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無常堂夜話

霊感少女の物語【無常堂夜話7】

掲載日:2026/01/11

戻子たちの先輩に『見える子』あやがいた。彼女は幼少の時からその力を知られていた。

しかし、彼女の部屋に、術師の結界を超えて悪霊が現れた。彩の友人、油川春弓は、彼女を助けるため、戻子と鏡子を伴って部屋を訪れるが……。

起・『見える子』の悲哀


 武田彩たけだ・あやには、霊感がある。


 その日彼女は、大学に向かう途中、背筋に嫌な感覚が走った。何かに呼ばれているような気がしたのだ。


 それで彼女は、いつもの道ではなく、少し遠回りにはなるが北門から構内に入り、『視蓋しがいの森』を抜けてS大学の人文学部棟に向かった。


 視蓋の森には、人文学部が管理する古墳がある。5世紀頃に建造されたこの古墳からは、『蘇生の仮面』と言われる黒曜石製の不思議な仮面が出土しており、一部の学者から注目を集めていた。


 そんな華々しい話題はあるものの、早朝の6時というこの時間、林の中はまだ薄暗く、あちこちに宵闇の残滓が残っている。風も凪いで、虫たちも夜通しの演奏会に疲れたのか、彼女が歩く音が響くばかりである。


 しかし、彼女はそんな風景にさして怖さも不気味さも感じていないのか、


「……いつもより早起きしてよかったですねぇ~。おかげで今朝は少し多めに運動が出来ましたぁ~♪」


 などと、散歩感覚でのんびり歩を進めていた。


 そんな彼女のいで立ちは、豊かで艶やかな腰まで伸ばした髪、白いポロシャツに上品な青灰色のセーターを着込み、下は濃い緑色の綿パンとスニーカー、そしてパールホワイトのトレンチコートといった感じだ。


 機嫌よく歩く彼女の眼に、なにか黒いものが映った。『黒いもの』というが、その周囲が白くぼやけている。例えて言うのは難しいが、背後から強い光を当てられたマネキン……そんな感じだったそうだ。


「……あれが、わたくしを呼んだのかしら?」


 彩は首を傾げてそうつぶやくと、迷いもなくその『黒いもの』に向かって林の中に分け入る。こちらは古墳がある一角になり、古墳そのものは芝生で覆われ、木は生えていない。


 やがて、彩はその『黒いもの』が何であるか分かった。分かったとたん、彼女は悲しそうな顔をして回れ右をし、急いで学生会館へと足早に歩く。この時間なら、商品搬入の業者と、学生会館の職員が出勤しているはずだった。


 『視蓋の森』で、その月5人目の自殺者が見つかるのは、そのすぐ後だった。



「……あなたが第一発見者だったって聞いて驚いたけど、怖くなかったの?」


 『視蓋の森』連続学生自殺事案が一応の解決を見た後、彩は友人の油川春弓あぶらかわ・はるみや山本春行たちと、偶然学食で一緒になった。


「別に。その朝は何かに呼ばれた感じがしていたから、それ見て『あぁ、この人がわたくしを呼んだのかぁ』って思ったくらいよ。

まだ暗かったし、至近距離まで近寄っていないから、表情や細部は見えなかったの。

おかげでわたくしはそんなに嫌な目には遭いませんでしたし、あの方は見つけてもらって安心したことでしょうね。これも『WIN-WINの関係』って言えるのでしょうか?」


 春弓の質問に答えながら、コーヒーをすする彩だった。


「けどさぁ、彩っぺ。朝の6時なんて、なんでそんなに早い時間に大学に来ていたんだ?」


 山本が呆れた顔で訊くと、彩は澄ました顔で、


「あら、山本くんだって5時には起きて朝練しているんでしょ? 鏡子ちゃんとかいう1年生と。春弓、ちゃんと手綱を握っとかないと、あなたの護衛兼恋人は後輩ちゃんと良からぬ関係を結んじゃうかもしれなくてよ?」


 そう言って春弓を見る。


「……わたしのことはどうでもいいのよ。ただ、暗くて人が通りそうにない時間に、人が通りそうにない場所を、女の子が一人で歩くのはどうかって思うわ。

話によると、彩は『心霊スポット』って言われる場所によく一人で行くみたいだけど、それも自重した方がいいわ。特にあなたはお嬢様だから、変な事件に巻き込まれたら家族にも迷惑かけるわよ?」


 春弓は心配してそう言うが、彩はそれを一笑に付して、


「だって見えちゃうし聞こえちゃうんだもの。それに今回は不可抗力みたいなものよ。だって変な感覚がしたから、そんなのに遭遇しないよう道を変えたんだもの」


 そう言って席を立つと、


「春弓と山本くんは午後からも講義? わたくしは3時限目休講みたいだから、ちょっと夕飯の買い物をして家に帰るわ」


 笑って学食を出て行った。



 それから二月ほど後、春行に連れられてお昼を食べに来た春弓は、再び彩と喫茶店で出会った。今度は彩の方から声をかけて来て、春弓たちと相席になる。


「入院していたんでしょ? もう元気になった?」


 三人がオーダーを入れた後、彩がニコニコしながら春弓に訊いて来る。


「あんな経験、初めてだったわ。後から春行に詳細を聞いたけれど、まだ信じられない」


 春弓が眉を寄せて答えると、彩は山本に訊く。


「わたくしが聞いたところによれば、U峠の餓鬼に取り憑かれていたんですって? これで春弓も、少しはオカルト的なものを信じるようになった?」


「彩っぺ、お嬢はオカルトを頭から否定していたわけじゃない。『オカルト的なものは、あってもおかしくはない』という立場で、それは今だってそうだ」


 山本の答えは、彩にとって不満だったらしい。今度は春弓に向かって訊いた。


「お祓いをしたんですって? それで正気に戻ったんでしょ? お祓いとあなたが正気に戻ったことは、科学では明確な因果関係を証明できないんじゃなくて?

