくむ。
くるりと振り返ったアズラエルが、こちらに歩み寄ってくる。
手にしていたマイクを私に握らせ、言った。
「ぶちかましてください」
「でも歌詞とかうろ覚え――」
「大事なのは心です」
アズラエルはこぶしで自分の肩を叩く。
そういう問題か?
でももう後には退けない。
できる限りのことをやるしかない。
アズラエルが背を向け、玲のギターアンプの後ろに陣取った。腕組みをして、始めろという感じで顎をしゃくる。
私はメンバーの顔を見た。
玲は大丈夫という感じで頷き、犬飼先輩は満面の笑みを浮かべ、相変わらずクールな白石先輩は小さく顎を引く。
背中には大歓声の音圧。
やっぱり怖いよ。
いくらなんでも急すぎるし、せめてもうちょっと練習してから。
そんなことを考えていたのに、ふと顔を上げると両手に持ったスティックを高々と掲げた犬飼先輩がカウントを始めていた。
「ワーン、トゥー、スリィー……」
「え、嘘。ちょ、待っ」
演奏がスタートしてしまった。
犬飼先輩のシンバルに合わせて、玲が高速フレーズを刻む。
ジャッジャッ、ジャッジャッ。
キメの部分で加わってくる白石先輩のベース。
玲からワイヤレスイヤホンを渡されて以来、繰り返し聴いてきたイントロが再現され、かっこよさにゾクゾクする。
アンジェラ・ゴソウが恐ろしく凶暴な咆哮を響かせるのは、キメを四回繰り返した後だ。
いまは二回目のキメ。
もうやるしかない。
私は腹を括った。
三回目。
マイクを両手で持ち、息を吸い込んで肺に空気を蓄える。
四回目。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛アアアアアアアアアアアアアアァァァッ!」
溜め込んだ空気と一緒に声を吐き出した。
すると大歓声が沸き起こる。
え……これって、私の声への反応?
ずっとコンプレックスで、普段もあえて裏声に近い声で話すようにしてひた隠しにしてきた地声に、みんな喜んでくれている?
ちらりと玲を見ると、ほらね、という感じのウインクが返ってきた。
目の前がすっと開ける感覚。
思いきり叫んだことで、そしてその叫びを受け入れてもらえた安堵で、緊張はどこかに吹き飛んでいた。
私は正面を向き、歌い始めた。
耳で覚えた英語の歌詞はたぶん間違っているところもたくさんある。
でもオリジナルもデスヴォイスなのでなにを言っているかはっきり聞き取れるわけじゃない。
大丈夫。
だってみんな、こんなに喜んでくれている。
私はバンドを取り囲む観客の顔を見回した。
興奮にほんのり上気した顔、顔、顔。
なかには私の声に驚いて呆気にとられていたり、驚きを通り越して笑っている人もいる。
みんなをこんな顔にさせているのは、私たちなんだ。
私の声なんだ。
バンドって、楽しい……!!
そう思ったとき、ふと視界の端に黒い影がよぎる。
観客の中から、人のかたちをした煙が立ちのぼっていた。
煙は次第に濃度を増し、実体化してくる。
人ではない。
青黒い肌をして、頭から角を生やした赤い目の怪物だった。
お読みいただきありがとうございます。
小説投稿サイトで初めて連載してみています。
ローカルルールがぜんぜんわかっていないので、不手際があったらご教授ください。
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