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おかえりなさい、聖女にします? 魔王にします?

ここは剣と魔法の世界。

世界の均衡を保つ聖女様が喪われて早数百年。

聖女様が居ない世界はどんどん崩壊していきます。

植物は枯れ鳥は空を捨て人々は微笑みを無くしていました。

勿論、手を拱いているわけではありません。

何度も何度も聖女様の召喚を試してきました。

そんなある日、


「俺に人形遊びをしろと言うのか⁉️」


あらら。王子が城の窓から何かを投げ捨ててしまいました。

十階の高さから放り出された黒い何かは、きりもみしながら地面に直撃すると大きくバウンドして森に飛び込みました。

飛び込んだ先には野犬。突然現れたモフモフに狂喜乱舞で咥えて走っちゃいますよね。犬ですもの。

やっと解放された……どうやら黒い毛並みのぬいぐるみ……が立ち上がると、目の前には大きなお城。

それ、魔王城なんですけれどもね。あ、入ります?

まぁ、魔王様も数百年前に勇者に倒されたままなのですけれどもね。

城内の子供部屋でしょうか、全ての家具が小振りでしかし凝った装飾の部屋に落ち着く事にしたようです。


「この夢はいつになったら覚めるのか……」


おやおや、全く現実を受け入れられていない様子。


──大体、課長の仕事を引き受けなければ連続残業記録を更新する事も無かったし、居眠りしてこんな変な夢を見る事も無かった……。


「ん?」


窓から差し込むステンドグラスの光の絵画……それはなんとお寿司。前魔王様の趣味で、エンガワとウニ、それにカニミソとアンキモ。ご丁寧にカタカナで明記もされています。


「貴様、此処で何をしている」


唐突に現れたのは前魔王様の部下の生き残り、九鬼の一人、赤鬼です。

赤くて筋骨隆々の半裸の角の生えた大男……洋風の古城で出会ったら違和感ありますよねぇ。前魔王様の趣味?なんです。


「貴様、姫様の残滓にでも寄ってきたか。出ていけ」


ぬいぐるみの足を摘まむと埃でも落とすように叩きまくりです。


「ちょ……いや……ちょっと……話……」


ぬいぐるみは痛みや空腹などは感じませんが、あんまり叩くと綿が潰れてしまいますね。


「ストップ‼️」


ピタリ、と赤鬼の動きが止まりました。

おやおや? これはもしかして……。


「下ろして」


赤鬼が驚愕の表情でぬいぐるみを下ろします。


「貴様……いや、あなた様は……そのチカラは……」

「チカラ?」


そう、赤鬼が素直に従ったのは、ぬいぐるみの聖女能力【言霊】が作用したからなのでした。


「あれは姫様が残された暗号。描かれたモノが何かすら我等にはわからぬ。しかし暗号が解けた時、魔王復活が成るのだ」


赤鬼がぬいぐるみを拝み倒して続けます。


「あなた様の能力は姫様と同じ。ならばアレが解けるのではないだろうか?」


姿絵に描かれた姫と呼ばれる前魔王は十二単に長い黒髪。


「え? 待って待って。おかしい」


ぬいぐるみが短い手で頭を抱えます。


「数百年前に握り寿司あった? 十二単の時代に握り寿司あった?」


まぁ、そういう人も居るのでしょう。


「嫌な予感しかしない……」


「これを使え。何かは知らぬが姫様が大事にしていらした」


赤鬼が手渡したのはパソコンのキーボードです。


「うわぁ……少し時間を貰える?」


広間の魔王の玉座と呼ばれる台座には六個の凹み。

そしてそこに嵌まる大きさの数字ブロック。

ぬいぐるみは唸りながら、一週間、二週間……。

九鬼が入れ替わり立ち替わり心配そうに見に来ます。


「あ、わかった」


一ヶ月後、ぬいぐるみは急に声を上げると、ぱちぱちとブロックを嵌めました。

【5】【3】【9】【5】【5】【5】

最後のブロックを嵌めると、台座が地響き立てせりだしてくるではありませんか。

玉座はそのままぬいぐるみを包むように大きな椅子になりました。まさに玉座です。


「ああ、魔王様……」


九鬼達がその姿に平伏します。


「え? え?」


その頃、王様の元には「魔王復活」の報せが届いていました。


「だからあれ程言ったのだ! どんな女でも我慢しろと!」

「生身なら兎も角、人形相手にどうしろと言うのですか!」


