プロフェッショナル聖女の流儀
仕事中はバッグをロッカーに入れていたから、私は着の身着のまま病院の制服でこの世界に来た。
三色ボールペンなどちょっとしたものは持っているものの、役に立ちそうでもない。
救急搬送からの異世界転移となった藤堂様バージニアも似たようなもので、手荷物のひとつもなかった。
私が椅子に腰掛けると、スカートから膝が出る。思うにこの国の女性は足首まで隠れる丈が常識で、膝を堂々と人目にさらすなんて極めて非常識。
男性の視線を集めていることに気がついた。
その点バージニアは年配者らしくふくらはぎまであるワンピースなので、十七歳――推定――の今も目のやり場に困ることはない。
席を外していたケント伯が戻る。
「部屋を用意した。しばらくは当家にご滞在いただく。必要なものは順に届けさせる、夕食には着替えて着席願いたい」
バージニアが軽く頷き同意を示すと、ケント伯の視線は私へと向いた。
「特にミソカッチ嬢、そのように煽情的な姿では私の部下が迷惑する」
膝、膝のことか。大の男がこの程度で欲情するとも思えない。膝ごときで迷惑とまで言われたくない。顔はともかく脚の美しさには、子供の頃から定評があったのに。などと憤慨しつつも「アリス」としては、納得する。
それより、気になるのは別のこと。
「ミソカイチです、ケント伯」
何が違うのだと言いたげに、ケント伯が繰り返す。
「ミソカッチ」
バージニアが奥歯で笑いを噛み殺しているのが、目の隅に入った。
「ミナミとお呼びください。もちろん皆様にそうお願いするつもりです」
あなたに親しく呼ばれたい、という意味ではない事を強調する。
「私の家名は長すぎますので」
顔の良い大男から、舌っ足らずにも感じる「ミソカッチ」を聞くのは耐えられない、とは言わなかったのに、ケント伯はわずかに苦い顔をした。
「ではミナミ嬢、コール嬢、夕食まで部屋でゆるりと過ごされよ」
「部屋から一歩も出るな、とおっしゃりたいのね」
バージニアが小声で呟く。
「どうしますか」
「行きあたりばったりの出たとこ勝負」
「え?」
思いがけない言葉に、つい聞き返した。
「渡りの聖女のお仕事はいつもそんなものなのよ。そこで成果を上げてこそプロフェッショナル」
仕事の流儀を語るバージニアは、とても頼もしい。黙って胡散臭そうにしているケント伯に構わず、「ついていきます先輩」と言えば。
「あら、ふたりで頑張りましょう」
バージニアは晴れやかな笑みを振りまいた。