それでもなお、『科学で説明できないことは、オカルトである』って考えられない?」


「U峠の集落については、わたしもオカルトだと認めているわ。いくつかの事象は、恐らくどれだけ科学が発展しても説明不能だと思うから。

わたしは、オカルト事象にはそれ特有の『法則』とか『文脈』があると思うの。だから『科学的な説明がつくか否か』は本質的にはあまり重要じゃないと思うようになったのよね」


 春弓がそう言うと、彩には意外だったらしい。目を丸くして言う。


「どうした心境の変化? 数字絶対、データ至上主義の春弓らしくないじゃない?」


「お嬢によれば、餓鬼に取り憑かれ、食料を貪り食ってた自分自身の精神状態だけは、どれだけ客観的に見ても自分以外の何かの影響を否定しきれないようだ」


 山本が言うと、彩はうなずいて、


「ふぅん、『我思う、故に我在り』ってわけですね? でもそれは主観を排除できませんから、科学的論証とは言い難いですわね」


 そう言った時、三人が注文した料理が届いた。



「わたくしはさぁ、中学や高校時代みんなから『巫女』って呼ばれていたの。もちろん馬鹿にした言い方よ。家族からも『変な子』扱いされて。でも仕方ないのよね、みんなが見えないものが見えるし、聞こえないものが聞こえることは事実だし」


 食後のデザートを口に運びながら彩が言うと、春弓は


「わたしは彩が『見える子』って信じているけれど、それを隠しておこうとは思わなかったの? そりゃあ、見えない振りをするのは、傍で言うほど簡単じゃないって思うけれど、少なくとも全体の雰囲気からは浮かないし、いじめの口実にもできなくなると思うけど?」


 不思議そうに訊く。彩はニコニコしながら聞いていたけれど、首を振ってあきらめの口調で言った。


「そうね。それが出来たらそうしていたわ。でも、わたくしのひいおばあ様がこういったことに詳しくて、興味を持っていたの。


わたくしが明日の天気を当てたり、探し物を探し当てたりしたことで、ひいおばあ様はわたくしが嫌と言っても、『人助けだ』と言ってよそ様から依頼を受けて探し物をさせたり、病人を診させたりしていたのよ。


おかげでわたくしが『見える子』だってことは、小さい時からその界隈ではかなり有名だったの。隠すに隠せない状態だったのよ」


「ちょっと待って。彩のひいおばあ様って、2年前に亡くなった方?」


「ええ、99歳だったわ。今もってひいおばあ様の縁を頼ってわたくしに依頼したいという方がいらっしゃるみたいだけど、ぜんぶ父や母が断っているみたい。

そんなのが煩わしいから、家を出たのよね、わたくしは」


 春弓はコーヒーを口にしながら、彩が屈託無げにケーキを食べるのを見る。ああやって楽しそうにしているが、今この瞬間にも、見たくもないものを見て、聞きたくもないものを聞いたりしているのかもしれない。その悩みは、同じ『見える子』でもない限り共有できないだろうし、相談したくてもできないだろう。


(彩は彩で、いろんな苦労をしているんだろうな)


 彩の大親友を自認する春弓としては、彩のために少しでも何か力になれないかと考えてしまうのだった。



 彩と別れた後、春弓は山本にポツリと言った。


「ねぇ春行、あなたが『見える子』だったらどうする?」


 山本は肩をすくめて答える。


「まぁ、彩っぺのあの状況じゃ、『見える子』の友だちを作るか、能力を封印するかしかないでしょうね。前者は確率的に厳しいし、後者はそもそもそんなことができるか、封印できるようなお方がいるかって問題がありますが」


「……来島くるしま先輩は、能力の封印ってできないのかしら?」


 春弓は、学部の先輩である来島の顔を思い浮かべて言う。寺の息子で僧侶でもある来島は、父の住職と共に『蘇生の仮面』のお祓いをしたと聞いている。学業だけでなく家業の方でも腕は確かなようだ。


「訊いてみましょうか? 来島さんのことだから、出来ても『出来ない』って言いそうですけどね」


 そう言ってスマホを取り出す春行を止めて、春弓はうっすらと笑いを浮かべて言う。


「ちょっと待って、いいこと思いついちゃったから」


 春弓の笑顔から、一種独特のオーラが感じられる。春行は嫌な予感と共に肩をすくめた。


「……お嬢のその笑顔を見ると、どんな悪巧みを思いついたのかなって身構えちまいますよ。今度はまともなことなんでしょうね?」


「あら、わたしがいつ、まともじゃないことを考えたっていうの? 何か具体的な例を挙げてみなさいよ」


「素性の判らない祠さんにお参りして、打ち捨てられて祟り神になりかけた山の神に取り憑かれたじゃないですか。あの時は餓鬼まで背負って。おれ、お嬢が生のまま牛肉食ってるところ見て、マジで怖くて縁を切ろうって思ったくらいですよ?」


 山本が言うと、春弓は急に泣きそうな顔になり、


「えっ!?『縁を切る』だなんて、冗談でもそんな悲しいこと言わないでよ。それにあれは不可抗力で、わたしのせいじゃないでしょ?

わたしだってあの祠が危ないものだって知ってたら、お参りなんてしなかったわ。それでもそんなこと言うなら、春ちゃん泣いちゃうから♡」


 上目遣いで見られた山本は、それ以上何も言う気力を無くし、


「……はぁ、結局おれが尻拭いするんですよね? で、お嬢が考えた『いいこと』って何ですか?」


 春弓はにんまりと笑って山本に言った(命令した)


「明日、鏡子さんを呼び出して」


「へ? 鏡子ちゃんを? まあいいですけど、何処に?」


 不思議そうな顔をする山本に、春弓はニコニコしながら言った。


「そうねぇ、午後6時に大学西門でどうかしら?」


「西門って、俺やお嬢んちと反対方向じゃないですか。何のために?」


「彩に、ちょうどいい友だちを紹介するためよ♪ そうねぇ、呼び出す理由はわたしが友人宅で新年会を開くから、ってことでいいわね」


「……もう1月も下旬ですよ? いまさら新年会もないと思いますがね」


 山本が呆れて言うと、春弓はくすくす笑って言う。


「理由なんてどうでもいいの。一条さんたちが身構えずに来てくれそうな理由だったら何でもいいのよ」


 そこで、山本は春弓の考えが読めた。


「……お嬢が彩っぺに押し付けたいのは、鏡子ちゃんじゃなくて戻子さんですね?」


 すると春弓は、またくすくすと笑いながら言う。


「あら、『押し付ける』なんて人聞きの悪い。これも人助けよ、人助け♪」


 山本は春弓の言葉を聞いて、


(やれやれ、『人助け』って言葉で霊視を強要されていた彩っぺの辛さが分かるぜ……)


 そう考えて、深ーいため息をつくのだった。


   ★ ★ ★ ★ ★


承・恋バナ百物語


 霊感少女・武田彩の部屋は、ちょっと変わっている。


 『変わっている』とは、2LDKの一室が洋服や着物で占領されていることでも、もう一室がオカルト関係の本や変な道具で埋まっていることでもない。世の中、着物道楽の女の子はたくさんいるし、オカルトにどっぷりはまっている女子も、稀によく見かけることだろう。


