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祝縁の花嫁は竜の背に立つ  作者: 壱単位
第1章 堕ちた英雄
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第3話 花嫁は宵にゆく


 そこからは怒涛であった。


 ジンハは妻、つまりトゥトゥの養母ははツィランと、実子ガザルが使いから戻るのを待ち、家族会議を開催した。

 実態はトゥトゥの尋問である。


 彼女は起きたことをありのまま告げたが、だれも信じない。どうしてそれで求婚される? 疑問はもっともであり、彼女じしんもそう感じる。

 あえて理由をあげるとすれば、命を救った礼、ということか。

 礼に加えて、好意をもった、一目惚れ、ということだろうか。


 いやいや、と、みな首を振る。

  

 トゥトゥの容姿は、少なくとも十人並み以上ではある。

 やや小柄ながら、二十六歳の健康な女性として十分な発育。

 彼女が三歳のときに瘴気に呑まれて命を落とした実母によく似た、美しい翠の髪、おなじ色の瞳。がんらい色白で、上空なり外でしごとをすることが多いのに焼けることがない。竜の縁をもつものの特徴だった。


 粗野な作業衣で過ごすことがおおく、化粧もあまり得意ではないが、それでもよそゆきを着て竜の宮どうしの祝賀に出席するときなどは、ほお、と感嘆の声が聞かれることもあった。

 これまで嫁の声がかからなかったのは、トゥトゥがそのことにまったく乗り気でないためでしかない。養親おやも、つよくは言わなかったのだ。


 だから、一目惚れをする輩が現れること自体は、けしておかしいことではない。

 が。


 竜の背にたち、空を飛び。

 窮地の男を抱きかかえて救う。

 逆だな、逆よね、と、家族の意見は一致した。トゥトゥも含めてである。

 

 俺がいってくる、とジンハは言った。商用を兼ねてウォジェの空城を訪ねて真意を訊いてくる。なにかの誤りかもしれない。トゥトゥが応じるかどうかは、その後にまたゆっくり考えればよい、と。妻も子供らも賛同した。

 

 そうして一晩。

 翌朝、食卓で、トゥトゥは宣言した。


 わたし、ゆきます。

 嫁ぎます。


 ジンハは不幸にも再び茶を噴射することとなったが、食事はすんでいたから惨事は避けられた。理由を尋ねる養親に、トゥトゥは二人の目をみながら、ゆっくりと、しかし決然と説明した。

 

 義弟ガザルが成人して竜の縁を受けたことがわかるまでは、この宮を守るのは自分の義務だと思ってきた。だが弟も先月十六となり、縁のちからが明らかになった。もう仕事もじゅうぶんできる。

 それに、もっとたくさんの竜に触れたい。竜を使うひとたちのもとで、竜とひとの結びつきを助けたい。自分のちからを、もっと活かしたい。

 自分の居場所を、自分のちからでつくりたい。

 どんな理由で求められたのかはわからないが、求められる今こそが、その機会なんだろうと思う。


 ツィランは涙をこぼし、トゥトゥを抱きしめた。

 ジンハは窓のほうにゆき、外を向き、振り返らなかった。

 義弟だけが、冷静に事実を指摘した。


 ねえちゃん。料理できないけど、いいの?


 それから二ヶ月。

 トゥトゥはこれまで握ったことがない、いや、握るたびに惨事を生じたために使用を禁じられた包丁をもち、鍋をふり、食材を廃材に変換し続けた。ツィランは全力かつ本気で指導したが、試食のつど大きな決心を必要とした。


 ジンハにも仕事はたくさんあった。ウォジェ家との書簡の往来がはじまり、手続きの類に奔走した。竜捌きに嫁ぐにあたり、道具も装束も、ひとも、たくさん必要だった。知り合いの竜の宮の年寄りたちに意見をききながら、しきたりに従ってそれらを準備した。

 トゥトゥが花嫁修行のあいまに残した書き付けにしたがい、ガザルは、これまで姉が主導してきた竜の世話の一切を、はじめて自分自身で実施した。

 住み込みの働き手たちもみな、浮き立つように祭事の準備をし、気の早いものは夜な夜な、乾杯を繰り返した。


 そうして、嫁入りの当日はあんがい、穏やかに、しめやかにやってきた。


 夕刻。

 正装のトゥトゥは庭を埋め尽くす灯火のなか、ツィランと抱き合い、ガザルの背を叩き、家人すべてに、しずかに頭をさげた。居並ぶ竜のうち、もっとも鱗の輝きがつよいものに、横向きに騎乗する。家人のひとりが手綱をとる。

