明確な殺意・2
「これでわかったでしょう? きれいな体が欲しいの。これはもう使い物にならないから」
言いながらエミリーさんは手袋をはずし、足元に落とす。手の甲も指もまだらに紫色で、ぞっとしながらも目が引き寄せられる。
紅茶を飲む時にも手袋をしているのには、違和感を覚えた。けれど何かしら司祭特有のルールがあるのかとそのままにした。
ベールを被っているのは誰かと入れ替わっているのではなく、ただ単に見せられないものを隠していただけ。
いつだったか、バージニアが何の気なしに言った「二目と見られないお顔をしている、とかね」が正解だった……なんて、のんきに今考えることじゃない。
気味の悪さに、完全に動きを止めたのが失敗だった。
一気に詰めてきたエミリーさんへの対応が遅れて突き飛ばされ、私は柵に背中を打ち付けた。
あまりの痛みに一瞬ひるんだ隙を逃さず、エミリーさんは私の頚に手をかけた。
喉仏を押す手をほどこうと、紫色の手首を掴んでも、まだ薬が効いているのか思うように指先に力が入らない。
それならいっそ。必死に腕を伸ばして、エミリーさんの頚を躊躇なく絞める。エミリーさんの顔が歪んだ。
「日が沈むまでに、この体を我が物にっっ。ミナミ・ミソカッチは我に身体を提供し、我が魂はミナミ・ミソカッチに移植」
紡がれた言葉は「はい、どうぞ」と言えない類のもの。こんなに絞めているのに、声は意外と出るものだ。
そして私の首を締める力も弱いのは、彼女の握力の低さによるのか。
辺りの空気が淀み頭痛がするのはきっと酸欠、と他人事のように分析するうちに、笑いが込み上げてきた。
私の嘲るような笑い方がお気に召さなかったらしい。
さらに柵に押し付けられ背骨が軋んだ。もはや上半身は柵の外、宙に出ている。
エミリーさんは私を落とさない、絶対に。そこだけは信用できる。
私は喉を鳴らして笑った。
「何がおかしいの?」
苛立ちを露わにしたエミリーさんは、私に答えさせようと指の力を緩めた。
「だって、名前が違うから。何度唱えても、いくら力があっても叶いっこない。私の名前、この国の人には正しく発音できないみたいよ」
必死に呼吸を整える。
「本名は誰にも名乗ってないかもしれないし? 自分は人を騙すのに、他人はそんなことはしない、自分は騙されないと信じてるの? 司祭さま」
紫色の肌でも顔色が悪くなったのはわかるものだと、初めて知った。
――このまま一緒に落ちるのはどうだろう。
よくて大怪我、最悪死ぬかもしれないけれど、私なら死んでも日本に戻るだけ。少なくともバージニアは助かる。
巴投げもどきで、エミリーさんの体をはねあげれば。
目がかすんで、見えるものの輪郭がぶれる。やるなら最後のチャンスだ。私は腹をくくった。




