第二話 ABJ(アルティメットブラックジャック)
チュンチュンッ チュンチュン_________
「...う"...うぅ"...」
[ガコッ!ガコッペカッ!テッテレレッテッテッ!]
「が...う...やめろ....」
「ぎ、ぎもちわる...ッ」
ガバッ
ダッダッダッダッ_________
「ごぇ...ッ、ぼぐぇあ....ッ!」
朝、起きたら私はトイレで吐いていた。
真っ白い便器に向かって固形と液体の混じった茶色の何かを吐いていた。
...あの昨日の筐体のせいだ。
ビカビカに光った777とバカでかい音量のせいで、寝ている間もフラッシュバックして頭が痛い。
昨日寝る時も、レーナとレストランで食事をしている時も、ずっと頭に鳴り響いて仕方なかった。
「クロズコップ様...?どうなされたんですかッ」
「まさか昨日のお酒で...」
違う。
レストランでの飲酒のせいではない。
レーナが背中をさすってくれるから、また吐いた。
私がそこから持ち直したのは20分後だった。
朝、静まり返ったテーブルに座り宙を眺める。
暖かい香りがした。
レーナがホットミルクを入れてくれたんだ。
ホットコーヒーでもカフェラテでもなく、ホットミルクだ。
何処か安心して、次第にあってない焦点がまとまってきた。
「クロズコップ様...大丈夫ですか?」
「あまり近寄らない方がいい」
「ゲロ臭い」
「いえ...今更そんなこと言わないでください」
「一体何があったか教えてください」
「...」
「幻覚さ」
「...幻覚?」
「あなた、また後遺症がっ」
「いや、いや違う。それじゃない」
そうかもしれない。
私の戦争後遺症は今も生き続けている。
そんな人間がギャンブルの中毒になるってのも珍しくない話だ。
ただ、そうじゃないと今はレーナに言う。
「なぁレーナ...もしゲロ臭くないって言うなら、抱きしめてもいいか」
「...えぇ」
ぎゅっ
彼女の体はミルクよりも特攻性があった。
暖かくて、かつ体から発するシルクのような匂いが私を落ち着かせる。
解毒剤、というより生命を宿した御守りと言った方が優しい。
「クロズコップ様...私、不安です」
「...」
「心配ない。大丈夫」
「今日の仕事は...なんだっけ」
「午前9時からロックスマンホテルで株主総会、13時からアンガーマン様のメルセデス300sel6.3のエンジンオーバーホールの予定が」
「くぁ...あ"あ"あ"ぁ"ぁ"...」
無論、そんなビンテージ車のエンジンオーバーホールなんてどれだけ時間がかかるか分からない。
いつ帰れるか、そんなのも...分かるはずない。
「クロズコップ様...今日はお休みになられますか...?」
「...あー、ダメ。彼はお得意様で株主総会も欠席できない」
「...行ってくるよ。今日は遅くなるかも」
「...そうですか」
「もし具合が悪くなったりしたら、絶対連絡してくださいね?」
「あぁ。ありがとう」
彼女の頬を優しく撫で、私は身支度をして家を出た。
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ガキーン、ガキーン、ガキーン、ガキーンッ_________
300sel6.3のエンジンを分解する。
薄暗いガレージでただエンジンをハンマーで分解する音だけが空間に木霊する。
私は蒸し暑くてタンクトップ1枚になっていたんだっけ。
そんな意識もかき消されそうな熱気の中、私と補助員のロイターは1時間も作業をしていた。
「ぺズさん、復元した部品この箱の中に入れときましたんで」
「あぁ、どうもッ!」
ロイターは銀と黒のメッシュの2年前に入社した女の子だ。
21歳なのに機械に精通していて、部品の復元まで担当している優秀な子だ。
ただ鋭い目つきが玉に瑕。
"接客に影響する"と彼女自身悩んでいる。
「(内部まで相当傷んでる...全部ばらしてサビ全部落としてまた組み立てるしかない)」
「(幸いにもパーツはロイターが作ってくれた)」
「(後は...やるだけだッ)」
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__________6時間後________
「あ、ぶぁ...ロイター...他に作業は...?」
「いえ...はぁ...はぁ...後は依頼主への契約完了を伝えるだけです...」
「ゔ...ふ...そうか...」
エンジンを車体にようやく載せた私らは汗まみれで床にぶっ倒れてた。
最後まで付き合ってくれたロイターには感謝しかない。
「なぁ...ひとつ聞いてもいいか...?」
「はぁ...なんですか...は...っ」
「風呂。好き?」
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ジュワァァアアア...