 先導するジンハが鼻を啜り上げながら、出立しゅったつ、と号令をかける。

 親戚たちや白薄荷しろはっかの宮にゆかりがあるものが、一斉に飛び立つ。手に手に、淡く橙色にひかる灯火を持ちながら。

 無数の灯火が、無数の影が、ゆっくり、わらわらと、空にあがってゆく。

 陽は、落ちかけている。

 紅とも紫ともつかない空気のなかで、灯火は、いくぶん早い星空とも思えた。

 うつくしい光景だった。


 そうして、いま。

 トゥトゥの目の前には巨大な空城そらじろが浮かんでいる。

 ウォジェ家の空城、黒玻璃くろはり城だった。


 直径は、およそ二千モル。巨大な円盤型の厚い岩の板である。

 そのうえに街がつくられており、ひとが暮らす。

 地を離れて暮らす、そらびとたちの街だ。

 まるく膨らんだその下部には岩の柱のようなものが無数に生えており、ところどころに、薄く光る巨大な穴がある。竜のたまの、むろである。

 空城は、竜の珠、すなわち竜がいのちを終えて空に戻るときに生じる、竜のちからの結晶により、成立している。浮力も、あるいは熱も、光も、木の薪でまかなえないものはすべて、竜の珠から得ている。

 そのあかりが、ぼんやり、トゥトゥたち一行を照らし出している。


 ジンハが先導する花嫁行列は、迎えにでてきたウォジェ家の者の誘導に従って、いちど大きく浮上し、城の上に出た。

 黒玻璃城、これからトゥトゥが暮らす空の街は、ひとびとの賑やかしげな暮らしの光を無数に浮かべ、一行を迎えた。

 街の中央、小高い丘の上に建つひときわ大きな館の庭に導かれ、トゥトゥたちは着陸した。


 トゥトゥが最初にかんじたのは、嗅いだことのない花の香りだった。地上、つちびとが住む高山にはない花。いまは瘴気に覆われている低い標高の地上に咲いていた花と思われた。

 その花の印象が消えないうちに、建物からいく人かの人影が現れた。その先頭にたつ男を、トゥトゥは見知っていた。


 「花嫁さま、お待ちしておりましたぞ」


 髭だらけの顔。太い首に、太い腕。先日の、黒い竜の騎乗者だった。

 無遠慮にトゥトゥに近づこうとして、んん、と、トゥトゥに寄り添う白薄荷の親戚筋の女に咳払いをされ、後退りをした。


 「こりゃ失礼。なにせそういうことには疎いものでしてな」


 がはは、と豪快に笑う相手に、前に進みでたジンハが頭を下げる。

 と、あわせてまわりのものがすべて、片膝を落とし、礼をとる。

 トゥトゥも長い裾をつまみ、目を伏せる。

 相手も慌てて、かしこまる。


 「例に倣い、口上申し上げる。つちびと、白薄荷の宮が娘、トゥトゥ・リン。長として空の花婿の御前にお連れ申した。たがえなきか。違えなくば、どうか御家の永きさかえのよき道連れとならんことを」


 ジンハが告げると、ざあ、っと、トゥトゥの側のものが一斉に額の前に手のひらを組んだ。

 古式に従った礼に、あまり準備をしてこなかったらしい髭の男は狼狽した。


 「あ、や、たしかに、たしかに。そこなお方はいとお美しき、花嫁、トゥトゥ殿に相違はござらぬ、うむ、たしかに」


 聞いて、ジンハは顔を起こし、破顔した。


 「ご家中の方ですな。わたしはジンハ・リン、トゥトゥの父です。どうか、娘をよろしくお導きください」

 「こ、こちらこそ。ああ、遅れ申した、わしはバヤール、バヤール・ハッキンです。ウォジェ家の竜使いの長をしとります。ほんとうは今日のような役目は、家令のリッセンがやるはずなんですが、竜の嫁さまのことだから、わしが迎えた方が落ち着くだろうと」


 竜の嫁、と聞いて、ジンハは思わずトゥトゥと目を見合わせた。髭の男、バヤールはしまったというように口を押さえる。


 「し、失礼つかまつった、いや、竜の祝縁を受けた花嫁さまなど初めてでな、当家の竜に関わるものたち、みんなあんまり嬉しくて、あちこちで話してるうちに……いや、失礼した」


 ややあって、ジンハがおおきな笑い声をたてた。トゥトゥも笑い、そうしてほかの者たちも従った。バヤールだけが恐縮している。

 花の香りのする宵の庭は、いっとき、あたたかい笑いに満たされた。


 良い家にきた。

 トゥトゥは胸に手を当て、ひとつ、ちいさな息をはいた。

 


 



 

 

 


 

 

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