祈りの司祭と侯爵家ご令嬢
祈りの司祭と呼ばれるエミリーの部屋を訪ねたアグネスは、椅子を勧められないうちから勝手に腰掛けた。
「ブレンダン殿下がいらしてたの? 私もお会いしたかった。もう少し早くくれば良かったわ」
「来ても待つだけよ」
素っ気なく応じるエミリーの顔は、今日も頭からすっぽりとベールに覆われていて見えない。
「どんなお話をするの? 殿下は何がお好き?」
「別に。殿下は余計なおしゃべりはなさらないから、感謝の言葉をくださるだけよ。好きな物を自らおっしゃったりしないわ。ソマーズ侯にでも聞いたら?」
「お父様に?」
「『お父様』?」
聞き返されて、得意げな顔つきに変わったアグネスから笑いがこぼれる。
「知らなかった? 私、ソマーズ家の娘になったの。侯爵ご令嬢よ」
エミリーの息を呑む様子は、ベール越しにも伝わった。
「まさか、どうして」
「ゆくゆくはそうなるって、エミリーお姉様も思ってたでしょ。お姉様はソマーズを名乗れなくても、今まで通りお姉様ってお呼びするわね」
ギリッと歯噛みする音を聞き流して、アグネスは明るく話し続ける。
「このあいだ夜会でブレンダン殿下をお見かけしたわ。素敵な方ね。ケント伯もご一緒だった。視界に入る聖女が邪魔だったけど、まあいいわ。お父様は『聖女では妃にも伯爵夫人にもなれない』言ってたし、どっちかと結婚しても片方は空くものね」
「どっち?」
低い声はまるで地を這うよう。
「お父様にはブレンダン殿下と言われているけど、私の好みとしては――」
「聞いてない」
聞いたじゃない、と不思議そうにするアグネスに、エミリーが言い募る。
「あんたの好みなんて、聞いてない。夜会にいた聖女はどっちかって聞いてるのよ!」
お姉様が機嫌が悪くなる理由が分からないわ、と小首を傾げてから。
「名前なんて、覚えてないわ。髪は黒かったけど、それでわかる?」
「ミナミ。ミナミ・ミソカッチ」
ポンと両手の平を打ちつけて。
「あ、そう。そんな名前だった」
ベールの下のボソッとした呟きをひろい「どうかした?」と聞き返すアグネスに、エミリーはおよそ司祭らしからぬ刺々しい声を出した。
「あんたでも役に立つことがあるのねって言ったの」
「人に向かって、そんなことよく言うわね。口が悪くなったんじゃない? お姉様」
アグネスの口調は、怒るというより呆れている。
「帰って。私は忙しいの。ソマーズ侯には、私が変わりなく、殿下も来てたって報告すればいいでしょう。用は済んだんだから帰りなさいよ」
「はいはい。あ、私今後は何かと忙しくなるから、別の人が来ることになると思うの。お元気でね、お姉様」
立ち上がったアグネスは誇らしげに顎を上げた。




