嘘でしょう? 殿下が遠征に同行ですか
腰を据えて話したい方のために小間を開放するのは、基本らしい。誰でも利用できるけれど、廊下に殿下の護衛が立てば皆立ち入りは遠慮する。
待つほどもなくブレンダン殿下がお越しになった。
水泳実習は、私の都合もあって終了したが、殿下にも別のお仕事があったはず。なぜ今夜ここにいらっしゃるのだろう。
「君に一日会わなかったら、虚しさに耐えられなくなったから」
そんなはずはない。私が疑いの眼を向けると、
「贈ったドレスを着たところが見たくて」
と「白状」した。
「リボンに隠しボタンをつけるべきだね。危うく恥ずかしい思いをさせるところだった」
恥ずかしいでは済まない。そんなことになったら、即刻日本へ逃げ戻る。私が決意を漲らせていると、ケント伯が入ってきた。
「ケント、遠征の日程が決まったと聞いた」
「はい」
「凶暴化した獣が増加しているという報告もある」
表情を険しくしたブレンダン殿下に、ケント伯が無言で同意しかしこまる。
「衛兵隊は獣相手は専門外だ。現地の猟師だけでは足りないかもしれない、他からも集め連れて行く事を一考しては?」
「毒霧毒沼について外部には伏せたまま」を維持しようと思うなら、猟師を増やすといっても簡単にはいかない。
ブレンダン殿下の御提案に頷くにとどめる伯は、そう考えているのだろう。
殿下が、うっすらと笑みを浮かべた。
「そこで、だ。私も同行しようと思う」
そこでって、どこで。私とケント伯は顔を見合わせ同時に目をむいた。
「私の狩りの腕前はケントも知るところだ。そこらの猟師より役に立つ」
「ですが」
「危険です」
ケント伯と私の制止の声が被る。
殿下の、理解ができないといった類の表情は、あえてのものだと思う。
「女の子を行かせるくらいだ、危険と言っても知れている。男の私が行ってなんの問題もない。それとも、前回の報告にあがっていないだけで、実は危険な事態に遭遇していたのかな?」
「それは……」
「自領だ、同行は当然だろう」
口ぶりは穏やかながら一歩も引かない構えに、私とケント伯は言葉が継げなかった。




