バヌアツ高級牛の牛タン
しいな ここみ様主催『冬のホラー企画4』参加作品です。
俺がS大学の学生寮である若竹寮のロビーに入ったところで、日直の寮生から声を掛けられた。
「革本、ちょうど良かった。多良沢さんから北1宛にクール便とか届いてるぞ。またバヌアツ牛か?」
「え?マジ?ありがとう、持ってくわ」
多良沢さんというのはこの寮のOBだ。
卒業後、墨野畜産という畜産系の会社に就職したのだが、なんとこの春に転勤でバヌアツに飛ばされた。
俺はバヌアツなんてバンジージャンプの起源となった儀式があることくらいしか知らなかったが、実はあの国は高級牛肉の生産地でもあったのだ。
その多良沢さんは、月一回のペースで現地の牛から採れた肉を送ってくれる。
さすがに現地から直接寮へ送るのはまずいらしく、一旦輸出して墨野畜産で加工なりしてから北1宛に送られるという方法をとっているが。
あ、ちなみに『北1』というのは俺の住んでいる北棟1階の略称だったりする。
台車で荷物を北1へ運ぶとわらわら寮生が集まってきた。
「おっ、多良沢さんからか」
「うおー!、牛タンスライス!焼肉パーリーやー!」
「こっちは牛タン丸ごと10本冷凍で入っとるー」
クール便じゃない方の箱には
「こないだメッセで言ってた高級レトルト入ってる!新開発牛タンシチュー!」
そして誰かが叫んだとおり、テラスで火をおこして焼肉パーリーが始まった。
ビールやらコーラやらで乾杯し、ガンガン肉を焼く。
「旨え!」
「そこらの焼肉屋の肉よりクラス高くね?」
「シチューも温めたぞー」
「レトルトなのにめっちゃ旨くないか?」
「いやホンマ高級店で出していいレベルやで。俺が保証するわ」
「関西人が言うなら間違いないな」
一通り飲み食いして少し場が落ち着いた頃、俺は隣室の先輩で獣医学科の加谷間さんがテラスの隅でスマホを覗いていることに気づいた。
加谷間さんは生真面目で非常におとなしい人なのだが、何故か俺とは気が合ってよく話をしていた。
そんな加谷間さんだが、今は心なしか眉根を寄せてスマホを睨んでいるように見える。
「加谷間さん、何してんですか?」
「ん、ああ、革本か。肉の感想を多良沢さんに送ってた」
最初に肉が送られてきたとき、多良沢さんからメッセージで
「食ったらできるだけ感想を書いてくれないか。消費者の声を反映させたい会社の方針なんだ」
と頼まれていたのだ。
「で、今回なんか味に不満あったんですか?俺は旨いと思いましたけど」
「味?いや、俺も旨いと思ったぞ」
「その割になんか難しい顔してませんでした?」
「ああ、そういうことか。いや、ちょっとこれ見てて気になってな」
そう言うと俺にスマホの画面を見せてくる。
加谷間さんが見ていたのは多良沢さんのSNSに載ってた画像だ。
そこには作業着に作業エプロンの多良沢さん。
そしてその左側、腰の辺りに正面を向いた牛の頭が写っていた。
画像が暗いのでよく分からないが、牛の胴体は写ってないようだ。
恐らく作業台かなにかの上に切り落とした牛の頭を乗せているのではないだろうか?
