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1 勇者帰宅する




「ただいまー」


 青年は慣れた様子でドアを開けると、玄関に入って声を上げた。


「はーいどなた様……」


「相変わらず家にいる時は施錠してないね、用心しないと」


「あ、あ、あんた……おおおお、お父さーん!」


「どうしたお母さん! はぅあ!」


 日曜日の午後、穏やかな昼下がりであったが、驚愕する老夫婦は顎が外れんばかりに驚いた。


「ゆゆゆゆ、雄太(ゆうた)⁉ 無事だったのかお前!」


「あぁうん、無事じゃなかったけど、なんとかした。入っていい?」


「も、もちろんよあんたの家だもの」


「あ、それと。ほら、ご挨拶」


「うん……」


 雄太が促すと、彼の陰に隠れていた小さい影が前に出て、照れくさそうにはにかんで言った。


「おじいちゃん、おばあちゃん、初めまして、宮本クロエです。三歳です。よろしくお願いしましゅ!」


 途中までちゃんと言えていたが恥ずかしかったのか、すぐ雄太の後ろに隠れてしまった。


「ーーこ、この娘は?」


「ああ、クロエは俺の娘だよ。つまり父さんと母さんの孫だな。そういう訳でよろしく。俺の部屋まだある?」


「え? えぇそのままにしてあるけど」


「助かるわ、さすがに着替えないと浮いちゃうし。ほらクロエ、この家では中に入る時には靴を脱ぐんだぞ、自分でできるか?」


「うん! でも手伝って!」


「はいはいお姫様」


 クロエを廊下のへりに腰かけさせて靴を脱がせてやると、少女は満面の笑みで両手を広げた。仕方なしに雄太は慣れた様子で抱きかかえる。


「じゃあちょっと着替えてくる」


「ええ、どうぞ……ってあんた久しぶりに帰って来て子供ってどういうことよ! しかも髪の色全然違うじゃない!」


「ああそうだけど、別に攫ってきたんじゃないぞ。正真正銘俺の娘だよ」


「あい! 娘です!」


「あら~可愛いわね~」


「あ、あと風呂沸かしといて。一応飯もよろしく。あるのでいいから」


 トントンと慣れた様子で二階に上がる息子らしき者を見送って母は呆気にとられていると、父が叫んだ。


「……母さん、寿司だ」


「え?」


「特上の寿司桶を二つ注文だ! 僕は風呂を沸かしてくる! あとビールも!」


「日曜の昼よお父さん! でもいいわ! 私も飲むわ!」


「おおいいとも! あるだけ出してこい! 今日は祭りだ! うおおおおお!」


 階下で両親が異常に興奮している声を聴いて、娘が二階で勢いよくドアを開けたちょうどその時に、帰ってきた雄太とクロエに出くわした。


「ちょっとお父さんとお母さんうるさいよ! 近所迷惑……」


「おう、お前、(あずさ)か? 久しぶりだな。この子は俺の娘でクロエだ。ほらクロエ、この人は俺の妹だからお前の叔母さんだぞ」


「あい! おばたん! 宮本クロエです! よろしくお願いします!」


「あ、あたしは梓、よろしくね」


「よく挨拶できたな。えらいえらい」


「えへへ♡」


 雄太がクロエの頭を撫でると、娘ははにゅうととろけた笑顔を浮かべた。そして青年は何事もなかったように自室に入っていった。


 後に残された梓は、光の速度で階段を駆け下りた。


「ちょちょちょちょちょっとなにあれ! お兄ちゃんいきなり生きて帰って来てるんですけど! しかも娘ちゃんもいるんですけど? ってああ! お父さん昼間から飲んでる! お母さんも!」


「おお梓、まぁお前もそこに座って飲みなさい。めでたいことがあった日はおビールだ」


「そうよ。お寿司はもう頼んだしお風呂は沸かしてるわ。私も今日はなにもしないの。雄太が帰ってきたお祝いだからね」


「じゃじゃじゃじゃあ私ももらっちゃおっかなー! ぷはー! 昼間から飲むお酒ウマー!」


「タダ飯食らいがいい飲みっぷりだこと」


「ちょっとちょっとーこんな日くらいはいいじゃない! 奇跡が起きたんだからさー!」


「奇跡か。そうだな。ほんとにお前の言う通りだ」


 そうこうしているうちにフリースに着替えた雄太が降りてきて居間の座卓に座った。その胸にはしっかりとクロエがしがみついている。よほど好かれているようだ。父親は雄太にグラスを渡してビールを注いだ。


「ほら飲みなさい、もうとっくに飲める歳なんだから。それで今までどこでどうしていたんだ?」


「んーダンジョンから異世界に飛ばされて、そこで勇者やってた」


「お、おおそうだったのか、道理で何度探しても見つからない訳だ」


「じゃあその子、クロエちゃんはそこでできた子なのね。そうだ、お母さんは? お嫁さんはどこなの?」


「ああクロエの母親はこの子が生まれた時に死んでるし、父親も俺じゃないよ。要するに養子だな。うおーこっちのビールうま」


「おおそうなのか、可哀想に。じゃあその本当のお父さんは今どうしてるんだ?」


「俺が殺した」


「……は?」


「いや魔王で敵だったからね、だから殺した。んで遺言としてその娘を俺の子として預かったって訳。俺の子だったらもっと可愛げがないはずだ」


「はぁぁぁぁぁぁぁぁ? ちょっとお兄ちゃん、なに言ってんの⁉ マジで意味不明なんだけど!」


 二千??年、日本を含む世界は突如として発生したダンジョンによって大きく情勢が変化した。発生したダンジョンは多くの悲劇を生んだものの、次第に人類はその利用価値に気が付き、世界各国の政府は独自の条件を設けて日夜ダンジョンを探索した。


 世界がダンジョンの存在に慣れた頃、高校生だった宮本雄太(みやもとゆうた)はダンジョンの中で謎の失踪を遂げる。何度も捜索されたが遂には消息不明として捜査が打ち切られ、事件から八年が経過した頃、なんでもなかったかのようにかつての少年は謎の女の子を連れてふらりと帰って来たのだった。


 

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