第1話 いきなりオーディション
※本作は現代日本を舞台にした
音楽×悪魔祓いの現代ファンタジーです。
自分の声の低さに気づいたのは、小学生一年生のときだった。
国語の授業で教科書を音読させられているとき、少し離れた席の男子同士がひそひそと笑い合っているのに気づいた。
「こら、山口くん。なにを笑っているの」
担任の先生に叱られた山口くんは、こう答えた。
「だっておじさんみたいな声だから」
教室が爆発しそうなほど、どっと沸いた。だけど、私にはみんなが笑っている意味がわからなかった。
おじさんみたいな声?
どういうこと??
担任の先生は女性だったし、そもそも大学を卒業して二年目なのでまだ若い。お母さんよりお姉ちゃんに近い年齢だ。「おばさん」ですらない。
この教室には「おじさん」なんかいないのに。
真相に気づいたのは、唯一笑っていなかった学級委員の若杉さんからの一言だった。
「気にすることない。とっても個性的で素敵だと思うよ、黒崎さんの声」
数秒間固まった後、その言葉に含まれた同情の意味に気づき、顔から火を噴きそうになった。それなのに背中はひんやり冷たい。ぐわんぐわんと視界が狭まる感覚があった。いっそ気を失うことができたら、どれほど楽だったろう。
自分の声の低さに気づくと同時に、人生で初めての恋が終わった瞬間だった。
山口くんは、私の初恋の相手だった。
以来、私は意図的に高い声で話すようになった。みんなが思う私の「普段の声」は、実際には私の裏声に近い。最初は家族にたいする話し方も矯正しようとしたけど、急に甲高い声で話し始めた娘を心配した母から病院に連れて行かれそうになった。そのため自宅では普通に話し、外に出た瞬間にスイッチを切り替える。ただ、どうしても「素」が出てしまう瞬間がある。
いまがそのときだ。
なにしろ、視聴覚教室の引き戸を開けたら背中に翼の生えた男が立っていたのだ。
「げあっ!」
高い声を作る余裕もなく、低い驚きの声を上げていた。
男はいくつぐらいだろう。年齢不詳気味だけど、たぶん一年生の私より年上。純白のスーツに金色の髪、青い瞳。うっかり見とれてしまいそうなほど、顔立ちが整っている。
けれど私は彼の顔よりも、ゆっくりと開いたり閉じたりを繰り返す大きな翼のほうに意識を奪われていた。作り物にしてはえらくリアルだ。でも作り物じゃない翼なんてありえない。
だって翼を持つ人間など存在しないから。
いや、そうなのか――?
私が出会ったことがないだけで、一定数存在するのだろうか。文字通りの「鳥人間」というものが。
そんなことを考えざるをえないほど、彼の翼の質感や動きはリアルで、彼自身はそれを意識する様子もないほど平然とした顔をしていた。
「あ、来た来た」
男はにっこりと笑い、喜びを表すように翼を大きく広げた。
「ちょっと! 羽根が顔にかかってんだけど」
男の左隣に立つ黒髪の女子が、迷惑そうに翼を手で払う。
そう。この部屋には男以外に何人かの女子がいた。全員が私と同じ私立碑文谷学園の制服を着ている。ということは、この男は教師? でもこの高校に入ってから2か月になるけど、こんな人は見たことがない。
「おっと、すまない。感情が昂ぶるとつい空羽ばたきしてしまうんだ」
「なに空羽ばたきって。そんな言葉聞いたことにないんだけど。犬の尻尾じゃないんだから」
「犬の尻尾とはとても良い喩えだ。似たようなものだと理解してくれたまえ」
黒髪の女子は横目で男を睨んでいる。
ってか、普通に会話が成立している? 男に翼がある事実を普通に受け入れている?
やっぱり「鳥人間」は実在するのだろうか。
呆気にとられる私に、黒髪の女子が顎をしゃくった。
「早く入って。開けっぱなしだと苦情が来ちゃうから」
「あ……はい。すみません」
私は言われるままに部屋に入り、引き戸を閉めた。そうした後で自分の行動に疑問符を抱く。
「ごめんなさい。部屋を間違えたみたいです」
私は閉めたばかりの引き戸の把手に手をかけた。
「間違えていないよ」
黒髪の女子の声が飛んでくる。
私は背後を振り返った。
全身白ずくめの翼の生えたイケメンと、ショートカットの黒髪女子。ほかには長い髪をおろしたお嬢さま然とした女子と、背の低いツインテールの女子。イケメン以外の子はなんとなく見たことがあるようなないような。コミュ障で人見知りでなかなか友達を増やせない私だけど、さすがにクラスメイトの顔と名前はだいたい覚えた。クラスメイトではない。
「私が呼んだの」
黒髪の女子が立てた親指を自分に向ける。その口調はどこか得意げだ。
「いえ。私は担任の加賀谷先生に呼ばれて」
「私が加賀谷先生のふりをしたの」
「違います。校内放送のスピーカーで呼び出されて」
「だ・か・らぁ」と黒髪の女子は語気を強めた。
「スピーカーの声は私。私が加賀谷先生の声真似をしたの。すっごい似てたでしょう?」
似てた。
なんでわざわざ校内放送で? と思ったけど、その疑問に蓋をせざるをえないほどにそっくりだった。視聴覚教室に呼び出すぐらいだから、きっとほかの生徒には聞かせられない用件なのだろうと、重い気持ちで引き戸を開いたのだった。
だけどいまは物真似の完成度を褒める気にはならない。大事なのは、彼女たちがなんの用で私を呼び出したかだ。
「なんで私を……?」
教室にいた全員が、意味深な目配せを交わし合う。
私にだけわからない暗号が飛び交っているようで、とても居心地が悪い。
やがて白ずくめの男が一歩、こちらに足を踏み出していった。
「オーディションだよ」
「オーディ、ショ……ン??」
「きみのヴォーカルがこのバンドに相応しいか、たしかめさせてもらいたい」
嘘でしょ……!?




