舞踏会でトラブル? 頼りになるのは誰・6
ケント伯が深く息を吐いた。お互いの鼓動が伝わるほど密着し、膠着状態の私達。打開を図ったのは伯だった。
「片手で結べるか、試してみよう」
「リボンを肩まで戻してくれたら、自分で結べます。その間、胸は押さえていてくださいね」
「俺が?」
俺以外に誰がいるというのか。視線だけを向けた私の目は、舞踏会には似つかわしくない表情をとらえた。
その顔をしたいのは私の方ですが、とは言わずに。
「早くしないと不審に思われます」
急かすにとどめた。
無骨な手がぎこちなくリボンの端を探す。滑らかな手触りのリボンを片手で肩に乗せるのは、思うより難しいミッションらしく、なかなかうまくいかない。
急に動きが止まったので顔を上げると、ケント伯はあらぬ方向を見ていた。
ほどなく。
「深刻な雰囲気で耳打ちしているから、何事かと思ったら」
後ろから聞こえるこの声は、ブレンダン殿下。でも私は振り返ることができない。
「挨拶はいい、ケント。今はそれどころではないのだろう」
影が差したのは、殿下のお連れになった護衛が私を人目から隠す位置に立ったから。背中を向けてくれるのは、もはや決まりなのか、会うたびに背中がむき出しのせいかは不明。
「贈り主以外がドレスのリボンを解くなんて……許せない蛮行だ」
状況を一瞬で見て取ったらしい殿下の発言に驚いた気配がケント伯から伝わる。冗談混じりの言いようは、私にとってはいつもの殿下だ。
「どなたか女性にお願いするのが適切だと理解しているが、私が結んだ方が早い。失礼は大目に見て」
そんなことはいいから、早く。無言で頷くと、殿下はすぐに結んでくれた。シュルシュルとリボンが小気味よい音を立てる。
今の私はケント伯とブレンダン殿下の間で、いわばサンドイッチの具。意識すると呼吸が浅くなった。
「ケント、ピンを借りる」
殿下が私の肩越しに、ケント伯のラペルからピンを抜いた。長い針の飾り部分には、衛兵隊が聖騎士団と呼ばれていた頃の団章が刻まれている。
「とめておけば、君が安心できる」
はい、これで大丈夫。言った殿下が、私の腰からうなじまでを背骨にそって指先で撫で上げた。
「ぁんっっ」
気が抜けたところへの不意打ちで、微妙な声が出てしまった。背をのけぞらせた結果胸を押し付ける格好になったせいか、ケント伯が露骨に身を固くする。
そして私は全身がカッと熱くなった。
「殿下っ!」
首元にゆるみがないのを確かめてから振り返ると、ブレンダン殿下はバツの悪そうな表情をしていた。
「ごめん、あまりに綺麗な背中だったから、つい」
「『つい』ではありません」
子供みたいなイタズラをして、いくつになったのだと申し上げたい。
「ドレスがよく似合っている」
「誉めればいいというものでは、ありません」
憤然と言い返す私の肩がトントンと叩かれた。ケント伯だ。