多分俺達に送られてきた牛タンの一本はこの牛からとられたものだろう。
普通のSNSにこんな画像を乗せたら炎上間違いなしだが、このページは鍵付でパスワードを知ってる特定の人間しか見ることができない。
そして俺達は畜産系の学部に所属する学生だ。
動物を可愛がったり世話をしたりする一方で、その動物を実験の被験体としたり屠殺したりすることには割り切りがある。
なのでさっきの画像を見ても特に嫌悪感など抱かないし、そこは加谷間さんも同様なはずなんだけど。
「薄暗くてよく見えないんだが、ここら辺に少し写ってる頸の部分。なんか体毛が無いように見えてな」
と、加谷間さんは牛の頭の下辺りを指差した。
「確かに毛が生えてないように見えますね。これ
原因なんですか?なんかヤバい病気だったりします?」
「うーん、栄養不足には見えないし。脱毛の原因としてはダニやシラミ、白癬菌なんかが考えられるかな?」
「うげ」
「変わったところではビタミンAの過剰摂取って可能性もある……いずれにせよ肉質に影響するほどのものじゃなかったんだろうが、イメージは良くないな。見る人間が限られてるとはいえ、画像差し替えた方がいいですよってメッセ送っておこう」
「それが良さそうですね」
それからしばし飲み食いしてその日は解散となったのだが。
◇◆◇
「加谷間さーん?いらっしゃるんですかー?どっか具合でも悪いんですかー?」
翌日の夕方、俺は加谷間さんの部屋の前にいた。
さっき加谷間さんの同級生に会って
「加谷間の奴講義休んでたけどなんかあったのか?」
と聞かれたのだ。
加谷間さんは講義をさぼるような人ではないので、体調を崩している可能性が高い。
ということで様子を確認にきたのだ。
と、
「革本か……具合は良くはないが……まあ部屋に入ってくれ」
室内から返答があったので室内に入る。
「お邪魔しまーす。うわ!?加谷間さんどうしたんです?」
そこには昨日より明らかにやつれた加谷間さんが椅子に腰かけていた。
机上にはウイスキーの入ったグラスがある。
「……革本には話しておこうか。まずは多良沢さんのアカを確認してみてくれ」
「はあ。あれ?アカが消されてる?垢バン?」
「恐らく多良沢さんが自分で消した。原因は俺だろうな」
「え?」
「ついでに言うと墨野畜産のホームページも閉鎖された」
「はあ?」
「昨日あの後に気づいたことがあってな。その件で質問のメッセを送った」
「そんなことで?気づいたことってなんです?」
俺の疑問に加谷間さんは自嘲するかのような歪んだ笑みを浮かべ、机上の本を開いて牛の側面解剖図が載った頁を見せてきた。
「仮にも獣医学科の者がこんなことにすぐ気づけなかったとは……って話なんだがな。もし牛の頸を斬って、顔が正面を向くように台に乗せたら、頸部は頭部の後ろにあるはずなんだ。あんな人間の生首のように頸が頭の下に見えるはずがない」
「え?あ!」
言われてみればその通りだ。
「じゃああれって頸じゃなくて台座かなんかだったとかですか?いや、でも生物っぽかったような」
「昨夜再度確認したが、俺にもアレは動物の肉体部分に見えた」
「じゃあ一体?」
「俺達が見たもの、そして俺達が食っていたものが牛じゃなかったとしたら辻褄が合う。だから多良沢さんに確認したのさ。『俺達に送ってくれてるのは牛じゃないですよね?』ってな」
加谷間さんが言ってることに理解が追い付かない。
「牛じゃなかったら一体なんなんです?」
「……なあ、なんでこれまで送られてきたのが『牛タン』だけなんだと思う?牛を解体したらロースだってバラだってサーロインだってとれるだろ?」
「え?はあ」
「それはそいつが頸から上だけが牛だったからじゃないのか?」
「まさか」
「会社名の墨野。これが『ミノス』のアナグラムなのは偶然なのか?」
「ミノス?」
「ギリシャ神話に登場する頭が牛で身体が人間の怪物、ミノタウロスを迷宮に住まわせてたクレタ島の王の名さ」
「い、いや、いくらなんでもそんな。ウチの寮生でもバヌアツ旅行に行って普通に帰ってきてる人もいますし」
「多良沢さんが飛ばされたのは別の世界線のバヌアツなんだろう。もうそうとでも思うしかないな。俺が気づいたことっていうのは以上だ」
そこで加谷間さんは一息ついてグラスの中身をあおるように飲む。
「正直、前から薄々感じてはいたんだ」
「え?」
「多良沢さんが載せてた画像の牛、いや彼らの目。人間みたいな知性や、殺される恨みの感情が見えるようで気になっていた。気のせいだと自分に言い聞かせていたんだがな」
「……それは俺も感じることはありました」
「そうだったか……さ、革本も飲みな。今日は飲んであの目を忘れよう」
当然だがそれ以来、寮に多良沢さんから牛タンが送られてくることはなかった。
◇◆◇
転移もののファンタジーなどを読んでいると、主人公にもいろいろなタイプがいる。
例えばモンスターを食うことに抵抗があるタイプ、抵抗がないタイプ。
で、俺はどうやら後者タイプだったらしい。
あれからあちこちに当たって多良沢さんの別の連絡先を突き止めメッセを送った。
『俺は牛じゃなくても構いません』
と。
さすがにまだ加谷間さんのいる寮には送りにくいだろうと俺はわざわざアパートに引っ越した。
え?「お前も彼らの知性や感情に気づいていたんじゃないか」って?
それがどうかしたかい?
多良沢さんからの返答によれば今日あたりになるであろう牛タンの到着を、今か今かと俺は待ちわびている。