「あっづ...ッ、あっつぅ...」
「ぶっはは...ッ、公衆浴場は初めてか?」
「ば、バカにするのはやめてください!ドイツ人がサウナ入ったことないなんて...!」
「あー悪かった。つい可愛くてさ」
「やっぱ疲れた時にはこれだよこれ。風呂風呂」
「...」
「その...ぺズさん」
「あ?」
「前々から聞こうと思ってたんですけど、ぺズさん」
「その傷って、普通に出来たものじゃないっすよね」
「普通って...いやいや、あのなぁ」
「これは仕事中のだよ。数年前ランボのディアブロのレプリカ制作依頼された時、事故で」
ロイターは私の全身についた傷をまじまじと眺めてくる。
彼女と風呂に入ったのは仕事柄初めてでは無い。
しかしまともに働く後輩の女の子に、"昔傭兵やっててその時にできた"なんて口が裂けても言えるわけが無い。
こんなとこで野暮な過去を打明かす必要性もあるまい。
「...聞かせてくれないんすね。その傷のことだけは」
「...でも、私はその傷のことひっくるめて、ぺズさんかっこいいと思います」
「...」
「私、ぺズさんに憧れてるんです。自分で自動車整備工場立ち上げて、それにビンテージ専門の」
「仕事に粗がないし、従業員にも優しいし。体傷だらけでも努力するぺズさんみたいになりたい」
「なんか、実力派アウトローって感じでほんと憧れてます」
「...」
「そんな真剣な表情で言われても何も出ないよ」
「私はただの一般人。君もただの整備工場で働く一般人」
「みんな、そんなアウトロー映画の主人公にはなれないんだよ」
「でも、ぺズさんは...!」
「お前はまだ若すぎる。人ってのは友人や知人に自分をよく見せようと取り繕って生きているんだ」
「そんなふうに簡単に惚れたり憧れたりしてたら、いつか"そいつの見ちゃいけない部分"って言うのを見て失望する」
「それだけは肝に銘じておいた方がいい。結局一番信頼できるのは」
「自分しかいないんだよ」
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_____そう、結局憧れなんてものはただの他人か自身の作り出した偶像なのだ。
仕事終わり、風呂で体を清めたその足で私は裏カジノへと足を運んだのだ。
「(ごめんロイター)」
「(私はお前の思ってるようなかっこいい大人じゃないんだよ)」
仕事終わりにパチ屋に行って金を使うサラリーマンと変わらない。
ギャンブルにハマるってのは勿論かっこいいとは言えないんだ。
ガチャッ
「_______Willkommen、ぺズー」
「...ふん」
ギフトだ。
相変わらずえげつないピアスの量。
また頬に手を当て、悪どい顔でまどろっこしい話し方だった。
「なになに、またスロットうちに来てくれちゃったわけ?単純過ぎてかわい〜」
胸ポケットから紙タバコを取りだし火をつける。
「...へぇ。じゃあ前のは"仕込みだった"って認めるわけか」
「久しぶりに来た客にバカ勝ちさせて、後は搾り取るパチ屋の常套手段。単純なのはどっちだよ」
「ひとつ言えるのは、苦労しないで一瞬にして大金を手に入れてしまった経験をするとどんな人間でもまたパチ屋に来るってこと」
「孫のいるジジイ、ババア、未成年のガキ、サラリーマン。年齢世代問わずバカ勝ちした客はもれなくそのパチ屋の構造って歯車の一部に組み込まれる」
「それはなぜか。簡単だ。客は"真面目に働くのが馬鹿らしい"、"打てばまた勝てる"、てことしか考えられなくなる」
「要するにカジノ施設ってのは客の脳味噌バカにしてんだよ。心の弱い者程依存し、取り込まれる」
「...」
「君はそうならないことを祈ってるよ。ぺズ」
肺にたんまり溜め込んだ主流煙を喉から吐き出す。
「それで、今日は何が空いてるんだ?」
「ん」
ギフトは後ろのA4サイズのポスターに指をさす。
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▅▅ブラックジャック新台導入!!一台限り!!▅▅
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「...なんだ、一台限りだったらもう座れないじゃないか」
「どうせスマスロってやつだろ?」
「正解。でももう前任者は辞めたらしいよ?」
「なにせこのABS。稀に見る激荒台でね。設定6でも勝率は約60%らしい」
「これが今日のデータ」
タブレットを渡され、その台のスランプグラフを確認する。
...が。
「...おいおい」
嫌なグラフだった。
朝イチ、600gのリセット天井に到達した後1100枚放出。少しプラスになったかと思えば更に100gでレギュラー当選。200gのレギュラー。上がり調子で高設定を掴んだかと思えばその後1000gまでハマる。出玉を飲まれやっと到達した天井だったが単発で駆け抜け。マイナス1500枚程吸い込んで前任者は席を立った。
それがグラフに記された厳しいデータだった。
「絶対低設定だろ。私は打たないから」
「よくこんな台紹介できたな」
「いやそれがさぁ。このサブ液晶見てよ」
「今回からダイスチェックっていう、150gに到達すると液晶タッチで天井や設定の示唆が見れる昨日が追加されたんだけど」
「ほら、これ。6確じゃない?」
タブレットからその"ダイスチェック"の画面が映し出されている。
恐らく監視カメラの映像だろう。
2つの赤いサイコロが6と6でゾロ目になっている。
確かに、これは設定6確定の示唆かもしれない。
「...」
だが油断はできない。
私はスマホを取りだしてその画面について調べた。
...確かに設定6確定と書いてある。
「...」
「悪いけど他の台も見てからにする。ホール見させてもらうぞ」
「はいはい、お好きにどうぞ〜」
「でも今日はマグラーシリーズは全台埋まってるよー。奇跡的に吸われても、激ハマリした後だろうね」
「...」
ジャラララララッ
カツ カツ カツ カツ...
「...ッ」
私の目に映ったのは確かにマグラーシリーズが全台座られている光景だった。
しかも機械割が良いのか合成確率が150以下。
「(...マジか。じゃあ今日打てるものはあるのか?)」
Aタイプに空きはない。
空いてるとしたらスマスロ、ABJのみである。
「...」
「(落ち着け...あいつに上手く誘導されてる。私が大金を失わずに帰れる最も適切な行動)」
「(それは__________)」
カツ カツ カツ カツ________
ドサッ
私はABJの席に座った。
「あれ、ぺズちゃん座ってくれたんだねぇ。ありがと〜」
「メダルに交換だ。ただし50ユーロで。レートは20円」
「(ゾーン確認だけして早めに切りあげる。これなら低投資で私の欲求も満たせる最善の手段)」
今日は少額でも勝つ。それだけだ。




