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8 魔力酔い




 雄太がクロエを連れて帰郷してから数日経った頃、冒険者用の高級スマホを買ったり身近な生活用品を揃えながら穏やかに過ごしていた雄太と宮本家だったが、朝になると急にクロエが熱を出した。雄太がおでこに手を当ててみると確かに熱くて頬も赤みを増している。


 出勤前の両親はあたふたしていたが雄太の魔法で体調をスキャンした結果、急な環境変化による魔力酔いと判別し、安静にしていれば大丈夫とわかったので二人には出社してもらい、今日は一日雄太が付きっきりで看病することになった。


 クロエは雄太の部屋に一人で寝ているのが寂しいと言ったので居間に布団を敷いてやり、テレビを点けて音だけ消しておく。


 しんとした部屋にカッチカッチと時を刻む壁掛け時計の音がして、添い寝した雄太がポンポンと体を優しく叩く。


「パパ、クロエお散歩行きたいよ?」


「熱が下がったらな」


「もう、クロエ元気なのになんで熱があるのかなぁ」


「クロエの体も日本に慣れるために今頑張ってるのさ。だから無理しちゃダメだ」


「せっかくお天気なのにな」


「そうだな、でもすぐ元気になってまた行けるさ」


「うん」


 弱弱しく頷く幼子の額に乗せた布巾を取り、魔法で適度に冷やしてからまた乗せてやると、クロエは気持ちよさそうに目を細めてそのまま眠りについた。


 しばらく時間が経って昼下がりの午後、クロエは移動販売の車のアナウンスでふと目が覚めた。一瞬ここがどこだか分からなかったが、すぐに雄太の家だと気が付いて自分は具合が悪いから寝ているのだと思い出す。


 西日が差して気温が上がっており、汗をびっしょりかいたパジャマが気持ち悪い。だがそれよりもなによりも横で一緒にいてくれた大好きな父親がいなくなっている。


 クロエは幼いながらに頭がしっかりしており、これまでも一人で留守番をしていたことはあった。だが日本の宮本家に来て昼下がりのリビングで突然一人になると、急に不安になった。


「……パパ、どこにいるの? 返事して」


 問いかけても返事はない。雄太は近くにはいないようだ。


「パパ! どこいったのパパ!」


 返事はない。


「パパ! パパ! どこなの⁉ なんでいないの! うぐっ、ひぐっ、うええええええええええん! あああああああん!」


 途端に堰を切ったかのように抑えきれない感情が一気に溢れ出して止まらなくなった。自分でもこんな大きな声が出たのかと感心するくらいの大声で泣き出してしまい、涙が後から後から無尽蔵に溢れ出してくる。


 その時異変を感じた雄太が瞬間移動で転移してきて瞬時にクロエを抱きしめた。


「クロエ、俺はここだ。ここにいるぞ」


「うっ……おっうっ……パパ! パパ! クロエね、寂しかった、寂しかったの! どこ行ってたの?」


「そうか、もう大丈夫だぞ。母さんに頼まれて洗濯物を取り込んでたんだ。その間に目が覚めたんだな、俺がいなくてびっくりしたろ。もう大丈夫だ」


「うん、うん、パパ、もうどこにも行かないで」


「大丈夫だ、クロエの側にいるよ。だからもう泣くな」


「んっ……」


 泣きはらした顔でクロエが必死になって雄太を抱きしめた時、雄太は心にズキリとしたものを感じた。異世界で戦っていた頃に敵も味方も含めて大勢の死を見てきたし殺してもきた。そのうち感覚が麻痺して自分は人間らしい心を失ったとばかり思っていた。


 だがクロエの震える手で胴体を掴まれていると、えもいわれぬ痛みを感じたのだ。雄太にはそれがなんという感情なのかわからなかった。


「大丈夫、大丈夫だ」


 内心狼狽しながらもそう呪文のように呟いて、クロエの背中をさする。拭ってやる涙が火のように熱い。思えば日本に来てからクロエがこんなに泣くのは初めてだった。両親や妹とも馴染めていたしどこかで油断があったのかも知れないと雄太は反省した。


「わっ! どうしたの二人とも」


 そんな時になにも知らない梓が食糧を求めてやって来た。雄太は少し落ち着いてきたクロエを抱きしめながら返事をする。


「ちょっとな。寝て起きて俺がいなかったからびっくりしただけだ、問題ない」


「なるほど。熱もあるし心細くなっちゃったんだね、気持ちわかるわ。あーお昼過ぎたけど二人ともご飯は?」


「今からだな。洗濯物の取り込みが途中だからやってくれれば料理は俺がするよ」


「本当に? やったー! でもお母さんの作り置きがあるんだっけ?」


「いや、俺が適当に作ると言ってある。なにか食べたいものあるか?」


「なんでもいいよ、漬物と酢の物と生魚とニンジンとパセリとピーマン以外なら」


「なんでもはよくないなそれ」


「でへへ、そうとも言う~」


 梓が物干し台に行ってからもクロエは引っ付き虫になっていたのでカンガルーの赤ちゃんのようにお腹に抱えながら、雄太は遅くなった昼食をどうするか考えた。



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