4 朝
翌日。この日は朝から良い天気で、絶好のお出かけ日和だ。母親の起きてくる音で目が覚めた雄太はなにか手伝おうとするが、座ってなさいと言われてテレビを見ながらクロエのトイレに付き添いつつ朝食の準備が整うのを待った。
出来上がったのは目玉焼きと焼きソーセージ、豆腐のみそ汁と漬物だった。
「ごめんねぇ、特に用意してなかったから今こんなのしかないのよ」
「十分十分、ごちそうだよ。超うまそう」
「クロエちゃんはフォークとスプーンがいいのかしら。ご飯食べられる?」
「そだね。クロエはなんでも食うよ、好き嫌いはほとんどない」
「あら~えらいわね、梓にも見習ってほしいわ」
「そういえばあいつ偏食だっけか」
「爺くさいとか言って漬物とか食べないわね。美味しいのに」
「もったいない」
クロエが朝のニュース番組を真剣に見ている。
『おはようの方も昨日から起きている方も、おはようございます! 今日は絶好のお出かけ日和ですね!』
「おはようございます!」
「テレビのお姉さんに挨拶してるの?」
「うん!」
「あら、死んだばあちゃんもそうだったわね。たまにお父さんもするけど」
「そうだっけ」
「う~んう~ん」
噂をしていると、頭を抱えた父がやって来て、やっとのことで座卓に座った。
「頭痛い。気持ち悪い」
「お父さん昨日あんなに飲むからでしょうが、血圧の薬も忘れたでしょ。今日は仕事なのに」
「怒らないでよお母さん、お薬下さい」
「ええと二日酔いの薬はっと……」
「ああそれならこれ飲むと良いよ」
コトンと雄太はどこからか液体の入った瓶を取り出して父親の前に置いた。透き通った青色のそれはコルクで栓がしてあり、ラベル等は貼られていない。
「これなんだ?」
「俺が作った解毒薬」
「ええ? 大丈夫なのか?」
疑いながらも父は栓を取って匂いを嗅ぎ、少し中身を舐めてみた後で大丈夫そうだと判断し、飲み込んだ。長いこと連れ添った妻は興味深そうにそれを見ていた。
「どうなのお父さん」
「お、おおこれは! 気持ち悪さが一気になくなったぞ! ははは! お母さん僕にもご飯!」
「へえーいつも飲み過ぎた朝にはお味噌汁くらいしか飲まないのに凄いわね。一応作ってあったから出しますね」
「やるじゃないか雄太、向こうで薬剤師でもやってたのか?」
「んー似たようなことはしてた、かな」
「おじいちゃんおばあちゃん、おはよ!」
「おはようクロエちゃん」
「あれ、梓は?」
「あの子は昼にならないと起きてこないわよ、ほんといい身分よね。あんたは新宿行くんでしょ?」
「うん、クロエも行きたいって言うから連れていく。あーでも現金がないんだ」
「ちょっと待ってて、お母さんがあげるから。財布にいくらあったかしら」
「いいよお母さん、こんな時のためにへそくりがあるんだ。それを今から取って来て……」
父が立ち上がろうとすると、母は素早くそれを止めた。
「いいからお父さんは食べてて。本棚の中の青い本の中でしょ?」
「え⁉ そうだけどなんでお母さんが知ってるの!」
「うふふ~さぁなんでかしらね~♪」
愕然としている父の横でクロエはフォークでソーセージをぶっさして美味しそうに食べている。雄太の真似をしてマヨネーズを付けて味変すると感動して目を見開いた。
「パパこれ美味しいけど、これ付けるともっと美味しい!」
「マヨネーズって言うんだぞ。うちの家族は全員マヨラーだからストックを常備してたはず」
「クロエずっとこれとこれでいい!」
「気持ちはわかるが栄養が偏るよ。日本はまだ他にも美味いものがいっぱいあるから期待していいぞ」
「本当! すっごーい!」
喜ぶ娘を落ち着かせて食事を終えると、昨日梓に買ってきてもらった余所行き用の服に着替えさえる。これもあつらえたようにぴったりで、じじばばからは可愛い可愛いと連呼され、スマホで写真を取られる。
両親はこれから仕事なので合鍵をもらい、二人が出かけた後の通勤ラッシュ時間を避けて駅へと出かけた。梓が似合うだろうと言ってクロエに買ってきた帽子を被せると、本当によく似合っていた。子役の外国人タレントみたいにも見えたので、道行く人の注目を集めた。それが嫌だったのか途中で抱っこをせがまれて、仕方なく右手一本で抱き上げると、雄太は慣れた様子で歩き始める。
田無駅で切符を買ってクロエにもたせ、自動改札機に入れさせると、予想道理に凄いとはしゃいだ。駅員に聞くと五歳までの子供はタダだとのことで、雄太の分だけの切符だ。
改札を抜けると案の定抱っこをせがまれたので、再び抱っこして進むと、快速電車がちょうど来たところだった。
クロエはなにもかもが新鮮なようでずっときょろきょろしながら、これはなに、あれはなに? と雄太に質問していた。彼は予想していたのか、なんでもないかのように膝の上に座る娘に淡々と答え、やがて電車は西部新宿駅に到着した。まず目指すは冒険者窓口がある新宿西口の元中央公園だ。