「でも、そんなことはあまり問題じゃないのよ」


 『S大学人文学部の天使』と呼ばれている2年生の先輩、油川春弓さんが、歩きながら本日お邪魔するお友だちの家を説明している。


 金曜日の午後6時。私、一条戻子いちじょう・れいこは、親友の貴家鏡子さすが・きょうこに引きずられて、大学西門に来た。


 ちなみに、私の下宿アパートは正門である南門が近く、春さんのマンションと山さんの家は東門が近い。鏡子の道場は南西にあり、道の関係から正門が近かった。


 なお、大学の北東、いわゆる鬼門には来島先輩のお寺があり、裏鬼門には鏡子の道場がある。ついでに言うと、裏鬼門にはもう一つ、月詠神社が存在している。


「あれ、今日は山本パイセンは欠席?」


 私を引きずって来た鏡子が、意外そうな声を上げる。


『先輩たちが目の前でいちゃつくのを一人で見ると虚しゅうなるねん。せやから戻子も来てんか!?』


 という理由で私を連れて来た鏡子は、じろっとにらむ私に言い訳がましく言う。


「私、これから〇-tubeプレミアムで映画観る予定だったのに……」


「せ、せやけど、せっかくの春さんのお誘いやで? きっと映画よりおもろいことあるんとちゃうんか?」


「……餓鬼や祟り神の調伏なんて、二度と見なくていいもん」


「それはうちも同意するねんけど、春さん何やら困っとるんとちゃうん?」


 私たちがこそこそとそんな話をしていると、スマホでどこかに電話していた春さんが、屈託のない笑顔を向けて言う。


「友人に連絡が付きました。ご飯を準備して待っているそうです。参りましょう」



 そんなこんなで、西門から歩き始めて10分、目的の賃貸マンションに着いた。油川先輩は結構なお金持ちだと聞いているが、お金持ちはお金持ちとつるむのか、先輩の友人が住むマンションも、先輩のマンション以上の物件だった。


 先輩はここの管理人と懇意なのか、


「油川です。1515号室の武田さんに用がありまして」


 そう言うと顔パスだった。


 エレベーターであっという間に最上階まで上がる。そして15階のエレベーターホールから右に行って3番目が武田先輩の部屋だった。


「……戻子、このマンションおもろい番号割しとるなあ。エレベーターホールから右が奇数で、左が偶数。おまけに番号は内から外に振ってあるなんて」


 そう言えば、そんな部屋の並びは見たことがない。何か新しい流行なんだろうか?


「泥棒やストーカー対策の一環じゃないかしら? 外部から見て部屋の場所を特定しても、郵便受けには名前が書いてないから、部屋の並びから部屋番号を推定しにくくなるわ」


 ……確かに。外から窓の並びを見て郵便受けを見れば、武田先輩の部屋番号は1513号か1517号だとしか思えない。


 そう感心しながら私たちは武田先輩の部屋の前までやって来る。ドアの前で油川先輩は私たちを振り返り、


「……彩の部屋は、ちょっと変わってるけど、びっくりしないでね?」


 そう言いながらベルを鳴らす。


「はぁーい」


 思ったより可愛らしい声が聞こえ、小柄で艶やかな黒髪の女性がドアを開ける。


「いらっしゃい春。そちらが一条さんと貴家さんね? いらっしゃい」


 武田先輩は、思ったより気さくで明るい感じの女性だった。私と鏡子は慌てて挨拶を返したが、先輩はニコニコしながら、


「玄関先じゃゆっくり話もできないじゃない。とにかく上がって」


 そう言って私たちを部屋に招き入れた。


「うわぁ……」


 私と鏡子は、ダイニングに足を踏み入れて思わず声を上げる。そこには品のいいローテーブルにソファと言った、私と鏡子には普段縁のない家具が置かれていたし、


「……あら、また絵を替えたの?」


 油川先輩は、壁に掛けられた絵画を見て武田先輩にそう訊く。武田先輩は笑って、


「……もう冬でしょ? 日々の暮らしにも季節感が大事だと思うから」


 そう言って絵をうっとりとした目で眺める。


「……そう言いながら、この絵だけはずっと飾っているわね? お気に入り?」


 油川先輩が、ドアの横に飾られた絵を見て言う。若い女性の肖像画ポートレートだった。

 そこに描かれた人物を見て、私はあれっと思った。どこかで会ったことがある女性のような気がしたのだ。気のせいかもしれないが。


「ああ。それ?」


 武田先輩がお茶を準備しながら言う。


「わたくしが好きな木庭茜こば・あかねっていう作者の出世作で、『TOMODACHI』っていうシリーズの一つよ。5作構成で、最後の作品は作者の自画像になっているの。

この作品は2作目で、『KUZUHA』ってタイトルね。

この、凛としていながらもどことなく寂しさを感じさせる目が好きなの」


 それを聞いて、私と鏡子はじっとモデルの女性を見つめる。栗色の髪とそれを束ねる赤と白の飾り紐……『あの樟葉さんに違いない』と直感した。絵の中の樟葉さんは白いブラウスを着ていたが、どことなく『和』を感じさせるたたずまいだった。



「それで、戻子さんたちは実際に沈む前の『雨竜島』に行ったってことよね? 実に興味深い体験ね」


 お互い自己紹介がすんだ後、最初は当り障りのない話をしていた私たちだが、ひょんなことで武田先輩がオカルト好きという話題になり、そこにいる全員で何か怖い話や不思議な話をしようということになった。


 そして最初にリクエストされたのが、私たちの『雨竜島』での体験談だったのだ。


「ちょっと待って。怪談話なら本格的にやらなくちゃね♪」


 武田先輩はそう言って、隣の部屋に入って何かごそごそしだした。


「彩、わたしはその趣味の悪い燭台やテーブルクロスは苦手なんだけど」


 春さんがそう言うが、武田先輩はそんな声にお構いなく、黒字に金で不思議な文字を染め上げたテーブルクロスをローテーブルにかけ、髑髏や悪魔が彫刻された燭台を真ん中に置いた。


「なんや、本格的やなぁ。これからサバトでも始まるんか?」


 鏡子が言うと、武田先輩は笑って赤い蝋燭を燭台に立て、火を灯して部屋の電気を暗くした。暗い部屋の中、蠟燭の炎がゆらゆらと揺れ、周囲の壁に私たちの大きな影が映る。うーん、まさに『百物語』って感じがするなぁ。


