エミリーとアグネス
自分が知っているのは誰もが知ることだけだと断りを入れながらも、ソマーズ家について教えてくれたのは、ブレンダン殿下の護衛だった。
私はこの国の人間ではないし、どの派閥にも属していないと告げ、安心してもらってから聞く。
ソマーズ侯には跡取り息子がいるが、娘はいなかった。
「他貴族と縁戚を結ぶために娘が欲しい」と当主が考えた時に紹介されたのが、地方の有力者の娘であるエミリー・トラバス。
「特別な輝きがある」と見込まれた。
果たしてその通り、王都で起こった竜巻を見事に静めて、ソマーズ侯の後見を得、卒業後は教会で職に就いた。いきなり司祭の地位をいただくことは、稀に見る高待遇だ。
ソマーズ侯の強い推しもあり、ブレンダン殿下の妃候補にあげられた。
家同士の力が拮抗し殿下のお相手を決めかねるなか、直轄領で奇妙な症状が見られるようになった。その原因は毒霧にあると見抜いたのはエミリー。
ただ期待に反して、解決することができなかった。期待されたぶん、周囲の落胆は大きい。妃候補の話もそれ以降進まなくなった。
「アグネス・ソマーズ様とお話ししました」
「ソマーズ侯の庶子だそうですが、引き取られたのは最近です」
侯とお顔に似たところはなかった。護衛の含みのある口ぶりからしても「庶子ということにして」かもしれないと思った。
「先にエミリー様がいらっしゃるのに」
「行かず後家と言われる年齢になってしまいましたから。王家に嫁ぐには、いささか歳が多すぎる」
訳知り顔に言われて閉口したのは、日本で働いている私が同じ歳だから。そして「行かず後家」は失礼過ぎる死語だ。
「侯爵は、見込み薄と祈りの司祭に見切りをつけて、アグネス嬢を引き取ったのでしょう」
護衛は見立てを語った。それでも殿下が月に二回エミリーさんと面談の時間をとるのは、毒の範囲を広げずに抑え込んでいる彼女を労うためだ。
エミリーさんの力では浄化は無理と判断した関係者が、私とバージニアを招いた。毒問題が解決したら、彼女はどうなるのか。
身の振り方は自身で決められるのか、後見人の意向が重視されるのか。
「ソマーズ侯爵は、野心家ですか」
歯に衣着せぬ私の問いに、護衛からの返事はなかった。それが答えなのだろう、この話はここまでとなった。




