意外と役に立たないバージニア?・2
逡巡するケント伯に、バージニアが穏やかに声をかける。
「差し出がましいことを申し上げますが。ケント伯は十分な供応ができないと案じておられるのでしょう。ですけれど、こうお考えになってはいかが? もてなしが不十分であることの言い訳に『何ぶん急なことで』が使える、と」
ここで、ふふっと笑う。
「時間があればあるだけ、準備がいりますわ。そしてこの上なく高貴な方を屋敷でお迎えする場合、どれだけ入念に整えても足りるということはないのです」
これもまた、説得力がある。殿下は微苦笑をもって肯定となさった。
「野営よりはいくらか良好かと存じます」
ケント伯の謙遜は甚だしい。
「本来なら今夜も帰途であったのだから、豪華な晩餐も必要ない。皆、気が動転していると思うけれど、今夜のうちに事の一部始終を聞きたい。非公式訪問とも言えない『密会』だね」
公式訪問はとても名誉なこと。お忍び訪問は、人に「うちに殿下がいらして」と自慢できないから、格で言うなら下がる。
そして「密会」なら、使用人も最小限にする。どこで知った知識かと問われれば、大きな声では言えない。
アリスだった頃に夢中で読んだ恋愛小説からの受け売り。
今度こそ急ぎ立ち去るケント伯を、殿下は引き止めなかった。
私の首には、血の滲んだ三本の引っかき傷が出来ていた。射抜かれた際にエミリーさんの爪によってついたものだと思う。
目にした範囲ではエミリーさんの生活の痕跡はなく、この傷だけが彼女の存在を示す。
「跡が残らないといいけれど」
停めた馬車のうちで薬箱を開け、バージニアが傷の手当てをしてくれた。
「若いので新陳代謝がいいから、大丈夫なんじゃないですか」
日本に戻ればこの体ではないし、とちらっと頭をかすめる。
遅れて殿下が馬車にいらした頃には、私の首にはハンカチがネッカチーフのように巻かれていた。キャビンアテンダントのようだと思ったのは内緒だ。
「痛む?」
尋ねる殿下のほうが、よほど痛そうな顔をなさっている。
「それほど。すぐに治ります」
「女の子の首に、すまない」
何をおっしゃる。私は思わず顔の前で手を左右に振った。
「助けてくださって、ありがとうございました。でも、よくお気づきになりましたね」
そう聞けば、教会へ寄ったのは予定した行動だと教えてくださる。
ケント家の馬車が停まっていると、ライリーさんが伯に報告。「祈りの司祭と面会して長い」と聞いて部屋を訪ねたらしい。
その間に殿下は「もしや竜巻がおこるのでは」と危惧し、外を見回っていたところ、争う私達を見つけ――矢を放った。