 そんな雰囲気の中で、私と鏡子の話が終わる。先輩は興味深そうに聞いていた。


 そこに、


「悪い悪い。お嬢から頼まれたお菓子を買っていたら、こんな時間になっちまった。

お、鏡子ちゃんと一条さん、今日もお世話になるね。毎度毎度、お嬢のわがままに付き合わせて悪いと思っているよ」


 そう言いながら、私と鏡子に限定品のシュークリームを手渡してくる。


「うわ、これは幻の一品やん!? こないな時間に行って、よう手に入ったなぁ。どないして手に入れたんやパイセン?」


 鏡子が訊いたが、山本先輩はニッと笑って、


「企業秘密って奴だ」


 そう答える。


 そこで、武田先輩が話をぶった切って言った。


「わたくし、次は春の話が聞きたいわ。U峠での出来事を話してくれない?」


「え? わたしは取り憑かれた側だから、その間のことは何にも覚えちゃいないわよ?」


 春さんが言うと、武田先輩は意地悪そうな顔で山本先輩を見て言った。


「だから聞きたいのよ。山本くん、春弓の醜態を詳しく聞かせて♡」

「春行、解ってるでしょうね!?」


 春さんが山本先輩に圧をかける。山本先輩は苦笑しながら、あの夜の春さんの状況をできる限り簡潔に、だが正確に話す。


 山本先輩は春さんのことを思ってかなり抑えた表現をしていたのだが、それでもその夜の不気味さが容易に想像できた。私と鏡子は改めて、


(春さんが餓鬼に取り憑かれた様子を、何の情報もなしに見たら、私たちは卒倒していたかもしれないな)


 そう感じて顔色を青くしながら聞いていた。特に私は、その後ソラさんが行った神事を見ており、忘れられた山の神に憑依された春さんを目撃しているだけに、あの恐ろしさが蘇ってきた。


