第一話 Muggler(マグラー)
_______プルルルル プルルルル
快晴の中、女は湖のほとりにあるベンチで水面をただ漠然と眺めていた。
辺りは車の排気音や人の話し声などせず、ただ時たま水面がポチャンと揺れ、耳障りのいい空間が広がっている東ドイツの人知れぬ湖。
そんなとこにずっと黙って座っては、水分補給に訪れたシジュウカラの鳴き声に耳を溶かしていく。
私は、ズボンの右ポケットに入ってるスマホなんか気にならないくらいきっと思い詰めていたんだ。
プルルルル プルルルル________
...恐らく愛人のレーナが、また私が何も言わず休日の朝から外をほっつき歩いていることを咎めるために電話をかけているのだろう。
ただ、今日は少し変な気分なだけだった。
私、クロズコップ・ぺズーへは2年前のあの事件のことを思い出しては1人になる癖がついてしまった。
草間フキとペシューコフ・ガチャの自殺、シグレによる人体実験、部隊の解散。
あの数奇な短い期間のせいで私は朝スッキリ起きれなかったり、食欲が湧かず自分の事業に集中出来なかったり、胃腸が弱くなったりしたんだ。
きっとそれは間違いない。
どうにかして打開策を考えなくては。
この鬱屈しきった状態から抜け出して本調子を取り戻さなければレーナにも負担をかけっぱなしにしてしまう。
私が変わらなければ...だがどうやって...
「...」
ピュンッ
ボチャンッ
「_________ッ!」
一瞬。
視線の先が光って、私の片目を潰した。
いや...あれは湖の魚が飛び跳ねて日光と重なったのか。
太陽の光が鱗に反射して、その綺麗な自分の鱗を私に見せつけるように飛び跳ねた。
その時、私の脳内に片方の眼球を通じて一筋の稲光が飛び込んできた。
「_____そうだ_____パチスロ打とう__」
_______________________
ガチャッ
『いらっしゃいませー』
『ん、珍しいお客さんだねぇ』
とある廃ビルの地下にて、私は冷えきったサビ付きのドアを開いた。
その先に、ピアスまみれのバニーガールが受付のようにテーブルに肘を乗っけて気楽に挨拶をしてくる。
この女はGift。
英語では贈り物って意味だが、ドイツ語では劇物って意味だ。
勿論本名ではない。
「久しぶり。またピアス開けたのか?」
「ん、セイカーイ。舌と耳に追加したんだ。イカしてるでしょ?」
ギフトは長いベロを私に見せる。
銀色の丸い玉が並んで光って見えたが、私は違うとこが気になって視線がズレた。
彼女は髪を染めない。
最初に会った5年前から黒髪から変わることがない。
ピアスはバンバン開けるくせに、タトゥーも彫る気配もない。
それと変わらないのは、柔らかい顔つきなのに何か邪悪な雰囲気を感じ取っているのは私だけか?
「...」
「相変わらずその悪そうな顔つきだけは変わってないな」
「あ"?喧嘩売ってんのか?」
「(まぁ闇カジノ経営してて、客からしこたま搾り取ってる奴なんか善人なわけないか)」
「いや、1年ぶりに会ったけどなんも変わってなくて安心しただけ」
「今日は何があるんだ?」
「あー...今日は新台スマスロ(スマートスロット)が全部埋まってるから、今空いてるのはAタイプになるね」
「Mugglerシリーズは一応全部空いてるよ」
「gogo?」
「ゴーマグも四台全部空いてるよ。好きなの座りなー」
「あぁ。400ユーロメダルに変えてくれ。レートは日本基準20円で」
「りょーかい」
「毎度どうも。Willkommen、ぺズ」
ジャラジャラジャラジャラ________
▅▅ 交換中 ▅▅____△____▅▅ 交換中 ▅▅
_______________________
「久しぶり。会いたかったぜ」
スロットマシン筐体に必ずいるピエロに挨拶する。
ちなみにコイツは所持金をいくら吸い込んだか分からないため私はクソピエロと呼んでいる。
今日こそこのクソピエロから万枚吐き出させてやる。
デロ デロデロデロデロッ
テッテレレッテテッ
メダルを投入し黒いレバーを叩く。
「...」
「(やべぇ...もう楽しいじゃん...)」
わずか2年ぶりのゴーマグ。
もはやレバーを叩くまですら楽しいのだ。
ゴーマグの設定1でのボーナス確率はおよそ150分の1。
だが開始1ゲーム目でゴーゴーランプ(当たりを知らせるため筐体に付けられたランプ)を光らせたら、"うっわぁ...やばぁ..."となるのである。
2年越しのレバーオン。
私は緊張しながら停止ボタンに指を迫らせた。
テロン テロン テロン
「...」
が、ゴーゴーランプは光らない。
「(まぁ...流石にそんな豪運持ち合わせてないか)」
「(持ち合わせてたらきっと、フキもガチャも助けられてた居たはずなんだ...私は)」
嫌な思い出だ。
第3停止を離してランプが光らないと突発的な喪失感に襲われる。
別に当たったところで大した金額にもならないが...すごく気分が悪くなる。
今の状態でそんなの食らったら、c4爆弾で自殺した友達のトラウマを嫌でも思い出してしまうんだ。
あぁ、やっぱ"持ってないな"って。
「...」
「もうやめてもいいな」
せっかく来たが、私にはこいつを光らせることが出来ない気がしてきた。
こんなことに時間を使うよりバイクでも乗った方が気晴らしになる。
あぁ...やめよ。
