2 大混乱
「おおおお、お前! 人殺ししたのか? お父さんが一緒に行ってやるから自首しよう!」
「落ち着け父さん、これは異世界の話だから日本の警察に話されてもいい迷惑でしかないぞ」
「だからってお前、クロエちゃんは納得してるのか?」
「そりゃそうだよ、だってその場にいたし」
「え!」
「なんなら暴走した実の父親に殺されそうになったところを俺が助けたんだし、んで異世界救ってっし」
「えええ!」
「あの時のパパ、凄かった!」
「まーな」
「こんちわー銀寿司でーす」
「あ……あぁはいはい!」
あまりのことに一同が固まったところに、頼んだ寿司が届いた。宮本母が我に返りパタパタと玄関に行って支払をする。
「ちょっと誰か桶持って!」
「ああ俺が行く」
雄太が席を立ったところですかさず梓がクロエに聞く。
「ねぇクロエちゃんはお兄ちゃん……じゃなくてパパを恨んでないの?」
「なんで?」
「だってあのパパが本当のお父さんをやっつけちゃったんでしょ?」
「パパは優しいよ? それにお父様はもうクロエの知ってるお父様じゃなかったの。だから仕方ないの。それでもたまにお父様を思い出して悲しくなる時もあるけど、そんな時はいつもパパがぎゅってしてくれるの! だから大丈夫なの!」
「そう、なのね」
梓は不意に浮かんできた涙を拭っていると、横に座っている父は静かに号泣していた。
「ちょっとお父さん、ビールこぼれてるよ」
「あ、あぁすまんな、テイッシュくれ」
宮本父が震えながらビールを拭いていると、母と息子が戻って来てなんで泣いているのか聞いて来たので、梓は先ほどの話を聞かせてやった。そして案の定母も号泣した。
「ねーねーパパこれなぁに?」
「これは寿司っていう食べ物だ。美味いぞ、今取ってやるからな」
「ゆ、雄太、こっち、サビ抜きだから」
「ああ、まぁ大丈夫だと思うけどありがとう。やっぱ日本のサービス精神はえぐいな。ほらクロエ、あーんだ」
「あーん! ……おいち! パパこれ美味しいよ!」
「そうだろうそうだろう、沢山食えよ」
「うん!」
「ほら、梓にお父さんも、お寿司食べましょう……グズッ」
「うん……わぁ美味しい。けど鼻がつまってよくわかんない」
「……」
「ちょっとお父さん、ペース早いわよ! そんなんじゃ夜までもたないでしょ!」
「お母さんよ、飲ませてくれぃ」
「ねーねーパパ、なんでみんな泣いてるの?」
「歳取ると涙もろくなるんだよ、気にするな。別にお前が嫌われている訳じゃない」
「そ、そうだよクロエちゃん! これからは私達もクロエちゃんの家族だよ!」
「ほんと? 梓おばちゃん!」
「んーそこはあずちゃんでよろしく」
「あずちゃん!」
「そう!よろしくね! そういえばお兄ちゃん、クロエちゃんの着る服は?」
「あー……ないね。お前の子供の頃のとか残ってないか?」
「あ、ある訳ないじゃん! 信じらんない! 服買ってこなきゃ! 私行ってくる!」
「ちょっと梓、あんた大丈夫なの⁉」
「大丈夫じゃないけどそんなこと言ってる場合じゃないじゃん! あっでもお金がない!」
「ほら、三万持ってけ」
「ありがとお父さん!」
「ちょっと待ちなさい、きちんと採寸してからよ! ええとメジャー、メジャーは」
「後でちゃんとするから、とりあえず間に合わせのがあればいいよ」
家族がバタバタとしている中も雄太は寸法を測られているクロエに寿司を食べさせて、父は雄太のグラスにビールを注いでいた。やがて財布とメモを握った梓は雄々しく自転車にまたがった。
「じゃあ行ってくるから待っててね!」
「気を付けてな」
凄いスピードで家から飛び出した妹を見送って、雄太はつぶやく。
「あいつあんなキャラだったっけ?」
「あんたがいない間にこっちも色々あったのよ」
「そうなんか」
「雄太、お帰りなさい。クロエちゃんもね、これからはここがあなたのお家よ」
「うん! ありがとうおばあちゃん!」
「ほら、抱っこしてもらいな」
「ぎゅー!」
「あらあら、うふふ、可愛いわね」
「おじいちゃんもぎゅー!」
「おお! ははは嬉しいな、なんだか盆と正月が一気に来たみたいだ。大変なこともあったけど、今まで生きてきて良かった。今日は人生最良の日だ」
「本当にね、お父さん私にもビール」
「はいはい、どうぞ」
そうこうしているとお風呂が沸いて梓が帰ってきたので、雄太はクロエと実家の風呂に入ることにした。日本の風呂が初めてなクロエは興味津々だ。
「パパーこれ凄い、水出て来る。魔法なの?」
「魔法とは違って科学だな」
「科学ってなに~?」
「再現可能な自然力学の応用ってとこか。まぁおいおいわかるさ」
「ふーん?」
「じゃあ湯船に入るぞ。深いから抱っこだ」
「やった!」
「……よいしょ~、ふー温まるな。熱くないか?」
「平気! 気持ちいいね!」
「ああそうだな、実家は落ち着くわやっぱ。クロエのいた城に比べれば小さいけどな」
「クロエここのお家の方が好き! だってパパもおじいちゃんもおばあちゃんもあずちゃんもみーんないるから!」
「あぁそうか、そうだな」
雄太は異世界で勇者になり大いなる栄光を掴んだ。だがそれは少なくない犠牲の上に成り立つものであり、英雄として名が上がることに比例して感情が乏しくなり、いつしかほとんど笑わなくなった。
だがそんな彼をしても、一人故郷を離れて屈託なく笑う少女の健気さには思うところがあったようで、軽く目頭を抑えた。すると頬に優しく柔らかい唇が触れた。
「こら、ちゅうは一日二回までだぞ」
「ふふふ、だってパパが泣いてるから」
「別に泣いてないっての。はぁほらもう上がるぞ、バスタオルで体拭きなさい」
「あい!」