「……山本くん、もうちょっと春の変わりようを詳しく話してくれないかしら?」


 武田先輩が言うと、春さんは凄い顔でそれを拒絶する。


「お断りよ! わたしだって思い出したくないことを、たとえ親友でも聞かせたくないわ」


「……彩っぺ、俺もあの様子は思い出したくない。俺のためを思って、詳しい話は聞かないでくれ」


 山本先輩が真剣な顔で言うと、武田先輩はニコリとしてうなずき、


「……しょうがないわね。でも、春や山本くんの言うことも分かるわ。

じゃあ、春を祓ってくれた人物の話を聞かせてくれないかしら? あなたが呼んだのよね、山本くん?」


 そう山本先輩に訊く。先輩は困ったような顔で答えた。


「いや、俺は最初、来島先輩に対応をお願いしたんだ。だが先輩はちょっとお寺の用事で出て来られないと言われて、代わりに化野空あだしの・くうさんを紹介されたんだ。

だから俺は、空さんがどんな人物かは良く知らない。


ただ、来島先輩がかなり信頼して、尊敬もしている方だから、思い切ってお嬢のことをお願いしたんだ。実際、彼のおかげでお嬢は事なきを得た」


「その化野さんって方のこと、よく知っているって人はいないの? わたくし、とてもそのお方に興味がございますが」


 武田先輩の問いに、山本先輩が私たちの方を向いて答える。


「彼のことを一番ご存じなのは、恐らく来島了慶様だろうけれど、確か一条さんたちも彼とは知り合いだったね?」


「せやな。こん中では戻子が一番ソラさんのこと知っとんのとちゃうか? よう『無常堂』いう彼氏の店に入り浸ってるみたいやし」


 鏡子がやっかみ半分でそんなことを言う。


「あら、化野さんって一条さんの彼氏なの?」


「わたしはそんな報告受けていないけど。戻ちゃん、いつの間に彼とそんな仲になったの?」


 武田先輩と春さんが、両側から訊いて来る。私は誤解されないようにはっきりと言った。


「いえ、()()お付き合いなんて。単に()()()()()()()()()だけですし……」


()()? じゃあその気はあるのね? でもご縁が()()()()(意味深)なら、早く結納まで済ませた方がいいわよ?」


「そうそう、お店の経営者ならしっかりしている方でしょうから、ちょっと天然の戻ちゃんにピッタリじゃない」


 やば、私の言い回しが悪くて、先輩たちは余計に誤解したみたいだ。私は目で鏡子に助けを求めた。


「……うちも『無常堂』に行ってみたいなー(圧)……」


「分かった。明日にでも連れて行ってあげるから」


 私がそう言うと、鏡子はにまぁっと笑ってウインクをし、


「ソラさんにはちゃんと恋人がおんねん。な、戻子?」


 私にそう言う。私はすぐに、ライダースーツの樟葉さんを思い出した。


「そ、そうですよ。今回の調査で行った集落で、偶然お会いして……」


「あら、それってあの、殺人事件か何かに巻き込まれたっていう調査? その話も聞いてみたいわね」


 武田先輩のご所望で、私たちが梅ちゃん准教授に提出した調査報告の話になった。


「……そんなお方が恋人なんて、化野さんはかなりオカルト方面に詳しくて、そっち方面のお仕事をされている方なんでしょうね」


 私たちの話を聞いて武田先輩が言うと、春さんは


「でも、お店も経営されているんでしょ? そっちが本業で、彼女さんとは趣味が一緒ってことで知り合ったってことなのかしら?」


 そんな推理をする。


「でも樟葉さん、あの感じじゃまだ()()()()してへんで。思ったより初心うぶや思ったもん」


 鏡子まで参加して樟葉さんやソラさんの馴れ初めなんかを想像している。はぁ、同じ女である私が言うのも変だけど、春さんも武田先輩も、それに鏡子も想像力豊かだなぁ。


 ふと見ると、山本先輩が私たちの『犬神の伝承について』の調査記録を一心に読んでいる。どうりで先輩の声がしなかったわけだ。


「何か気になることでもありましたか?」


 私が訊くと、山本先輩はうなずいて、


「大学への協力受諾のメールが改ざんされていたらしいね? 容疑者は捕まったのかい?」


 ……なんか、法学部の先輩らしい視点で調査記録を読んでいた。


 こうして、私たちの新年会の夜は更けていったのだった。


   ★ ★ ★ ★ ★


転・幽霊と結界


 2月に入ろうかという日のお昼、私と鏡子がお昼を食べようと、いつものように学食に入った時、後ろから春さんが駆けて来て、


「戻ちゃんと鏡子ちゃん、ちょっといいかしら?」


 有無を言わさず私たちを引っ張るもんだから、私たちは仕方なく喫茶店へと拉致られて行った。


「3名様ですか?」


 ウエイトレスさんが訊いて来るが、春さんは首を振って奥のボックス席を指さす。


「あの子と待ち合わせているんです」


 するとウエイトレスさんは私たちを一番奥まった席に案内してくれた。驚いたことに、そこには武田先輩が座って私たちを待っていた。


 私たちが席に着くと、ウエイトレスさんはメニューとお冷を置いて、


「決まったらお呼びくださいね」


 という言葉を残し、カウンターの方に立ち去る。


「……で、一体何があったの? 彩がわたしたちを呼び出すなんて珍しいわね」


 春さんがおしぼりで手を拭きながら訊く。彩先輩は青い顔で黙っていたが、


「話がないなら、勝手に注文して勝手に食べて、勝手にお暇するわよ?」


 春さんがそう言うと、ただ一言、


「出たの」


 青い顔で言う。身体が小刻みに震えていた。


 その様子を見て、春さんは眉をひそめて、


「彩、言い方は悪いけれど、あなたって『見える子』だから、今まで霊の類はたくさん見て来たでしょ? 今回はあなたがそんなに怯えるほど悪い霊なの?」


 そう訊く。そう言えば、武田先輩は霊視で有名になっていたって自分で言っていたな。そんな人が、春さんはともかく私たちまで呼んで青い顔で相談するなんて、ただ事じゃない気がする。


 武田先輩はうなずいて、


「……わたくしは『視える』だけで、『祓う』とか『成仏させる』なんてことは出来ないの。

だから、わたくしが一人暮らしするに当たっては、さる高名な術者さんに結界を張ってもらっていたんです。わたくしがたとえ憑かれても跳ね返せるようにと。

でも、昨夜の霊は違いました。結界の中に入り込んできたんです。とっても怖かった」


 震える声で言う。その目にはすでに涙がいっぱい溜まっていた。


(……高名な術者が張った結界をすり抜けるなんて、どんな霊なんだろう?)


 私がそう考えると、鏡子も興味を覚えたのか、


「……来島先輩に頼むわけにはあかんの?」


 そう言いながらも、続いて、


「なぁなぁ、武田先輩。その霊っちゅうんは男、女?」


 そう訊く。武田先輩はふるふると頭を振って答えた。


「……分かりません。姿が見えて、声が聞こえたからびっくりして、急いで実家に帰りましたから。でも、その時の声から、霊は男性だったように思います」


 そう言う。春さんは私たちを見て訊いた。


「戻ちゃんたちは、今まで不思議な経験をたくさんしてきたでしょう? こんな時、どうしたらいいと思う? アドバイスしてくれない?」


 ……いやいや、私たちだって好きで変な事件に巻き込まれたわけじゃないし、オカルトの専門家でもない。アドバイスって言ったって、


「……鏡子の言うとおり、来島先輩か了慶法印様にお願いしてみてはどうでしょうか?」


 くらいしか思い浮かばない。


「……それが、春行を通じて来島先輩にお願いしたんだけど、断られたみたいなのよね。『ほっといても問題ない』って言われたって」


 春さんが言う。


「ええ? 来島先輩がそう言ったのなら、問題ないんじゃないですか?」


 私が言うと、武田先輩はポロポロと涙をこぼし、鏡子は慌てて私に言った。


「戻子、考えてみ? どれだけ『問題ない』って言われても、そないなのが一緒におるって四六時中考えながら暮らすのは嫌やろ?


ましてや相手が武田先輩や春さんや戻子みたいな美人ならともかく、正体不明の男やで? うちはそれが()()()イケメンでも願い下げやわ。

だいたい乙女の部屋に勝手に入ってくるとこから無理やで」


 そう言われればそうだ。私は素直に先輩に謝る。


「すみません。鏡子の言うとおりですよね。でも何で先輩にくっついているんでしょうか?」


「……それが分かれば、対応の仕方もあるんだけど……。でも彩、あなたの部屋に結界を張ってくれた術者さんに相談は出来ないの?」


「……連絡を取っているんですが、なかなか捕まらなくて。一応、留守電に状況は入れています」


「その術者さん、何て名前? 了慶様のお知り合いなら、その方面から連絡していただいた方が早いかもしれないわよ?」


 春さんがそう言うと、先輩はうなずいて、


化野三界あだしの・さんがい様と仰います。そうですね、了慶様にもう一度お願いしてみます」


 そう答えた。



 お昼を食べた後、私と鏡子は先輩方を残して先に喫茶店を出た。


 鏡子が私に言ってくる。


「戻子、武田先輩んちの結界を張ったんは、ソラさんの関係者ちゃうんか?」


 さすがは鏡子だ、私も『化野三界』という名を聞いて、すぐにソラさんの顔を思い浮かべた。


「うん、そうかも。だいたい『化野』って姓、そんなに多くないだろうし。鏡子、今から無常堂に行ってみよう!?」


 私がそう言うと、鏡子は待ってましたとばかりにうなずいた。


「そうぇへんとな! うち、今からでもええで?」


 幸い、最初に無常堂に誘われた時に通った路地は、喫茶店がある通りに開いていた。私はソラさんと縁が結ばれている……行きたいと思ったら行けるはず……そう信じながら通りを歩いていくと、いつぞやの路地がぽっかりと口を開いていた。そこだけ少し淡い光に包まれていて、まるで別世界への入り口のように見えた。


「鏡子、こっちだよ」


 私は鏡子の手を握って路地に入る。鏡子はワクワクした顔で、


「おお、やっとうちも『無常堂』が見れるんやな」


 そう言いながら、路地にしては清潔で明るい道を歩いて行った。


 やがて、私たちはノスタルジックな広場にたどり着く。『猫の恩返し』に出て来た『猫の事務所』がある広場を和風にしたような感じで、なんか『古き良き時代』って言葉がぴったりの雰囲気漂う場所だ。


 無常堂は、路地を出て少し右側の向かいに建っている。くすんだ板壁、歪んだガラスがはまった木の引き戸、古い瓦に色褪せた帆布製の庇……うーん、レトロだ。


「……お邪魔します」


 私は鏡子を連れて入り口の引き戸を開ける。ガタピシという音に、店の奥にいた人物がこちらを振り返って挨拶してきた。


「いらっしゃいませ……あら、あなた方は?」


 そこに居たのは、留袖の上からエプロンをした女性だった。20歳くらいだろうか、艶のあるセミロングの黒い髪に、黒曜石のような瞳、そして牡丹の花のような唇……落ち着いた美人さんで、私は彼女をどこかで見たような気がしていた。


