アリスの横顔
エミリー・トラバスに遭遇してからというもの、ブレンダンは保管室へ行くことを避けた。
それとなく促す、遠回しに告げる、そのどちらもエミリー・トラバスには通じない。よほど鈍いか、気がつないふりか。
根は素直なようだけれど、侯爵が引き取るほどの「見どころ」はあるのか、ブレンダンには疑問だった。
その後、保管室へ足を向けない理由をアリス・ウォルターに伝える術もなく日が経ってしまった。
学内で行き合うと、エミリー・トラバスは離れていても笑顔で大きく手を振る。
周囲の生徒は例外なくぎょっとするが、できる説明は持ち合わせていない。ブレンダンは浅く頷いてやり過ごした。
「許されるのですか」
「知らずにしている、いずれ控えるだろう。私が教えることではない」
「それは、そうですね」
小声で聞いてきたのは、生徒会長を務める伯爵家子息。
それより気になったのは、トラバスの隣にいたアリス・ウォルターだった。
今までなら、こっそりとでも懸命に見つめてきたのに、顔をうつむける角度が深くなり、全くこちらを見ようとしない。
生徒会長が気の毒そうな顔つきになる。
「ウォルター嬢も手を焼かされますね。このところ沈んだ表情で身を縮めています。彼女でダメなら、誰にも編入生の相手は務まらないでしょう」
人柄を知るかのような発言に、ブレンダンは興味を持った。
「ウォルター嬢と交流が?」
「委員会活動で顔を合わせます。嫌がらずに役を引き受けてくれて、並の男子よりしっかりしていて、期日も守る。躾の良さを感じます。先生方があてにするのも納得ですよ」
予想と違わない評価だった。
「そういう子が、もっと大切にされなくてはいけないね」
「でも、ああいった良さは、男子からの好意には繋がりにくいようです」
生徒会長が付け加えた。学校は出会いの場でもあり、結婚相手を見つける場所のひとつ。
「彼女のようなタイプは、教師がさらって行くかもしれませんね」
無責任な声を聞きながら、ブレンダンは固く唇を引き結んだアリスの横顔を思い返した。