王と王子の怒鳴り声が城中に響いています。


「聖女なんぞ居るだけで良いのだから、人形でも何でも良かろう!」

「居るだけなら伴侶にする必要は無いでしょう!」

「だから‼️」


そう、聖女の役割は存在する事。存在する事によって大気は整い全ての災厄は収まり、崩れた理が再構築されるのです。

そしてそれを人の側に取り込む為に聖女との婚姻は王族の務めなのでした。

まぁ、王子ったら窓から聖女様を捨てちゃったのですけれど。


「魔王と聖女は表裏一体なのだ。聖女は魔王足り得るのだ」


王が声を震わせます。

聖女の【言霊】は、聖女の言葉だけで生き物も無機物も世界その物も全て、素粒子レベルでの書き換えが可能な能力です。世界を滅ぼす事も雑作無いのです。

数百年不在だった【聖女】と【魔王】。


「勇者を……新しい聖女を喚ばねば……」

「わかったよ! どうにかすれば良いんだろ⁉️」


あら、でも聖女様が魔王様で何が悪いのでしょう?


魔王城はするすると復元されていきます。

調度品は新品同様に。

魔物や精霊達もわらわらと湧いて出ます。

ブラウニー達はパーティーの準備で大忙し。

妖魔の貴族や上位精霊が入れ替わり立ち替わり挨拶に来ます。

少し前まで皆、実体化もできず消えかけていたとは思えない賑やかさです。

美味しそうな料理がテーブルに所狭しと並びます。

妖精達が音楽を奏で踊ると撒き散らかされた光の粉が華やかに会場を彩ります。

「魔王様万歳」「魔王様万歳」とドラゴンの子供達が中庭から声をかけます。

そこに、


「俺が魔王を倒してやる‼️」


なんと王子が乗り込んで来ました。

王子はバッタバッタと魔物やドラゴン達を薙ぎ倒します。

歴代勇者と歴代聖女の血を引いているのですから、勇者に勝るとも劣らないチカラがあります。

悲鳴を上げて逃げ惑う小さな魔物や精霊、斬られる妖魔や大きなモノ達。

魔王城はひっちゃかめっちゃかです。


「何故……こんな酷い事を……⁉️」


魔王様は呆然としました。

彼女の生きる世界では、こんな狼藉はフィクションの中だけだったからです。

魔王様と王子の間に壁を作るように魔物達、精霊達が立ちはだかりました。


「ダメだ‼️ そんな事をしてはダメだ‼️」


お願いだ、逃げてくれと言おうとした魔王様に、皆は口々に言います。


「我々は魔王様のお力を分けて頂いて成っているのです」

「我々は魔王様の眷属、血を分けた親子も同然なのです」

「子が親を慕い、護ろうとするのは当たり前ではありませんか」


魔物の壁の向こうで、赤鬼が斬り倒されるのが見えました。

短い付き合いでしたが、そんな風に殺されて良い筈がありません。こんな事があって良い筈が無いのです。


「やめろ」


次々に上がる血飛沫に、魔王様は小さく呟きました。

剣を振りかぶったまま、ビタリ、と王子が動きを止めます。


「なっ! 何⁉️」

「もう、やめてくれ」

「魔王の言う事を聞く勇者がどこにいる‼️」

「これは私の夢の中だ。酷い事をしないでくれ。お前は私の夢から出て行ってくれ」


次の瞬間、王子の姿は掻き消えました。

魔王様が倒れたモノ達に近寄り、優しく触れます。


「お願いだ。死なないで。良くなって。また笑って」


魔王様を中心に、暖かな光が魔王城を包みます。


「これは、私の夢なのだろう? 皆、私の家族なのだろう? なら、私から何も奪わないでくれ……」


光は魔王城を囲む森へと広がり、倒れ伏していたモノ達の傷を癒し、壊された物が修復していきました。


魔王様には、辛い過去があります。一度家族全員を理不尽に奪われた過去が。その時に、何もかもを諦めました。もうこんな思いは嫌だと買った独り暮らし用のマンションは、生活感がなく寝に帰るだけの部屋でした。

しかし。

斬られた服さえ綺麗に元通りになった魔物や精霊達が感嘆の声を上げます。

「魔王様万歳」「魔王様万歳」と。


「ああ……もう……せめて魔王じゃなくて名前で呼んでくれないかな……」


家族ができてしまったなら、仕方ありませんよね。

ここが、あなたの家です。

私自ら追い込んだ甲斐もあるってものです。


お帰りなさい、魔王様。

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