「あのぅ……うちらソラさんに会いに来てんけど?」


 鏡子がポーっとした目で言う。ちょっと百合っ気がある鏡子のことだ、この店員さん(?)に一目惚れしたんだろう。


 店員さん(?)はクスリと笑うと、鈴の音のような声で奥に呼びかける。


「月宮の坊、お客様ですよ?」


 すると、奥の座敷の戸が開いて、ソラさんがびっくりしたような眼で私を見て訊いた。


「あれっ、戻子さんじゃないか。鏡子さんまでどうしたんだい。急ぎの用事でも?」


 そう言いながら、雪駄をつっかけて私たちの方に歩いて来ると、


「瀬緒里さん、すまないけれどお茶を準備してもらってもいいかな?」


 瀬緒里さんという店員さん(?)にそう言って、私たちを店の奥にいざなった。



 私たちは、8畳ほどの座敷に上がって、武田先輩のことを話した。


 最初は古文書を眺めながら興味なさそうに聞いていたソラさんだったが、先輩の部屋の結界を張ったのが化野三界という人だと言ったら、急に真面目な顔で私たちに向き直る。


「ちょっと待って。その武田さんって人は、本当に結界を張った術者は、化野三界だと言ったんだね?」


 ソラさんが訊いて来るので、私たちは二人そろってうなずく。


「せや! やっぱ三界はんって、ソラさんの知り合いやったんやな?」


 鏡子が言うと、ソラさんは少し複雑な笑いを浮かべて言った。


「化野三界はぼくの父だ。父が特定の個人のために結界を張るのは珍しいな……」


 そうつぶやいて何かを考えていたようだったが、私たちが唖然としているのに気が付き、


「話は分かった。ぼくから父に連絡しておこう。武田さんには安心するように伝えておいてくれ」


 そう笑顔で言うと、店員さんを振り向き、


「瀬緒里さん、聞いてのとおりです。これから出かけるので準備をしてください」


 そう言うと、瀬緒里さんはにっこりとしてうなずき、私たちにも飛び切りの笑顔を向けて


「すみません。月宮の坊と私はこれから出かけますので店を閉めます。また縁があればお越しください」


 そう言う。私たちはその笑顔を見ると急にめまいに襲われ、気が付くと月詠神社の境内に立っていた。


「……なんや、無常堂はどこ行ってん? それにあの店員さんは何者なにもんや!?」


 鏡子がそう言って騒ぐが、私ははっと気が付いて鏡子に


「……とにかく、さっきのことを春さんに知らせよう」


 そう言って大学の方へと歩き出した。私は歩きながら、先ほど気が付いたことを頭の中で反芻する。


(あの瀬緒里さんって人は、餓鬼の調伏の時に現れた打掛姿の女性だわ。だったら、彼女は人間じゃないのかも……ソラさんって、本当に不思議な人だなぁ……)


 20分ほど歩いて私たちが構内に戻ると、タイミングよく春さんと山本先輩が私たちを見つけて駆け寄って来る。私たちも、二人に駆け寄った。


「あのっ!」「戻ちゃん」


 私と春さんが同時に声を出す。ちょっと慌てている風だった春さんは、それで少し落ち着いたのか、ニコッと笑って言った。


「戻ちゃんも何か話したいことがあるみたいね? 聞かせてもらっていいかしら?」


「あ、いえ。春さんの方からどうぞ」


 私も春さんに譲ると、春さんは微笑を残したまま、


「そう? じゃ、わたしから話すわね?

ついさっき、彩から連絡があったの。化野三界さんが代わりの人物を彩の所に差し向けるって。それが今からみたいで、彩がわたしやあなたたちにも同席してほしいって言うの。

大変急で申し訳ないけれど、今から彩の部屋に一緒に行ってもらえないかしら?」


 そう言うではないか! ソラさん、仕事が早すぎる。


 私は鏡子を見て、彼女がうなずくのを確認した後、


「分かりました。私が先輩に報告したかったのは、ソラさんが三界様に連絡を取ってくれるってことでしたけど。ソラさん、もう手配してくれたんですね」


 そう言うと、春さんはキラリと目を輝かせ、


「……ということは、化野さんが三界さんの代わりの人物なのかもね? 戻ちゃん、よかったじゃない。また彼氏の活躍を間近で見られて♪」


 含みのある言い方をして私をいじって来る。私は慌てて春さんの勘違いを訂正した。


「いえ、前にも言いましたが、ソラさんは彼氏じゃないんですけど……それより春さん、早く彩先輩の所へ行きましょう」


「……お嬢、一条さんをいじっている場合じゃないですよ? 代理の人物が彩っぺの所に来るのは18時の約束じゃなかったですか?

もう17時30分を回っているので、ぐずぐずしていたら間に合いませんよ」


 山本先輩がそう言ってくれたので、私たちはすぐに彩先輩の家に急いだ。


 すると、彩先輩のマンションの前に二人の人物が立っているのを見つける。ソラさんと瀬緒里さんだ。


 二人はマンションを眺めながら、何か話し合っている。ソラさんが腕を組んで難しい表情をしているので、声をかけるのが躊躇われた。


 すると、瀬緒里さんが私たちに気が付いて、ソラさんの袖を引く。ソラさんはやっと私たちに気付いて、笑って声をかけて来た。


「やあ、やっぱりこうなっちゃったか。父に話をしたら、この件はぼくに任せるってことだった。ちょっと周囲を確認してから、武田さんの所にお邪魔するから、先に行っててもらっていいかな?」


 そう言うと、瀬緒里さんと歩き出し、数歩行ったところで振り返って、


「……そうだ、戻子さん。武田さんの家には古い燭台があると思う。悪魔か何かが彫刻された。それと何やら黒い石もあるはずだ。

それらは良くない物なので、準備しておいてもらえるよう伝えてくれないか?」


 私にそう言う。春さんがびっくりして、瀬緒里さんと歩き出したソラさんを見ていた。


 ソラさんのその一言が、私たちを不思議な一夜へと誘うことになるのだった。


   ★ ★ ★ ★ ★


結・『見える子』の宿命


 私たちが彩先輩の部屋に行くと、先輩はリビングの真ん中でぶるぶる震えていた。


「彩、どうしたの? もうすぐ術者の人が来るから、気をしっかり持って!」


 春さんが彩先輩の背中をさすりながら言う。彩先輩は耳を塞いで、


「変な笑い声が聞こえるの。それに影もだんだん黒さを増してきて……春、助けて」


 そう言うと春さんの腕の中ですすり泣きを始めた。


 見えない私たちには、彩先輩の恐怖を分かち合うことができない。ただ、背中を撫でるか、手を握って励ますか、そして周囲を見回しているかしかできない。


 それでも、部屋は暖房が効いて温度計は24度を示しているにもかかわらず、凍り付くような寒さだった。一度、犬神の里で犬神に襲われた時、似たような経験をしている私は、


(……あの時と同じ……やっぱり何か見えないものがいるんだ)


