海綿
戸田栄次郎は村の厄介者だ。
毎日昼間から酒を飲んでは村の人間に嫌がらせをしていた。
当然だが奴を好いてる者など誰もいない。
しかし栄次郎は元は優しく真面目な男だったのだ。
妻と子のために早朝から夜遅くまで毎日働いた。
彼が今のようなだらしのない人間になったのは愛する家族を病気で亡くしたことが原因だ。
幼馴染だった私は奴を放っておくことができなかった。村のみんなからは関わるなと口酸っぱく言われているが、あいつの境遇を間近で見てきただけにどうしても見捨てられなかった。
ほぼ毎日のように続いていた嫌がらせだがある日を境にピタリと止まった。
栄次郎に何かあったかもしれない。心配になった私は村の外れに住むあいつの家を訪ねた。
「栄次郎、いるか?」
中に入ると栄次郎は必死の形相で水道水をじゃぶじゃぶ飲んでいた。
あまりにもの異様な光景に驚いたが、それ以上に私を驚愕させたのは奴の変わり果てた姿だった。
栄次郎は背丈が高くとてもガタイのいい男だった。
腕っぷしは強く喧嘩は負けなしだった。
そんな彼がどうしたことか、身体は瘦せ細って顔はひどくやつれていた。
乾燥によるものか皮膚がところどころひび割れを起こしていた。
「お、おい!どうしたんだ、そんな必死になって」
明らかに様子のおかしい栄次郎を止めようとしたのだが、瘦せ細った身体では出せないであろう物凄い力で振り払われた。
「やめろ! 飲まないとダメなんだ!!!」
訳がわからない。呆気に取られた私を無視し栄次郎はただひたすら水を飲み続けた。
五分ほどしてようやく飲むのを止めた栄次郎は私に教えてくれた。
数日前に酔っ払いながら帰路に就いていると無性に小便がしたくなったそうだ。
そこらで用を足そうと思ったとき、池に通りかかった。
その池とは栄次郎の家から少ししたところにある水神池と呼ばれる場所だ。
数百年前に水不足で苦しんでいた村人たちの前に現れた水神様が池を作って彼らを救ったという伝説がある。故に水神池にいたずらをする者は祟られるから決して悪ふざけはするな、と大人からよく言われたものだ。
栄次郎はあろうことか水神池で放尿してしまったらしい。
それ以来、急な喉の渇きに襲われてしまい水を飲み続けていないと次第に身体が萎んでいってしまうそうだ。
「だからお前、最近村に来なかったのか」
「あぁ、水を飲んでないと大変なことになるからな。いつこれが起こるか俺にも見当がつかん」
「大変なことになったなぁ。あ、そういえばここに行く途中で小耳に挟んだが、どうやら村の奴らはお前に仕返しをすると言ってたぞ」
「フン! 勝手に言わせとけ。どうせ大したことはできんさ」
しばらく会話していると急に栄次郎の身体が萎みだした。
まるで"海綿"のように。
「くそ!水!水!」
慌てて栄次郎は台所に向かい蛇口を捻る。
しかしなぜか水が出ない。
「おい!どうなってんだよ!さっきまで水は出てただろ」
「もしかして村の奴らが言ってた仕返しって、お前の家の水を止めるってことじゃ……」
「冗談じゃねぇ!!あいつらふざけやがって!!!!!」
何をやっても水は出ない。
そうこうしているうちに栄次郎の身体は徐々に縮んでいく。
このままでは栄次郎が死ぬ。
私は栄次郎を担いで家を出た。
成人男性とは思えないほどの軽さだ、栄次郎が徐々に軽くなっていくのがよくわかる。
村まで行っては確実に間に合わないが水神池なら……。
池まで辿り着いた私は栄次郎を水の中に投げ入れた。
するとみるみる彼の身体は膨らんでいく。
「おぉ!!俺の身体が戻っていくぞ!!」
しかし栄次郎の身体は元に戻るどころか尚も膨張を続けた。
「お、おい! た、助けてくれ……。からだが、うぎゅ! ふくらん、で!」
これは現実なのだろうか。
風船のように栄次郎の身体は膨れ上がってしまった。
「た、たのんむ! 俺を!この池からだ、してくれ!!」
栄次郎の目、鼻、口、耳から血と大量の水が溢れ出てきた。
怖い……。
私は恐怖で動くことすらできなかった。
そうこうしているうちに栄次郎の限界が訪れた。
「こ、こんなと、ころで……。し、死に、たく……。あ! ンギュー---!!!」
パン!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
破裂した。
栄次郎の身体が膨張に耐えられず四散した。
私は急いでその場から離れた。
家に帰ると血に染まった衣服を脱ぎ捨て火に燃やした。
そして忘れようと必死で眠りについた。
翌朝、異常な喉の渇きで目が覚めた。
あぁ、私も呪われたのだと思った。
不思議なことに意外と冷静でいられた。こうなることが予測できていたからだろう。
ひたすら水を飲み続けた。
飲み続けていないと身体がすぐに萎んでいくのだ、とてつもない早さで。
やがて私は家に引きこもるようになった。
こんな状況では仕事どころではない。
頭が狂いそうだ。いや、もう既におかしくなっているのかもしれない。
村のみんなはもう誰も私を心配してくれなくなった。
ある日、村の男連中が私の家に突然やってきた。
いつまでも籠っていないで働けと言いにきたのだ。
私は栄次郎と違って度胸がなく、何も言い返せなかった。
突然、とてつもないほどの喉の渇きが私を襲った。
あれがきたのだ。
「た、たのむ! 水! 水だけ今飲ませてくれ!」
しかし彼らは聞く耳を持たないどころかこんな状況でふざけたことを言うなと私を殴り始めた。
そうこうしているうちに私の身体は徐々に瘦せ細っていく。
私の急激な見た目の変化に恐怖したのだろう、悲鳴を上げると出ていってしまった。
これで水が飲める!
「あ、れ?」
力が入らない。
腕が、足が、何も動かない。
台所は目と鼻の先。
たった数歩で水が飲めるのに、その数歩が非常に遠く感じた。
途端、急に怖くなった。
身体が萎んでいく。
まるで"海綿"のように。




