5 新宿区西口ダンジョン冒険者局
駅から外へ出ると、日本最大級のデジタルサイネージがお出迎えしてくれた。それを見つけてクロエははしゃぐ。
「パパ! あそこにでっかいテレビある!」
「そうだな、人も多いしこのままいこう」
「うん!」
クロエを胸に抱いたまま西口のガード下を抜け、そのまま都庁方面へと歩き出す。平日の昼だというのに人波が途切れることのないことを思えばさすがは都会だと雄太は感心する。クロエは相変わらず色んなものを指さして聞いて来るが、こんな時は抱っこしたままで良かったなと思える。放っておけば興味の赴くまま駆けだしてしまいそうだから。
新宿元中央公園西口ダンジョン。通称新宿西口ダンジョンはかつて地震と共に中央公園内に現れたダンジョンのことで、日本有数の規模を誇る魔窟だ。在りし日の雄太はここで探索中に強烈な光に襲われて、異世界へと転生させられたのだ。
後にも先にもそんなことは起こってないので、稀有な事件に巻き込まれたと言える。普通の神経なら過去の惨事を思い出す場所になど来たくもないものだが、雄太は振り切れているので至って平気だ。
西口ダンジョンは新宿区冒険者局の敷地内に存在しており、事務に用事のある雄太はスイスイと進んで機械から待ち受け番号を受け取り座っていると、やがて呼ばれたので窓口のブースに座った。担当してくれたのは優しそうな若い女性だ。
「こんにちは、窓口を担当する佐々木です。本日はどのようなご用件ですか?」
「こんにちは! クロエです! 三歳です!」
「ご丁寧にありがとう、よろしくね」
「すいません、娘が付いて来ると言って聞かないもんで」
「いいんですよ、ここにはほとんど大人しか来ないので新鮮です。飴食べる?」
「うん! やったー飴ちゃんだー!」
「こら、ありがとうは?」
「ありがとござましゅ!」
「ふふふ、いいえ、どういたしまして。それでお父様のご用件の方は」
「ああ、つい昨日異世界から戻ってきたので報告をと思いまして。ほら、ここのダンジョンの探索中にいなくなったので。カードは向こうで失くしてしまいました、再発行をお願いします」
「……は? は、はい。し、失礼ですがお名前と冒険者ナンバーをいただけますか?」
「書きますよ」
スラスラと雄太は自分の名前と冒険者だった頃に暗記していた通し番号を記入して渡すと、静かに担当の女性は席を立った。その間にクロエは飴を舐め始める。
「もうお腹空いたのか?」
「ううん、でも食べたかったの」
バキバキボリボリと音がして、パイナップル味の飴が口内で一瞬に粉砕されるのが音でわかった。
「もうなくなっちゃった」
「嚙み砕くからだ、飴は舐めなよ」
「でも噛んだ方が美味しいもん」
「なんだそりゃ」
そうしているとやがて青い顔をした担当さんが帰って来て、しきりに奥の部屋まで来てほしいと懇願した。雄太としても面倒なやり取りにはなると思っていたので承諾し、案内されて貴賓室に入ると、そこには偉そうな人がいて着席を勧めてくれたので、クロエを抱えたまま遠慮なく座った。
「初めまして、私は新宿区西口ダンジョン冒険者局長の高峰と言います。今後ともよろしくお願いします。それであなたは八年前ダンジョンの中で行方不明になった宮本雄太さんご本人でお間違いないですか?」
「はいそうです、鑑定機を使ってもらって構わないですよ」
「そう言ってもらえると助かります。頼みます」
「はい」
先ほどから担当してもらっている佐々木さんがしずしずと鑑定機を運び机の上に置くと、おもむろに雄太は手を突っ込んだ。
そして表示されるDNA等のデータは雄太が行方不明になった本人であることを証明していた。ただ内蔵魔力量などの表示はエラーが起きて不明となっている。この結果に局員の二人は戦慄した。
「なるほど、エラー表記は気になりますが、あなたは宮本雄太さんで間違いないようだ。しかし異世界から帰ってきたという話をにわかに信じる訳には……」
そこまで話すと、雄太はゴトンと机の上にある石を置いた。
「こ、これは一体」
「向こうで神鉄と呼ばれている鉱物です。地球のダンジョンでも出ないものだと思います。鑑定してみてください」
「は、はい!」
それから十数分が過ぎ、雄太とクロエは出されたお茶とオレンジジュースを飲みながら雑談して過ごした。クロエは足をプラプラさせながらご機嫌だ。
やがて結果が出たようで、沈痛な表情をした高峰局長と佐々木係員が静かにトレイに乗せた岩石を雄太に返却した。
「大変貴重なものを見せていただいてありがとうございました。本部や海外のデータベースに確認しましたが類似した鉱物は地球上には存在しないことがわかりました。ダンジョンからの採掘データもありません。完全に未確認の構造体であることが発覚しました。それでなんですが、今後の研究のためにこちらを譲って頂く訳にはいきませんか?」
「この大きさで向こうでも国一つ買えると言われているので、冒険者局に買取は無理だと思いますよ。値段もどうつけたらいいかわからないでしょう」
「あ、あははは。そうですよねぇ」
「まぁ異世界からの帰還を信じてくれとは言いませんが、できれば帰ってきたことは内緒にしておいてくれると助かります」
「ええそれはもちろんです、冒険者局は冒険者の皆様の守秘義務を守るのが仕事ですので。ではこちらが以前からのデータを引き継いだ冒険者カードとなります。入金状況もそのままですし、今からお使いになれますよ。今後当ダンジョンで何かありましたらこちらの佐々木が担当となりますので、ご了承下さい」
「ありがとうございます。まだEランクだったか、懐かしいな。そうだ、このカードに入金したいんですけど魔石の買取はできますか?」
「ええ、このまま承りますよ」
「それじゃあ、えーと……」
おもむろに雄太が何もない空間に手を突っ込むと、局員の二人はぎょっとした。空間収納魔法は超高度な魔法技術、あるいはスキルなので所有者が極端に少ないのだ。クロエは興味深そうに雄太にしなだれかかっている。
「これとかいくらぐらいになります?」
ちょんとトレイの上に消しゴムくらいの魔石を置くと、また二人は目を見張った。大きさはさほどではないが、発するエネルギーの質と量が尋常ではないのだ。
瞬時に局員二人は己が習得している鑑定スキルを発動するが、詳細はわからないながらも高エネルギー高価格帯の魔石であることは一目瞭然だ。佐々木は震えながら横に座る上司を見た。
「局長、これって……」
「ああ、確実に国際オークション案件で、恐らく十億円以上からスタートだな」