 そう一人うなずいていた。


 ガチャッ。


 その時、寝室のドアが音を立てて開く。春さんと鏡子はびっくりして飛び上がり、彩先輩はドアに視線を向けたまま、目を見開いて固まっていた。


 何かが寝室から出て来たのだろう。そしてそれは彩先輩に近付いているのだろう、彩先輩はいやいやをしながら春さんの胸にしがみついて、


「嫌っ! いやっ! 来ないでっ!」


 半狂乱になってそう叫んでいる。


「彩!」「彩っぺ!」


 春さんは彩先輩をしっかりと抱きかかえ、山本先輩はドアと春さんの間に立ち塞がる。


 けれど、視えもしないし、お祓いができるような力もない私たちにはどうすることも出来ない。


 パシッ!


 大きな家鳴りがして、部屋の温度が一段と下がった。彩先輩の顔は恐怖で引きつり、失神寸前だった。もはや声も出せずにガクガク震えている。


「い……」


 彩先輩が恐怖の叫びを上げようとしたとき、急に部屋の温度が上がり、先輩は呆けたような顔をして叫びを飲み込んだ。信じられないといった表情をしている。


 春さんは、そんな彩先輩を見てついに心が壊れてしまったと思ったらしい、彩先輩の肩を両手でつかむと、


「彩、彩、どうしたの? しっかりして!」


 激しく揺すぶる。


 それではっと我に返った彩先輩は、泣きそうな顔で笑顔を作り、


「春、大丈夫。急に消えちゃったから信じられなくて……」


 そう言うと、春さんも大きなため息と共に


「良かったぁ~」


 そう言って彩先輩を抱きしめる。


「……でも、どうして急に?」


 私がそうつぶやいた時、玄関ホールから呼び出しのチャイムが鳴る。彩先輩はよろよろとモニターまで歩くと、画面には白髪だらけの天然パーマで、人懐っこい笑みをした男性の顔が映る。ソラさんだ。


「……化野三界から指示を受けて来ました。化野空です」


 モニターに映ったソラさんは、一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにいつもの笑顔で自己紹介する。彩先輩は、やっと人心地ついたように笑うと、


「……お待ちしていました。どうぞ」


 そう言って玄関ホールのロックを解除した。


 数分後、ソラさんだけが部屋に入って来た。そしてソラさんは、


「……うん、弾いたみたいだね」


 部屋をぐるりと見回してそう言うと、彩先輩に笑いかけ、


「もう寝室にいた男性はいなくなりましたから安心していいですよ? それと、燭台と黒曜石のブローチみたいなものを拝見させてもらっていいでしょうか?」


 そう言うと、彩先輩はローテーブルの上に置かれた燭台と、黒い石が付いたブローチを指さす。


「それです。やっぱり良くない物でしょうか?」


 ソラさんはちらっとブローチを見ると、燭台を取り上げて


「……これは海外で買いましたね? ルーマニアの方でしょう? ドラキュラ関係の遺物とでも説明を受けましたか?」


 そう訊くと、彩先輩は驚いた顔でうなずく。ソラさんは笑って訊いた。


「まぁ、ドラキュラと言えばドラキュラですが。ヴラド3世はご存じでしょう?」


「……『串刺し公』と言われた君主ですね?」


 彩先輩が答えると、ソラさんはうなずいて、


「これはそちらの関係遺物ですよ。まあ、ヴラド3世の所持品であるという客観的証拠があれば、歴史的価値は高いと思いますが。

いかんせん悪霊が取り憑いていたことは客観的証拠にはなりませんからね。災いは起こるし、高く売れないしってことで元の所持者も手放したんでしょうね」


 そう言うと真剣な顔でブローチを指さし、カバンから手袋を取り出してはめながら、


「こちらはぼくも素手で触る気はしませんね。イギリス……というよりスコットランドかな? 手に入れたのは」


 そう言いながら、和紙を取り出してブローチを丁寧に包み、カバンに入れた。


「そうです。ハイランドの古城で売っていました。ただの工芸品だと思ったのですが」


 彩先輩が言うと、ソラさんは首を振って、


「……いわくが深いものです。この2点はぼくが買い上げていいでしょうか?」


 そう言う。私と鏡子はびっくりした。


「えっ! 呪いの品を買うんか? ソラさんも物好きやなぁ」


「ぼくの『無常堂』では、こんないわくがある品も扱っているんだ。()()()()()が大好物だっていうお客も多いんでね?

もちろんこのまま売り物にしたら大変なことになるから、呪いは封じるか拡散して薄めるんだ」


 ソラさんの説明を聞き、彩先輩が尋ねた。


「あの、呪いを封じてわたくしにお返しいただけませんか? もちろん、手数料はお支払いいたしますので」


 ソラさんは彩先輩の眼をじっと見て、ふっと笑って言う。


「君は『見鬼けんき』だね? 生まれたときからかい、それとも何かきっかけがあったのかい?」


 彩先輩は黙っていた。顔が苦痛で歪む。それを見てソラさんは悲しそうな顔で謝った。


「……すみません、嫌な思い出をほじくり返してしまったようだね。

でもそれは君のせいじゃない。悪いのは『見鬼』の才能を無理やり開こうとした人物だよ。

その報いは、もう受けているようだが……」


 そう言うと、彩先輩は泣きそうな目でソラさんに言った。


「いつか、わたくしの話を聞いていただけますか?」


「……君がそれで辛くないのなら、もちろん聞かせていただくよ。それで、いつこの2品を持って来たらいいかな?」


 ソラさんが訊くと、彩先輩は涙を拭きながら、にこりと笑って言った。


「わたくしが取りに伺います。連絡先を教えていただけますか?」



 ソラさんが帰った後、私たちは彩先輩に誘われるまま、夕飯をごちそうになった。


「……どう、変わった気配はしない?」


 夕飯を食べながら、春さんが意地悪そうな顔で彩先輩に訊く。彩先輩はうなずいて、


「不思議ね。彼がここに来ただけで、あんな気持ち悪い霊が消えちゃうなんて。一体何をしたのかしら?」


 そう不思議そうに言う。ソラさんは玄関ホールに入っただけで悪霊を吹っ飛ばしたんだろうか? いや、きっと瀬緒里さんとどこかに行ったのは、この部屋の結界を張り直して、悪霊を弾き飛ばすためだったんだろうと思った。


