スナックおいけて
数ヵ月ぶりにオネエチャンのいる店へ行こうと、仕事終わりに飲み屋街へ繰り出した。
ここの所、仕事が忙しく、家呑みばかりだったので、ウキウキと心が踊る。
馴染みの店も捨てがたいが新しい店の発掘もしたい。
大丈夫だ。
クレジットカードという強い味方がある。
とはいえやはりボッタクリには合いたくはないもので。
少しだけ悩んで、最近出来たと噂の飲み屋へと決めた。
【スナックおいけて】
派手な区画から少し外れた場所にあるのも隠れ家的で良い。
「いらっしゃいませ」なんて色っぽいママさんと「いらっしゃーい!オジサン何歳?どこ住み?」なんて若い女の子が迎えてくれた。
ママさんは推定30ちょい、女の子は20才てとこか。
席に案内され、飲み物をオーダーするとそのまま若い女の子が横に座った。
「あたし、オジサン好きなんだー」と何のフォローにもなってない発言がまた若さを助長している。
「やめなさい、オジサンだなんて。私とそうお変わりにならないでしょう?」
飲み物を持ってきたママさんが嗜める。
実際、ママさんの方が年下だと思うが。
「えー。ママとかオジサンみたいな昔のヒトはさぁ、あまりそう思わないかもだけどー」
ママさんの頬がピクリと引き吊った。
「じゃあ、昔のヒト同士で楽しく呑むから、今のヒトは帰って良いわよ」
隠れ家的だけあって、他に客は居ない。
女の子は頬を膨らませて言う。
「男は若い女が好きだもん! ねー!」
両脇を見目麗しい女性に挟まれ、自分で鼻の下が延びるのがわかった。
そこからは、楽しく呑んで話した事しか覚えていない。
否、その内容すら覚えていない。
気が付くと、石で囲まれた露天風呂が目の前にあった。
湯にお盆を浮かせて、お銚子とお猪口が乗っている。
色っぽく結った髪。後れ毛が「触って」と誘っている。
「いつまでそこに立ってンの?」
後ろから声をかけられ驚いて振り返ると、さっきまで呑んでた店の女の子、マミちゃんがタオルを体に巻いただけの姿で腕に絡み付いてきた。
湯の中からママさんがタオルで胸元を隠しながら手招きする。
これは行かねば色々すたる。
俺は、スキップで湯へと飛び込んだ。
いい湯だ。
露天風呂だけあって、外の空気も気持ちいい。
火照った身体に流し込む酒が脳をほぐし、美女二人の肢体が目に楽しい。
と。
白じんでゆく空に違和感を覚える。
太陽が、空の端から顔を覗かせた。
そんな時間だったか?
ぱちゃぱちゃと水音が聞こえ、何かが自分の頭にとまった。
プルルと身体を震わせて水滴を飛ばすと、その何かは飛び去っていった。
空を眺めたまま、目の焦点を合わせるように眉をしかめると、小さな子供の声が……いや、女性や色んなざわめきが聞こえて来る……気がする……。
「ちょっと、ちょっと!」
男性の声がする。
が。
そちらを見たくない。
「生きてる? 生きてるね。ほら、出て!」
腕を捕まれ、半ば引き摺られるように露天風呂から出された。
思わず目を瞑る。
見たくなかった。
「ああ、もう! ほら」
毛布のような物を掛けられ、恐る恐る目を開ける。
周囲には数組の親子連れ、そして、何人かのお巡りさん。
「名前、名前言える?」
「警察署で話し聞くからね。パトカーまで歩ける?」
明るい日差しの下、露天風呂だと思い込んでいたのは池で、ここは公園で、全裸を見知らぬ親子に見せつけていたわけで。
「脱いだ服とか荷物は無いの?」
警察の言葉に耳を疑う。
…………うっそだろう…………?
「てかね、こんな時期に池に入るとか、死んじゃうよ? ダメよ?」
俺は、パトカーの中で、軽く説教をされながら、警察署へと連行された。
昨夜の話を説明するも、該当の店は無いとのことで、酔って夢うつつで池に浸かってた事になった。
あながち間違いではない。
が、では、あのスナックで俺は一体何を飲み食いさせられたのか?
カード類の再発行とスマホの機種変の手続きをし、どこに行ったかわからない服と靴の代わりに買い物へと町へ出る。
たまに子供に指をさされる。
ちょっとした有名人だなとなんだか照れる。
そして、スッカリと生活が元通りになった頃、クレジットカードの使用明細が届いた。
あの夜の日付で
9,000,000 スナックおいけて
とあった。
そんな馬鹿な。
そんな馬鹿な。
限度額を超えている。
しかし、何度見ても
9,000,000 スナックおいけて
とある。
思考が停止した。
そして。
考えをまとめようと、行き付けのキャバクラへと足を向けた。
いつも指名しているリナが派手な髪を揺らしながら飛んできた。
「全然来てくれないじゃんー! どこで浮気してたのよー!」
してないしてないと言う俺に、リナが頬を膨らませる。
「嘘ばっか! 知ってるんだからね!」
席に案内され、早々に隣に座ったリナが勝手に水割りを作る。
「あっちこっちの店に行ってるでしょ? 見られてるんだから!」
聞けば、俺は毎日あちらこちらの店で泥酔するまで飲み食いし、閉店で追い出されるまで居続けていたらしい。
そんなわけがない。
あの事件以降、否、その前も含めて、今日が数か月ぶりのまともな店呑みだ。
「いやいや、人違いじゃないって! ツーショとか見せて貰ったもん!」
ほらと差し出すギラギラとデコられたスマホの画面は、確かに俺だった。
俺が、あの日失くした服を着て、女の子と写真を撮っていた。
「そういえば、支払いは珍しく現金だったって」
俺の900万だ。
確信した。
誰かが、俺の顔と俺の服と俺の金を使って呑み歩いている。
「え? 今から他の店行くの? ダメだよ! 浮気はダメ!」
結局、その日はその店で呑み、気が付いたら我が家の玄関で尻を出して寝ていた。
翌日から、俺が出たと言う店を巡る。1日1件、3日で3件。3件行ったらリナから電話が来るから4日目はリナの店に行く。を繰り返していたらだいぶ時間がかかってしまった。
しかし偽俺の手がかりは何も掴めず、【スナックおいけて】の手がかりも掴めなかった。
だが、偽俺はまだ毎日違う店で呑み歩いている。
俺は諦めなかった。
諦めるわけには行かなかった。
仕事は辞めた。
続けられるわけがなかった。
最初は、二日酔いで起きれなかったのだが、それが毎日となると会社も笑って許してはくれなかった。
だが、俺には偽俺を捕まえるという、【スナックおいけて】を探し出すと言う使命がある。
2ヶ月後、
カードの請求額が膨れ上がっていた。
まだ偽俺は毎日呑み歩いている。
俺は、粛々とリボ払いの手続きをした。