ギフトには申し訳ないけど、メダルを片付けて撤収することにした。
ピタッ
「...」
いや....ちょっと待て。
なんだ?リールも回ってないのにインサートランプが発光してない。
これは___________
カチッ ペカァ
________3秒間フリーズだ。
「う"っ...」
血管という血管に急速に血が巡り始める。
それは正に発作のように苦しくなって、やがて時間をかけて落ち着いてきて、快感を私にもたらした。
...7を揃えよう。
落ち着いて、1回で目押しを成功させることができるか分からないが。
トン トン トン
鮮やかな7揃い。
問答無用のビッグボーナスだ。
_________ジャラジャラジャラ
やばい。
左手が震え始めた。
2年前フキとマグラーを打った時の記憶が呼び起こされている。
初めて当たって、ランプが光って、唐突なボーナス獲得を宣告されたあの時の記憶が、強制的に体が思い出したのだ。
「(バカ、これじゃ病気だろうが...!)」
獲得枚数が280枚に達し、そのボーナスを取りきった私は落ち着くために左手を右手で押さえつける。
その時震えが止まらなかったから、全身が振動しているのに気がついた。
「(ここでやめれば約27ユーロ(5000円)...レーナにケーキを買って帰れる)」
「(正直マグラーは調子に乗って打つと...持ちメダル全て飲まれる。ここで絶対にやめた方がいいんだ)」
「(やめる...今日は勝ちで〆だ...)」
「...」
「...1ゲームだけ...1ゲームだけ回してやめよう」
デッデレレッデッデ
テロン テロン テロン
「...ッ」
ドクッ ドクッ ドクッ ドクッ________
加速する心拍数を堪えながら、私は第3停止離した。
__________ベカァッ
「...ッッッッ!!!」
ゾワゾワゾワゾワゾワ_________ッ
ドクッドクッドクッドクッドクッドクッドクッドクッ
テロン テロン______________
「(7が揃えば損失なしのボーナス...揃えばケーキ以上の...っ)」
テロンッ
ジャージャージャッジャジャジャッジャッ
[いらっしゃいませー、いらっしゃいませー]
「ビッグ...ボーナス...」
プラス280枚の上乗せ。実質的な1g連。
この時高設定を確信した私はここから2時間この台をぶん回し続けた。
_______________________
ジャラジャラジャラ_________
「おー随分と出したねぇ。軽く2500枚は行ってるんじゃない?」
メダル計測機に肘をかけながらその様子を眺めているニヤケ面のギフト。
2500枚。
ユーロ換算でおよそ270ユーロ。
ケーキどころかレーナと1ヶ月分の食費程だ。
つまり、私はちょっとどころか裏カジノでバカ勝ちしてしまったということだ。
「...」
私は知っている。
これは喜ぶべきことではない。
むしろ地獄の始まりなのだ。
こうやってバカ勝ちした時の記憶だけ脳に残り、またその時の快感を得るために更にこのカジノに足を運ぶ頻度が増える。
それを狙って顧客獲得のためにギフトは私をバカ勝ちさせたのだ。
「狙ってたな。上手くはめられたぞ、ギフト」
「はぁ?何言ってんだ?」
「まさか、お前イカサマしたとか言うんじゃないんだろうな。勘弁しろよ」
「...実はさっき喫煙所行った時に聞いたんだよ、私の打ってた台の前任者に」
「挙動が全く違うらしいじゃないか。私は明らか高設定並みのぶどう確率に、チェリー重複によるボーナス当選確率」
「前打ってた爺さんはさながら設定1並の機械割だったらしいぞ」
「...く、ははっ」
「_____ぺズ。それ以上はやめとけ」
「...」
こいつの背後には犯罪組織がいる。
最も、独立してここを経営するまではその組織に所属していた。
犯罪組織に絡まれるのは面倒だ。
別に私が巻き込まれても簡単に組織ごとぶっ潰せるだろうが、レーナや彼女が支援している孤児院に被害が及ぶことには許容できない。
こいつらはロクデナシな上に恨み深い。
相変わらずクソみたいに醜い連中だ。
「別に深入りするつもりは無い。お前の背後を誰が守ってるのかも私は知ってる」
「だが二度と私の座ってる台に余計なことするな。機械割上がったとしても、クソほど嬉しくねぇんだよ」
「次やったらお前の背中を守ってる組織ごとぶっ潰す。私のこと知ってるなら、これがどういうことか分かるだろ?」
「...」
「...どうなんだ?」
「...」
「そもそも私は台の操作なんてしていない。前任者がタコ負けしたってのも、それは運の問題だ」
「ただまぁ...もう今日みたいな幸運はお前に訪れないだろうな」
「...ああ。そうだ」
「それでいい」
ジャラジャラ...
換金が終わり、微笑んだ表情のギフトは私に217ユーロを渡した。
「じゃ、またご贔屓に。傭兵さん」
「あぁ、またな」
ギィ...バタンッ
地上への階段を登り切り、錆び付いた正面ドアを開けて外に出る。
相変わらず外は晴れていて、少し空気が冷たくなって肌寒く感じた。
「...」
胸ポケットから紙巻きたばこを取り出し、火を入れ一息つく。
その場でスマホを取り出し、電話をかけた。
レーナ宛だ。
_____プルルルルルル_____プルルルルルル
ピッ
「あ、レーナ?今日夕飯レストランにしない?」
[第一話 Muggler 完]




