明確な殺意・4
私をアリスと呼ぶのは、ひとりしかいない。予想通り眼下にいらしたのは、次の矢を射る構えのブレンダン殿下だった。
かなりの距離があるのにあの勢いで届くのだから、弓矢は武器なのだと実感する。
ブレンダン殿下は微動だにせず、すっくと立っていらした。一切の迷いのない表情と凍てついた眼差しに、私が狙われているわけでもないのに背筋がゾクリとした。
深呼吸してから両手のひらを合わせて拝む形にし謝意を伝えた。
それでも殿下は動かない。
これならどうだろうか。
「もう大丈夫です」
両腕で頭上に丸を作ってみせると、ようやく殿下は引いていた弓を戻し、浅く頷いた。
あらためてテラスへ顔を向ける。エミリーさんと争った痕跡はどこにもなく、バージニアの「ミナミ? 無事なんでしょうね?」と心配する声に、大切な友人を放置しっぱなしだったことを思い出す。
「無事、無事です。ごめんなさい、すぐ行く――」
柵に掴まり立ち上がりかけたところで、階段を駆け上がる足音。壊れそうな音を立てた扉から、人が飛び出した。
思わず腰が引ける……ではなく身構えたけれど、すぐに安堵に変わる。
「ミナミ嬢!! コール嬢!!」
ケント伯だった。この上なく焦った声が私達の名を呼ぶ。
もう全て済んだあとだから、そんな髪が乱れるほど焦らなくても大丈夫と思う私は、余裕のある笑みを浮べたかもしれない。
「はい、はい」
返事をするかしないかのうちに、ぐっと抱きしめられた。ふたり共膝立ちで、額に頬にとケント伯の唇が触れている……ような気がするけれど、近すぎて確かめられない。
「良かった……無事で良かった」
そうおっしゃるということは、揉み合うエミリーさんと私を目撃したのだろうか。
見知った女がお互いの首を絞めあっているのだから、それはそれは肝の冷える光景だったことと思う。
などと愚にもつかない事を考えて、また思い出した。
「私より、バージニア! 」
「心配ない。今、拘束をといている」
両手で私の頬を挟んだケント伯が眉をひそめる。
「首に出血が。爪で酷く引っ掻かれている」
「そういえば、ヒリヒリします」
傷を触ろうとした手は「触れないほうがいい」とケント伯に阻止され、行き場を失うところを握られた。
「話せるか? 何があった。祈りの司祭はどこに?」
「私にも、よく……」
私の知る部分は話せるが、空白部分はバージニアに聞いてもらわないと。そしてエミリーさんがどこにいるのかについては、回らない頭には難問である。
「祈りの司祭?」
怪訝そうに尋ねたのは、バージニアを助け起こしたケント伯の部下だった。




