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水滴の恐怖

作者: 研磨の琉璃

## **滴る音**


 午前三時。

 目を覚ましたのは、天井から聞こえる「ポツリ」という音だった。


 ポツン……ポツン……と一定の間隔で、何かが水を滴らせている。

 雨でもない。エアコンの水でもない。静まり返った部屋のどこか、天井の一点から確かに音がしていた。


 アパートの一室。築三十年の木造建築。壁は薄く、風が吹けば揺れるような古さだが、少なくとも天井から水漏れしたことは今まで一度もなかった。

 不思議に思い、ベッドから抜け出して、部屋の中央に立った。見上げると、天井に染みができていた。まるで誰かが水をこぼしたような、円形の淡いシミ。それがわずかに広がっている。


 音はそこからだった。

 見ている間にも、水滴が一つ、ゆっくりと膨らんで、重さに耐えかねて──


 **ポツン**


 畳に落ちた。


 その時、背後の窓ガラスが「コツ」と音を立てた。振り向くが、カーテンの向こうは暗い。外灯もない。

 心拍が上がる。冬なのに汗が滲む。


 とにかく、上の階の住人に連絡してみようと思い、スマホを手に取った。だが、連絡先が見つからない。よく考えれば、ここは最上階のはずだ。天井の向こうに人間の住む部屋など、ない。


 それでも、水は滴り続けている。

 それどころか、音の間隔が短くなっていた。


 ポツン、ポツン、ポツンポツン──


 心がざわついた。何かがおかしい。

 そのとき、畳に落ちた水滴に目をやって、凍りついた。


 **赤い。**


 明らかに、水ではなかった。

 濃い、どろりとした赤。血。

 その水滴は、畳に滲んで、小さな花のような模様を作っていた。


 ──何かが、天井にいる。


 



 


 翌朝、大家に連絡し、天井裏を見てもらった。

 だが、天井裏には何もなかった。湿気も水漏れも、まして血の気配も。


 「気のせいだろう。夢でも見たんじゃないか?」


 そう言って、大家は帰っていった。

 だが、その晩も、水滴の音は続いた。


 むしろ昨晩よりもはっきりと聞こえる。

 それも、天井の一箇所だけではない。部屋の四隅から、まるで囲むように「ポタ……ポタ……」と赤い液体が畳に落ちている。

 照明をつけても、何も見えない。赤い色は光の中で消えてしまう。

 だが、電気を消せば──月明かりの中、確かに染みている。


 **そしてまた、窓が鳴った。**


 今度は一度ではない。

 「コツ、コツ、コツ、コツ、コツ」

 何かが、指で窓を叩くように。


 恐る恐るカーテンを開く。

 窓の外には、何もいない。だが、ガラスには……**手の跡が**ついていた。濡れたような、細くて長い指の跡。五本。ぬめるように滑った痕。


 吐きそうになる。

 逃げようとしたその時、後頭部で気配がした。


 水が落ちる音とは、違う音。**ずるり**という、粘ついた音。

 振り返った先──天井の染みが、真っ黒に膨れあがっていた。


 そして、裂けた。


 **目玉が落ちてきた。**


 どろりと。水滴のように。


 赤い液に包まれた、剥き出しの眼球が。

 それは、ぎょろりとこちらを見た。


 叫ぶ暇もなかった。部屋は一瞬で、冷たい水音に満たされた。


 



 


 警察により発見されたのは三日後だった。

 通報のきっかけは、部屋の階下に住む住人が「天井から血が漏れている」と報告したためだった。


 警官がドアを開けたとき、部屋の中は**水浸し**だったという。

 しかし、天井には水道も配管もなく、血液や遺体も見つからなかった。


 畳は腐り、赤黒い染みが広がっていた。

 中央には、ただ一つの水たまりがあった。


 その水面には、**一つの目玉が浮いていた。**


 



 


 この話を聞いたのは、ネットの怪談掲示板だった。

 投稿者は「兄が住んでいた部屋での出来事」だと言っていた。

 住所の詳細は伏せられていたが、写真が一枚だけ添付されていた。


 そこには、濡れた窓ガラスに**ぬるりと滑る手の跡**が写っていた。

 そして、天井の中心に、小さな染みがある。


 写真の上には、こう書かれていた。


 **──あの部屋では、今も「ポツリ、ポツリ」と音がするそうです。**

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