「一条さん、はい、これ」


 考え事をしている私に、彩先輩が1枚のメモを差し出す。10桁の数字が書いてある。


「無常堂の電話番号よ。スマホの番号は教えてもらえなかったからこれで我慢してね?」


 彩先輩が言うと、春さんがニヤニヤしながら私をいじって来た。


「あら、戻ちゃんは持っているんじゃないの? ソラさんとのホットライン♡」


「だから、ソラさんは私の彼氏じゃないですってばぁ~」


 私が困った顔で言うと、鏡子が応援してくれる。


「せやせや。戻子はうちと約束したんや。一緒に妖精さんになろうって♪」


 ……いや、それもまた極端だと思うけれど。案の定、山本先輩がコーヒーを噴き出した。


「ぶふぇっ!?」

「わっ!? なんやパイセン。急にコーヒー噴いたら汚いやんか」


 しぶきが引っ掛かったのか、鏡子が山本先輩に抗議する。先輩はハンカチで口元を拭きながら、


「悪い、引っかかったか? でも鏡子ちゃんが変なこと言うからいけないんだぞ。なんだその『妖精さん』って。オカルト好きが嵩じてそこまで行ったか?」


 先輩が訊くと、鏡子は腕を組んでジト目で先輩を見て、


「……山本パイセンは知らへんのか? 30過ぎても清らかな身体でいたら、男も女も妖精さんになるんやで? うちのおかんが言うとったから間違いないねん」


 そう言った後ドヤ顔をする。


「……鏡子ちゃんはともかく、一条さんは妖精にはなれないんじゃないか?」


 山本先輩が私を見て言う。ん? これってどう受け取ったらいいのかな?


「何やそれ、戻子は男には興味あらへんのやで? それに戻子は天然やから、男から告白されても気付けへんねん。なぁ、戻子?」


「いや、本人に本人の悪口の同意を求めないでよ。私は天然じゃないもん」


「……天然の人ほど、『わたしは天然じゃない』って言いがちなのよ? 戻ちゃん」


 春さんまで私のこといじめるんだ。私ってかわいそう、ぐれてやる。


 ぶつぶつ言いながらそっぽを向いたけれど、たとえお店の電話番号だったとしても、ソラさんに連絡が付くのは嬉しいことだった。


(……でも、瀬緒里さんって何者で、ソラさんの何なんだろう?)


 ふとそんなことが気になってしまう私だった。



「お帰りなさいませ……我が背が見て、『見鬼』の女性はいかがでしたか?」


 無常堂に帰って来た空を、瀬緒里が出迎えて訊く。空は座敷に上がりながら、


「あれだけの『見鬼』の才能を持った子もなかなかいないと思いました。ただ、身を守る力を持っていないから、本来はあの才能を開花させるべきではなかったと思います」


 そう言ってきつく唇を引き結んだ。


「……我が背も、あの子が『見鬼』にされる際に行われたことを視られたのですね?」


 瀬緒里が訊くと、空は苦々しい表情で首を振り、


「……視たが、思い出したくありません。あの子にも想い出させるには忍びなかった……あの心の傷は、恐らく死ぬまで彼女を苦しめるのでしょうね……」


 そう言う。


 瀬緒里は、そっとお茶と駄菓子を差し出しながら、


「三界殿が仰られた、『見鬼』『伏鬼』『縛鬼』……あの娘さんで全員でしょうか?」


 空に訊くと、彼は湯呑を持ち上げ、湯気を見ながら首を振った。


「いや、『見鬼』と『縛鬼』はもう一人ずついるはずです。ただ、ぼくは武田さんや戻子には普通の暮らしをしてほしいけれど」


「……そうですね。私も我が背が危ないことに巻き込まれるのは心配で堪りません。月宮様のご神意でなければ、我が背を月宮の里に連れ帰り、そこでずっと暮らしていたい気持ちです。

ただ、私が我が背と出会い、我が背と縁を結び、我が背と暮らせるようになったのも、月宮様のご神意によるもの……複雑な気持ちです」


 瀬緒里……川津媛かわつひめはそう言うと、そっと空に寄り添う。空はそんな瀬緒里の髪をなでながら、


「……媛と初めて会ってから、もう20年になるんですね? 月宮様は20年前から準備し、ぼくの父もそれを手伝っていた……。

この世は縁で因果が動く。だとしたら、その縁を切るしか因果から逃れるすべはありません。

でも人間は、ことわりの中で生きる小さな存在です。縁に従うしか道はないんでしょうね」


 すべてを受け入れたような声で言う。


 瀬緒里は人ならざる身という立場から、空の言葉を肯定せざるを得ないが、それでも空を助けるためならすべての神徳を注ぎ込もうと決意していた。


 瀬緒里は空から離れ、彼の顔をじっと見つめて訊く。


「ついさっき、我が背は一条殿を『戻子』と呼ばれましたが、そこに特別な感情はございませんよね?」


 真剣な顔だった。空は一瞬ぽかんとしたが、すぐに苦笑する。


「私にとっては笑い事ではありません。ご存じのように神とは崇敬を受けて初めて立つもの。ましてやご神意を受けて縁を結んだ相手の心変わりは、即、神力の喪失を招きます。

私は、仮に我が背が心変わりしたとて、その心を引き戻すことを月宮様や父・水分みくまり高良命こうらのみことから禁じられております。そこをお汲み取りください」


 真剣だが、泣きそうな顔で言う瀬緒里に、空は困ったような笑顔で答えた。


「不安にさせて済みません。ただ、戻子さんには何かを感じるんです。

佐代里さんと同じように、遠い昔、どこかで縁が交錯していたような。その答えは、近い未来に出る気もします」


 そう言った後、


「……媛の不安を払拭するためには、伊弉諾いざなぎ伊射奈美いざなみ命の故事にあるように、ぼくから誘わないといけなかったんでしたね?」


 空のその言葉に、川津媛は頬を染めてうなずいた。


   (無常堂夜話7~霊感少女の物語 終わり)

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

いわくありげな場所、いわくありげな物、話を聞いて知識を手に入れれば、『それらしい』品物がどことなく不気味で、何か得体の知れない波動を放っているように感じられるものです。

中には『本物』の呪物めいたものもある可能性は否定しませんが、せっかくの旅の思い出が台無しになるようないわくなんて知りたくないというのが本音ですね。

でも、神社やお寺、霊域・神域では、『これやっちゃダメだよ』という指示には従いましょうね。

次回もお楽しみに。

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